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2.図書室の幽霊

 次の日から、授業に集中できなかった。

 小テスト?

 結果を聞かなくても分かってる。

 あの神秘的な瞳が脳裏に焼き付いて離れない。

 授業中も、食事中も、何をしていても彼女のことばかり考えてしまう。

 集中できないまま一日が過ぎていった。

 同じクラスの女子を片っ端から観察してみたけど、あの夜見た彼女はいない。

 他のクラスを覗いても、やっぱり見つからなかった。

 何度か夜のプールに足を運んだけど、彼女の姿を見つけることはできなかった。

 俺が見たのは、幻だったのか?

「おい、悠真、知ってるか?」

 隣の席に座る佐藤健太が、声を潜めて言った。

「何を?」

「夜のプールに人魚が現れるって噂」

 胸が跳ねた。

「詳しく聞かせろ」

 思わず前のめりになる俺に、健太が眉をひそめる。

「お前、オカルト好きだったか?……まあいい。プールだけじゃなくて、夜の図書室にも幽霊が出るらしい」

 プールの人魚。図書室の幽霊。

 もしかしたら、どちらも同じ人物?

「図書室の幽霊って、いつ頃現れるんだ?」

「夜中。数年おきにその噂が決まって広がるけど、まだ誰もその正体を知らないってさ」

 夜の図書室に現れる幽霊。

 できれば幽霊ではないことを願うけど、俺の胸は再び高鳴った。


 その夜、俺は再び学校に忍び込んだ。

 今度の目的地は、図書室。

 彼女にもう一度、会えるかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に、図書室のドアに手をかける。

 もし本当に幽霊だったら……。

 不安が喉を締め付ける。

 だけど、恐怖以上に彼女への好奇心が勝っていた。

 あの美しい瞳をもう一度見たい。

 話をしてみたい。

 ゆっくりと扉を押し開ける。

 本棚が月明かりに照らされ、図書室は深い静けさに包まれていた。

 本棚の間を縫うように奥へ進んでいくと、闇の中に小さな懐中電灯の灯りが見えた。

 胸の鼓動が早まる。

 ――また、会える。

 近づくと、本を読む少女の姿が見えた。

 やっぱりあの夜の……。

 その横顔は、静かで儚げで、ページを捲る細い指さえ、どこか現実離れしている。

 まるで、絵画の中から抜け出したような美しさだった。

 息を呑み、思い切って声をかけた。

「……こんばんは」

 少女が顔を上げる。

 大きな瞳がこちらを捉えた瞬間、心臓が跳ねた。

 けれど、彼女は怯えたように肩を震わせていた。

 彼女は本を閉じ、音を立てて椅子から立ち上がった。

「待って!」 

 呼び止める俺に、彼女は細い背中を見せたまま振り返らずに言った。

「私のことは……忘れて」

 冷たい声。

 けれど、声には微かな震えが混じっていて、拒む彼女の背中はどこか孤独を恐れているようにも見えた。

 なのに、俺は手を伸ばすことも、声をかける言葉も見つからず、ただ立ち尽くすしかなかった。

 彼女の大切な時間を邪魔してしまったような罪悪感に、胸の奥がじんわり痛む。

 でも、もう……忘れることなんてできない。


 俺は毎晩のように学校に忍び込み、彼女を探した。

 けれど、彼女はプールにも図書室にもいなかった。

 三日、四日と空振りが続く。

 もう現れないのかもしれない。

 そんな諦めにも似た気持ちを抱えながら、それでも俺は図書室の扉を開け続けた。

 そして、五日目の夜――ついに彼女に会うことができた。

 今夜は月が隠れていて、いっそう図書室は闇に沈んでいた。

 その中で、彼女は小さな懐中電灯の灯りを頼りに本を読んでいた。

 一歩近づくと、彼女は本から目を離し、俺をジッと見つめた。

 今度は逃げられなかったことに、ほっと息をついた。

 けれど、彼女の瞳には拒絶が浮かんでいる。

「私を……探さないで。それだけ言いたかったんです」

 そう言うと、彼女は静かに席を立った。

「待って! 君に……会いたかったんだ」

 素直に答えると、彼女は少し困ったような表情を見せた。

「私といると……」

「何?」

「……何でもありません」

 彼女は出口へと足を向ける。

「俺、俺は高橋悠真。明日も来るよ。明後日もその次の日も」

 彼女の肩がピクリと揺れた。

 でも、立ち止まることなく彼女は図書室を後にした。

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