第四話
「信じてください!私は悪人なんかじゃないです……!」
「言い訳をするな、そもそもそんな軽装備で来ている時点でおかしいだろう」
通してください、いや駄目だという攻防が続き、どうしたものかと私は頭を悩ませていた。
――時は遡る。
あのあと意気込んでいったはいいものの、結局出発までに二週間ほどかかってしまった。おじいちゃんが一通りの魔力の使い方を教えてくれるそうで、おじいちゃんの満足する基準に達するまでは駄目だと言われてしまったのだ。
しかし、おじいちゃんは存外指導については優しかった。こういう時ってめちゃくちゃ厳しい試練でも課してくるのかと身構えていたが、どうやら杞憂だったようだ。
「人差し指一本に集中して、目を閉じる。血液のほかに何かが巡っているのを感じるか?」
言われるまま神経を集中させ、その“巡り”の感覚を掴もうとする。
脳内にイメージが浮かび上がる。何か金色に輝く糸のように揺れているものがある。
これかな? とその糸に集中する。
「――その力が、熱を帯びて赤く煌々と燃え上がる様子を想像する」
糸が所々燃え始め、時たま火の粉が飛ぶ。
「人差し指からその力が、暴れ回る牛のように見据える先を撃ち抜くのじゃ」
目を開き、目の前の的と人差し指を重ねる。力をそこに集中させ、放出する――。
「いけっ!」
じゅ、と鈍い音を立てて、木で作られた的の中心に炎が命中した。と同時に、炎は的自体を全て燃やしてしまった。
「うむ、魔力の放出自体はある程度できるようになったの。しかし、コントロールにはまだ慣れていないようじゃ」
もう一度実践してみるか、というおじいちゃんの言葉に応えることなく、私はその場に倒れた。
魔法の練習は精神も体力もすり減らす。慣れない脳の部分を使っている感じがして疲労もとんでもなく、私はよく練習中に倒れてしまっていた。
「アシリア……お前は魔力のことに関してはあまり体が強くないようじゃな」
おじいちゃんはため息をついた。
この日々を過ごして実感したのは、本当に日が昇らないこと、そして暮らしがあまりにも平和なことだ。
近所の人たちはこんな不可解な状況の中でも、みんな穏やかで、周囲の人を不安にさせないようにか明るく振る舞っていた。
私はおじいちゃんからの魔法の基礎の指導を受けながら、お母さんと一緒に畑に作物を植え、近所の人に育てた野菜を売りにいったり、色々と新鮮な経験をさせてもらっていた。
前はこんなふうに作物を育てるなんてことを積極的にしたことはなかったので、かなり動いた翌日には全身が筋肉痛になってしまい、お母さんからは「あら、珍しいわね」と心配されてしまった。アシリア自身の運動神経は引き継がれなかったみたいだ。悔しい。
「日が昇らないのは異常気象ではない。何者かによる魔力操作じゃ。空から邪悪な魔力を感じる」
お昼時、今日は雨が降っていて一段と暗い。リビングでお茶を飲んでいると、ずっと椅子に座って遠くを見つめていたおじいちゃんが口を開いた。
「しかもそれは強大な力を持っておるようじゃ。いわゆる“魔王”――そう呼ばれてもおかしくない奴じゃろうな」
自然と背筋が伸びた。昔話を聞いた時やおじいちゃんとお母さんの語り口から、強大な敵と戦うんだろうなとは思っていたけれど、いざ言葉にして聞いてみると重みが違う。
「何、そのように神妙な顔つきにならんでもよい、お前は強い。……それよりお前はまず魔法を使った時に記憶を飛ばすの癖を治すところからじゃ」
「う……」
「呻いても気絶せんようにはならんぞ。さて、今日の練習と行こうかの」
まあ、指導はたまにスパルタでもあった。
――
力を一点に集中させて、具体的に魔力の使い方をイメージする。それを目の前に向けて、放つ。
何度も何度も練習してきた一連の動作の後、私は二週間かけてようやく気絶しないほどに成長した。
「うむ、これなら周囲を彷徨いているモンスターほどであれば十分じゃろう」
おじいちゃんは満足げに頷いた。
畑仕事とこの修行のおかげで、前より体力がついた自信もあるが、ようやく未知の力を使えるようになって嬉しい。まだ荒削りだけど。
そういえばレベルは上がったりしてるのかな? ふと疑問に思いステータスを見てみる。
レベルのところが1から5になっていた。特訓するだけでも思ったより上がるんだな。
成長が目に見えて分かるの、ちょっといいかも。
「もうできることは一通り教えた。まずは王の元へ向かいなさい」
え?と疑問を抱く。なんか、こう……ギルドとかではないんですか。
聞いてみれば、国を跨ぐ移動をすると予測される際は、まず王にその許可を直接貰いに行かなければならないそうだ。確かに話を聞く限り、この異変はこの国だけの問題ではないだろう。め、めんどくさい。
なんでも、「他国で悪事を犯さない」と王の目を見て誓い、誠実な人間であることを証明しなければならないそうで。まあ別の国で自分の国の人が変なことして戦争に発展したら厄介だもんね……。でもなんで王に直接会わないとなんだろう、破ったら「お前の顔覚えてるからな、覚悟しとけよ」って直接処分しに行くってことなのかな。だとしたら血の気すごい。
お母さんからはハグを、おじいちゃんからは頭を撫でてもらう。そんな旅の祝福を祈る小さな儀式が静かに終わった後、私は数日分の食料と地図、お金、道を照らせるようにランタンを持って念願の旅に出ることにした……のだが。
「この状況の中外に出たいと?」
村の出入り口付近には、兵士と思われる者がいた。若い男性のようだ。通ろうとしたら止められたので「国外に行くための許可証が欲しいので王に会いに行きたい」と伝えたら、そう言って鼻で笑われた。
「何を馬鹿げたことを。お前は学者でもあるまい、今は“世界の終焉”というのに国外に行ってどうする」
「世界の終焉……?」
初めて聞くワードに首を傾げていると、それについても馬鹿にしたように笑われた。
「そんな言葉も知らないほど世に疎いのに国外に出ようとしているのか?馬鹿も休み休み言ったらどうだ」
「ば、馬鹿って……あの、お願いします、本当に大事なんです。急ぎなんです」
……お父さんが暴れてる時も厄介だと思ってたけど、この人もだいぶ厄介だ。
馬鹿呼ばわりはちょっと頭に来たけれど、変わらず誠実に懇願してみる。が、どうやら悪い方向に勘違いされてしまったようで。
「……お前、もしかしてこの異変に関わっているわけじゃないだろうな」
「……え?」
あらぬ誤解をかけられた。
「そ、そんなわけないじゃないですか! 私はまだ成人したばかりですよ!?」
「そんな成人したばかりの女がわざわざ国外に出ようとする時点で十分不審に思う材料が揃っているわけだが?」
う、言葉に詰まる。でも最初の印象から「この世界を救うために国外にまで行って情報を集めないといけないんです!」なんて本当のことをそのまま言おうものなら、また鼻で笑って「馬鹿も休み休み言え」と一蹴されるに違いない。どうしよう、どう切り抜けたらいいんだろう。
そして、冒頭の会話に戻る。
「信じてください!私は悪人なんかじゃないです……!」
「言い訳をするな、そもそもそんな軽装備で来ている時点でおかしいだろう」
通してください、いや駄目だという攻防が続く。
この村を出る前に詰むってどういうことなの……! どうしたものかと私は頭を悩ませていた。
するとその時、
「そこまでにしなさい」
鋭く響く凛とした女性の声で、私と兵士の言い争いは中断された。




