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第八話

狼の群れは青白い炎のようなものを纏いながら、一斉にネクロに飛び掛かっていく。

 ネクロはそれを最小限の動きで避けると、狼が体勢を整える前に群れの足元に向かって魔力を放出した。

 力はそのまま冷えた空気を纏う。氷魔法だ。まだ使えないし習ってもいない魔法に釘付けになる。

 狼の足元が凍り身動きが取れなくなったところを、ネクロは一気に剣を抜き一掃した。

 狼たちの死骸は残ることなく、そのまま細かな粒子となって消えていった。

「こんなところか」

 全く疲れた様子を見せず、ネクロは剣を納めて私の方に向き直った。

「怪我はないか」

「大丈夫。ネクロ、強いね……」

「伊達に1人で生きてきていない」

 そう言い再び歩き続けようとするネクロ。ただ私が先ほどの狼の群れがいたところをじっと見つめているのに気がつき、こちらを振り向いた。

「何か気になることでも?」

「いや、なんで消えたんだろうなって」

「魔物が殺されるのを見るのは初めてか?」

 こんなにも世のことを知らないとは、みたいな顔をされる。「田舎者なので」と誤魔化しておこう。

 あんまり転生してきたなんて馬鹿正直に言うのも気が引ける。別にそれは世界を知らない免罪符にはならないと思うし……。

「魔物は元々の生物が瘴気に完全に侵されることで生まれる。体が全てその瘴気で構成されているから、死骸が遺らないのは当たり前だ」

「な、なるほど」

「触れられるし見ることはできるが実態は生物そのものではない。例えるなら特殊な幽霊のようなものだろうか」

 だからなのか、大抵の魔物は物理攻撃ではなく魔法攻撃を仕掛けてくるそうだ。あまりにも強い力を持っている魔物は物理攻撃も仕掛けてくるため、見分けがつきやすい。

「もしかしたら近くにまだ仲間がいるかもしれない。警戒を怠らないように」

 ネクロの言葉に私は頷き、再び町に向かって歩き始めた。

 ――

「そういえば、ネクロはいつから旅をしているの?」

 途中また魔物に遭遇しては倒し、たまに休憩を挟み他愛もない話を交える。

 こんなに短期間で人と距離が縮まったなと思うことがないから新鮮で楽しい。

 そもそも前はあんまり友達いなかったし……。なんか思い出したら悲しくなってきた。

「あまり覚えていない。6年ほど前だろうか」

「結構長いんだね」

「ああ。俺は孤児だったから物心ついた時にはもう外の世界に放り出されていたようなものだ」

 え、そうなの。

「……あんまり聞いちゃいけなかった?」

「なぜだ?」

 気にしていないようならいいんだけど。

「幼い時に路地裏で生活していた時に手を差し伸べてくれたのが、アシリアに似ている人だった」

 私が屋台で困っていた時、自分の昔のこととか、助けてくれた私に似ている人とのことを思い出して、体が勝手に動いていたらしい。

「彼女は俺を孤児院に連れていってくれた。彼女も孤児だったんだ。俺はそこで生活していく中で俺は色々なことを学んだ。それから外の世界に興味を持つようになって、12から旅をしている」

ってことは今18歳なのか。私は16歳だから、やっぱり2個年上だ。

「だからあんなに手慣れてるんだね、戦い方とか。その人に教えてもらったの?」

「いや、この剣術は独学だ」

 独学でそこまでいけるんだ……。

「今度剣術教えてもらおうかな」

 ネクロみたいに魔力を扱いながら武器も使いこなせたら絶対楽しいだろうな。

「まずアシリアは剣の重さに慣れるところから始めた方が良さそうだ」

 一蹴された。私は同じ場所に立つ以前に初歩的なところから詰んでたみたい。

 

「ずいぶん歩いたな」

「地図によるとそろそろ着きそうだよ」

 遠くの方に微かにオレンジ色の灯りが見える。多分あそこだ。

「いい宿とかあるかな」

 休憩を挟みながらとはいえ、危ないからあまり気は休まらなかったのでかなり疲れている。心身ともにへろへろだ。

美味しいご飯も食べたい。何があるかな。そういえば異世界にも郷土料理みたいなものってあるのだろうか。宿で出してもらった食事は何が挟んであるかよくわからないサンドイッチだった。美味しかったけど。

 よくこういう異世界もので見るのは魔物の肉を使った料理とかだけど、この世界は亡骸が残らないからそれはなさそう。いや、強い魔物だと残るのかな?

 屋台で食べたアップルパイや宿で出してもらった食事は馴染みのある口当たりをしていたので、この世界の食べ物が口に合わないことはないだろう。

 食べ物のことを考えていたらお腹が空いてきた。

「ご飯食べたくなってきた……」

「欲に忠実すぎるな」

 着いたら先に食事を取ろう、と言ってくれる。あ、またお金払ってもらわなきゃなのか。めちゃくちゃ申し訳ない。

 ――ふと。何か異臭が鼻を掠めた。

 と同時に、ネクロが歩みを止める。

「アシリア」

「……何かいる?」

「そのようだ」

 さっきの緩んだ空気が一変、張り詰めた空気に変わり、あたりを包み込む。

 背中合わせにして周りを見渡す。異臭がどんどん強くなってきた。

 ただならぬ気配も感じる。冷や汗が頬を伝った。

 ざわ、と草むらが動く音。その方向をランタンで照らしてみる。

「う、わ」

 思わず声が出てしまう。そこには、四足歩行の、ケルベロスみたいに顔が三つ付いている化け物がいた。

 牙を剥き出しにした口の端から涎が垂れ、草を溶かしていく。また異臭が鼻を掠める。変な匂いの正体はこれのようだ。

「ね、ネクロ、どうしようこれ」

「迂闊に声を出すな」

 ネクロから注意されたが遅い。もうその化け物は私のことをロックオンしている。

 先ほどの狼たちより禍々しい色をした赤色の瞳がいきなり眼前に迫ってきた。

「っ!!」

 体に走る衝撃と共に倒れ込む。……痛くない。目を開けてみればネクロが一緒に倒れ込んでいて、庇われたんだと理解する。

「アシリア、走って救援を呼びにいけるか」

 体制を整えながらネクロは私に声をかけた。無理だ、今ので腰が抜けてしまって立ち上がれない。赤色の瞳がフラッシュバックして、恐怖で声も出せない。ネクロは化け物と対峙し剣を抜いて戦い始めた。

 しかし、圧倒的に化け物の方が有利だ。ネクロは剣や魔法で攻撃を受け流すのに精一杯で、反撃に手が回っていない。

「あ……!」

動けないままでいると、化け物の攻撃がネクロに直撃した。ネクロの頬に大きな切り傷ができる。

 物理的に攻撃が出来るということは、こいつは多分、ネクロのさっきの説明からするにかなり強い敵だ。確かに早く救援を呼んで大人数で戦った方が勝機はある。

 でもその間ネクロは? 私は腰を抜かして立てない。いつ落ち着けるかわからないのにもう傷を負っている。このまま町に向かって救援を呼んだところで、ネクロがその場に立って私たちを待ってくれているかはわからない。

 だからと言ってそれが全てを諦める理由にはならない。

 今私ができること。短時間でこの状況をいい方向に向かわせるには何をしたらいいか。

 私は化け物のことを目で捉えた。手をその方向に向けて、自分の中の魔力の流れを掴む。

 少しでもいい、時間が稼げればそれで――

 具現化したい魔法のイメージを膨らませていく。

「アシリア、逃げろ!」

 私の異変に気付いたのか、化け物はこちらに迫ってきた。ネクロはさらに傷を負った姿で、私に駆け寄ってくる。

「ネクロ、目を閉じて!」

 私はそう言い、イメージしていた魔法を一気に放出した。

 途端、一気に周囲が明るくなる。まるで隕石が落ちてきたかのような光に、化け物は目をくらませた。

 私は続けて、先ほどネクロが出していたような氷をイメージする。

 (この氷を氷柱みたいに尖らせて、それで体を打ち抜けば――!)

私の手から無数の尖った氷が生まれ、化け物の体を一斉に貫く。

 化け物は苦しそうに雄叫びを上げた後、白い粒子となり空に消えていった。

 私はその様子を見届けた後、その場に倒れ込んだ。力を使いすぎたせいだ。耳鳴りがうるさいし頭がガンガンと痛む。

 遠くからネクロの声が聞こえた気がした。しかし今の私にはそれに答えられる気力は残っておらず、そのまま意識を手放した。

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