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第二話

「アシリア?どうしたの、浮かない顔をして。食事が口に合わなかったかしら?」

女性――多分アシリア――私なんだけど――のお母さんは、私の気難しい顔を見て眉を下げている。

別に食事は美味しい。味の感じ方とかは元の世界と同じみたいだ。


あのあと、食事をとる前に色々と部屋の中を調べてみた。

この部屋の主のアシリアという少女は、どういうことだろうか、あまり物を持っていなかった。

部屋にあるものは必要最低限の衣服、机、数冊のノート。そして古びた地球儀のようなもの。

地球儀をちょっと見てみたのだが、地名は読めはするものの、全く知らない国の名前ばかり記してあり気が遠くなった。

しかもこんなに異変が起きているのに、転生ものでよく出てくる神様とか、私はまだ会話すらしていない。どういうことだ。

(そもそも本当に異世界なのかな……?)

夢じゃないだろうか、いや夢かもしれないと急に疑い始め、自分の顔――はちょっと鏡で見た時に可愛すぎて躊躇ったので腕をつねってみた。

ちゃんと痛い。でもこれで本当に目が覚めるのかはずっと疑っているんだけど……。

そうだ、外を見れば本当に異世界か分かるんじゃ!?

まだ夜みたいだけど、家の造りの様子から何か分かるかもしれない。

ぱっと閃き、くるりと身を翻して窓に向かう。が、途中小指を机の角にひっかけた。

「いっっった!!!」

思わず足を抑えて悶える。本当に痛い。

そして改めて夢じゃないんだな、と文字通り身をもって痛感した。

気を取り直して窓を開ける。外は暗いままだ。星が遠くで淡く光っているくらいで、周囲に何があるかよく認識できない。先程の私の考えは打ち砕かれた。

異世界に来たんだろうなというのは、自分の容姿、聞いた事のない国名が記された地球儀で推測できたものの、景色がよく見えないのでどれだけ物理的に痛い思いをさせられても実感が湧かない。だからテンションも上がりきらない。ワクワクはしてるんだけど、中途半端だ。

暗いせいで誰も出歩いていないのか人の影もあまり見られなく、誰かに何かを聞ける訳でもないので私は窓から離れた。

そろそろ下に降りていかないとまたドアを開けられそうなので、クローゼットから適当に衣服を取りだして着ることにした。

質素なワンピースだ。淡いブラウンのチェック柄の生地に、ところどころ白い花の模様が刺繍してある。前は自分には似合わないからとスカートタイプの服は避けていたけど、まあ今なら顔可愛いし着れるんじゃないか。クローゼットにあるってことは好んで着ているという事だから特に珍しく思われることもないと思うし。

着替えるのに特に手こずったりせず、私は部屋を出た。

そして冒頭に戻る。


「そうだアシリア、今日は新しく畑に種を撒くのをお願い出来る?」

ぱち、と両手を合わせて、アシリアのお母さんは私に目を合わせる。

「いつも近所の方から『セルヴィーさんの所の作物はどれも美味しい』と評判を頂いているのよ。お母さん本当にうれしいわ」

なるほど、セルヴィーっていうのが苗字なんだろうか。畑仕事ってことは農家なのかな?

少しずつ得られる情報を整理していく。

「ここ数日は空がずっとこんな調子だからちゃんと育つかは分からないけれど……」

いざとなったらお隣のネルーザさんに魔法をお願いしてもらおうかしら、と続けたあと、冗談よ!とおどけてみせた。アシリアのお母さんは表情がころころ変わって面白い。私のお母さんも昔はここまでじゃないけどよく笑っていた。

そういえば、お母さんとお兄ちゃん、それとお父さんはどうなったんだろう……。私だけ異世界に飛ばされたのだろうか、安否が気になる。

「アシリア、本当に大丈夫?あまり顔色が良くないわ」

ずっと考え事をしていて喋らないせいで本当に心配され続けている。

冷や汗がでてきた、本来のアシリアはどういう性格なのか分からないから正解の対応が出来ない……!

「何を言ってるの?お母さん。私はいつも通りよ」

返答に悩んでいると、ふと無意識に言葉が口をついて出た。

「そう?ならきっと気のせいね。でも無理はしないでちょうだい。お父さんがいない今はあなただけが頼りなのよ」

あ、この家はお父さんがいないんだ……。

でも似た性格の人だったりしたらかなり近寄り難かったから少し安心かも。というかお父さんのせい……とか言っちゃいけないんだけど、ちょっと中年の男の人全般的に苦手になっちゃったんだよね……。

「それより、お母さん。そろそろ私にこの家系についての話をしてくれてもいいんじゃない?」

勝手に動く口をそのままにしていると、その言葉を聞いた――もう諦めて普通にお母さんと呼ぶことにする――は、表情を少しこわばらせた。

「アシリア、それについてはずっと言っているでしょう?まだ成人もしていないのに」

「でももう成人する。おじいちゃんはもういい頃だろうって言ってたでしょう?私昨日聞いてたの、お母さんとおじいちゃんが話してるところ」

なんだか面白くなってきたな、さながら傍観者のようなポジションで会話を聞き続ける。話してるうちの1人は私なんだけど私の意識で話しているわけじゃないし……。そもそもこれどういう仕組みなんだろう。

「『世界を救う力』なんでしょう?ここ最近の空はずっとおかしい。どうして日が昇らないの?15年生きてて今までこんなことなかった」

やっぱり空がずっと暗いのは異常事態のようだ。緯度の関係で日が昇らない日が続く地域があると授業で習ったけれど、どうやらそういうわけでもないらしい。

「王様が予言したんでしょう、『じきにこの世に厄災が訪れる』って。この家系の継いでる血が本当に300年前の勇者の血なのだとしたら、私は世界の終わりを黙って見てるなんてことできない。だから――」

「アシリア」

勇者とか厄災とか、いよいよ本格的に異世界っぽい単語が出てきたところで、それはお母さんによって遮られる。

「でも……そうね、もう話す頃合いなのかしら」

「セルヴィーの名を継ぐものとして、指を咥えて待っているわけにはいかんじゃろう」

階段の方から新たな声が聞こえてきた。後ろを振り向けば、混じり気のない白髪に細い目をした老人がいた。これがさっき言ってたおじいちゃん?

「そうか、聞いておったか。お前の母はお前を心配して、なかなか切り出さずにいたんじゃがな。まあ、代々このことは成人してから伝える、という取り決めになっている以上仕方のないことではあるんじゃが、そうも言ってられない」

「おじいちゃん」

「アシリア、お前が今言ったことは、これから辛く、苦しくもがかなければならない道を歩むことを意味しておる。しかしその中でも、たくさんの出会いや思い出はお前のその道を彩っていくだろう。――セルヴィーの名誉にかけ、仲間と共にこの世界を救う勇気はあるか?」

私は昨日のことを思い出していた。

――信頼できて頼れる仲間がいるって本当に羨ましい。

家ではお父さんの存在もあって、悩み事があっても「これ以上お母さんやお兄ちゃんの負担を増やしたくない」の一心で、相談事をすることがなかった。

友達には恵まれたけどそれでも、どことなく本当に友人と言えるのかわからなくて。周りの人全員から一線引いて、誰も信頼していなかったことを思い出す。

きっとアシリアは正義感強く「この世界を厄災から救う」ために、旅をする気なのだろう。

でも私はそれを前提に、「信頼できる仲間と出会う」ために旅をしたいと思う。

いずれにしても、この道に足を踏み入れれば、もう高校2年生の“西条瑞希”ではなくなるのだ。

私――アシリア・セルヴィーは大きく息を吸い込んだ。

「信頼できる仲間と共に、この世界を厄災から救ってみせる。ここに誓うわ」

その言葉に満足したのかおじいちゃんは大きく頷いた。

「よかろう。それでは一通りのこの家系のことを教えるとするかの」

さっきの調子に戻り、おじいちゃんはゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「一種の儀式みたいなものじゃが、何、気楽に聞いてもらってかまわん。半分は昔話のようなものじゃからな」

そう言い、おもむろに話し始めた。

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