5.語らう仲間
その夜を境に、彼女と図書室で過ごす時間が少しずつ長くなっていった。
座る位置も少しだけ近づいた。
いつものように、カバンから本を出して机の上に置くと、彼女がチラッと視線を向けた。
「……その本、続編があるの、知ってますか?」
不意に彼女が口を開いた。
囁くような声だったけど、それは彼女から初めて向けられた言葉だった。
「え、そうなの?……知らなかった」
嬉しくて声が少し大きくなっているのに気づいて、慌てて音量を抑える。
「その巻からでも面白いんですけど、前作に伏線が張り巡らされてるから、それ読んでからのほうがもっと面白いですよ」
どうやら彼女は本のことになると、饒舌になるようだ。
俺も本が好きだから、その気持ちはよくわかる。
相手が本好きなら、なおさら一緒に語りたくなる。
「この本に出てくる、お菓子がすごく美味しそうだよね」
嬉しくて、思わず言葉を重ねた。
すると、戸惑いながらも、彼女が口を開く。
「私、このレシピ通りにクッキー作ったことあります」
「すごい! 食べたいな」
冗談めかして言ったひと言に、彼女の頬がわずかに赤く染まった。
それから、少しずつ会話の糸が繋がっていった。
おすすめの作家の話、登場人物の解釈の違い、読んだ本の感想――どれも短い言葉だけど、彼女の瞳には確かな熱が宿っていた。
「……本を読んでいると、見たことのない風景が目の前に広がって、自分も旅をしているような気がするんです」
言いながら、彼女は本のページをそっと撫でる。
その仕草は現実には得られないものに手を伸ばしているようにも見えた。
「現実では行けない場所でも、本の中なら行ける……だから好きなんです」
そう呟いたあと、彼女の指先が海の挿絵で止まった。
白い波がきらめき、水平線のかなたに朝日が昇る絵。
「きれい……なんでしょうね」
その声には、憧れと同時に、どこか諦めを抱いたような響きがあった。
「じゃあさ、一緒に見に行こうよ」
彼女はハッと息を呑み、視線を逸らした。
「無理です」
彼女は音を立てて席を立った。
ようやく開きかけた心の扉が、再び閉まってしまった気がした。
けれど、拒絶というより、諦めに近い声だった。
「無理なことなんてないさ。そんなに遠くないし――」
「ダメ、なんです」
冷たい響きを装っているのに、どこか弱々しくて、俺はそれ以上言葉を継げられず、彼女の背中を見送ることしかできなかった。




