第七話
「……あの、すみません。ご迷惑をおかけして……」
気まずい沈黙を先に破ったのは私の方だった。
「本当にありがとうございま……」
男の人の方に顔を向けてしっかりお礼を言おうとしたところ、男の人は無言でアップルパイを食べていた。
男の人はしばらく目を瞑って咀嚼した後、それを飲み込んでから私の方に向き直った。
「別にいい。当然のことをしたまでだ」
イケメンで性格もいいなんてどういうことだ。先ほどのアップルパイ無言食事タイムが記憶から薄れるほどにはかっこいい。
「あと、冷める前に食べた方がいい」
掴みっぱなしの私の手にあるアップルパイを見て、彼はそう言う。
一口食べてみれば、想像していた通りとてもやさしい味がした。
――
何かの縁だから、と、その後私はそのイケメン――ネクロさんと言うらしい――に街のことを案内してもらっていた。
どうやらネクロさんも各国を旅しているらしく、今はたまたまこのエトラエル王国に来ていたようだ。
「アシリアはなぜ旅を?」
「空の光を取り戻したいの」
「随分と壮大だな。1人でやり遂げようと?」
「そういうつもりじゃないけど、今は1人しかいないかな。でも戦闘には自信がなくて……」
そもそもさっき通行証を貰ったばかりだし。
随分前から旅をしている人にとっては私の旅に出る理由なんて現実味がなくて呆れられるだろうと思っていたけど、ネクロさんは笑うことはなかった。
「……それなら俺を仲間に入れてくれないか?」
「え!?ここで出会ったばかりですよ?」
しかも私が恩を返さなければいけない立場に置かれているし。
「アシリアが構わないなら。俺なら戦力にもなれると思う」
それに昔俺を助けてくれた人に似ているんだ、と押されたらもう了承するしかない。
正直顔のいい人と並んで歩くのは気が引けたが、おじいちゃんに特訓してもらったとはいえ、まだ魔力の出力が不安定な私にとって戦力になれる人はとてもありがたい。
まあ酒場などで知らない人にお願いするより、少しでも心を開けた人にお願いした方がいいか。
それに1人で孤独感に苛まれなくていいし!と私は軽い気持ちでネクロさんと旅をすることを決めた。お願いしたの方が正しいかも。
その後、もう少し街を回ってから、私たちは小さな宿屋に泊まりに来ていた。
ネクロさん曰くここ数日はずっとここに泊まっていてお気に入りの宿になったのだそう。
「ネクロさんのおかげで野宿にならずにすみました……」
「それは何より」
ふ、と薄く笑うネクロさん。
「そういえばこれから一緒に行動するのだからさん付けをやめてくれないか。よそよそしく感じる」
「わ、わかった」
「あと呼び捨てでいい」
ネクロさん……ネクロはそう言うと、私に部屋の鍵を渡して、自分は少し離れた部屋に入っていった。
鍵を使って部屋の中に入る。思ったより小さな空間だったけど、ふかふかのベッドにカーテンレースのかけられた小窓が付いていて雰囲気はとてもいい。快適に過ごせそう。ばふ、とベッドの上に身を投げ出す。
この小窓から日の光が入ったらきっとすごく心地いいんだろうな。
みんなのために私はこの世界に光を取りもどさないといけないのだから、しっかりしないと。
改めて心に誓う一方、でもと不安を覚える。魔王のいる場所なんてさっぱりわからないし、光が戻る保証もどこにもない。
それでも私の先祖は魔王を倒して世界を救ったのだ。私もそういった目標を掲げて旅に出た以上、弱音は吐いていられない。
しばらくは魔王についての情報収集になりそうだ、と色々考えを巡らせているうち、私の瞼は自然と降りていった。
――
「おはよう、アシリア」
「おはよう」
目が覚めてからシャワーを浴びずに寝たことを後悔して自室でシャワーを浴びたあと、着替えて部屋の外に出れば同タイミングでネクロも部屋から出てきた。
「すごく寝心地が良くて疲れが吹き飛んでいったみたい。ありがとう」
宿代のお礼も改めてしたが「気にしないでくれ」とのこと。色々奢ってもらってしまっていて申し訳ない。
お母さん、おじいちゃん。私の旅の門出にもう少しくらいお金をくれても良かったんじゃないかな。
ネクロが宿代を2人分払ってくれたところで、私はネクロと今後の動きを話し合うことにした。
「ここを出てゆっくり探索しながら、まずは隣町のピアティーノ町に向かいたい」
旅をする前におじいちゃんからチラリと聞かされていたのだが、なんでもその町は魔力を主軸として戦う者たちにとっては助かる武器や本がたくさんあるのだという。
「異論はない。それでいいと思う」
意見が割れたらネクロの案を優先しようと思っていたけど、無事賛成してもらえて安堵する。
「ありがとう。これからしばらくピアティーノ町に着くまでは注意地域を通らないといけないから、お互い注意していこう」
注意地域。一般人が旅行目的などで移動する際に、魔物の出る可能性がある地域を言う。
普通は大人数で兵士たちに守られながら移動するのだが、今後魔物と何回も対峙しなければならない立場でそうも言ってられない。
私たちは早速ピアティーノ町に向かうことにした。
――
ランタンの光と地図を頼りに、私たちは進んでいく。
注意地域は大体が街と街の移動場所にあるため、もちろん人は住んでいない。街灯などは魔物に壊されてしまうので設置されておらず、太陽も出ていない今はランタンだけが頼りだ。
そんな状況なので数メートル先でさえよく見えない。ネクロが居なかったら孤独感に苛まれ泣いていたかもしれない。
地図を確認する。一応道なりに歩いているので迷っているということはないが、距離的にはもう少しかかりそうだ。
暗くて目印があっても確認できないので、永遠に続くんじゃないかと錯覚する。
「少し待て」
地図とにらめっこしているとネクロに制止された。
「ん? どうしたの」
ネクロの方を見ると、視界の端で何かが光った気がした。
そちらに目を向けると、複数の丸く赤い光がこちらを捉えている。
「ランタンの光に誘われて寄ってきたか」
次第に光が近づいてきて、そのシルエットが分かるようになる。
それは複数の狼の群れのようだった。
光だと思っていたものは瞳だった。ギラギラとしたそれは私たちを獲物と認識しているようで、今にも飛びかかってきそうな殺気を感じる。
「少し下がれ。こいつは凶暴だ、不慣れなら無闇に動かない方がいい」
ネクロはそう言ってコートの下から剣を抜いた。すごい、騎士みたい。
魔物たちはそれを合図にネクロへと飛びかかった。




