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第一話

もし今の私が願いをひとつ叶えられるなら、この環境から抜け出すことを選ぶはずだ。

いきなり大きな物音が1回から聞こえてくる。次いで怒鳴り声と泣き声。

ああ、またいつものことかと思う。この状況に慣れているとはいえ耐えられる訳では無いので、逃避するようにイヤホンをつけた。

私の名前は西条瑞希。なんの変哲もない高校2年生――と言いたいところだが、先ほどの状況からわかるだろう、家庭環境はあまり良くない。原因はお父さんだ。ある日突然仕事を辞め、ずっと家にいてはお母さんやお兄ちゃん、私に物で当たってくる。最近は洗濯物が畳まれていないとか、部屋に埃が溜まっているとか些細なことでこんな風に大事になるので、ずっと家の中の空気が張り詰めている。お母さんもお兄ちゃんも私も疲弊していた。

まだ喧嘩は終わらないようで大きな物音が続いている。イヤホンの音量をさらに上げた。

しかし家にいても気が落ち着かないので、私はこっそり外に出ることにした。

お父さんの癇癪をお母さんが宥め、それは違うとお母さんを守ろうとするお兄ちゃん。

何十回も聞いてきた話の流れだが、いまだに怒鳴り声、鳴き声、大声が重なるこの状況に慣れることはない。

私は逃げるように家の外へ出た。

――

近くの公園のベンチに座り一息つく。

この公園は遊具などはそれなりにあるが、誰も来ないからだろうか、手入れがされずに雑草が育ちまくっている。

案の定今日も誰もきておらず、耳を澄ませても蝉の鳴き声しかしない空間で、やっと本当に一息つけると安心した。

家って、誰もが一番安心できるところじゃないんだろうか。どうして私は野外の寂れた公園で一番安心しているんだろう……。

そうは思ったものの、それは今に始まった事ではないので考えても仕方ない。私は持ってきていたスマホを開いてゲームアプリを起動した。

ゲームは私の趣味のうちのひとつだ。ストーリーはもちろんのこと、キャラクターも全員魅力的で、ずっとやっていても飽きない。

まだ途中まででクリアしていなかったストーリーを進める。あ、このキャラ可愛い。見たことないな、新キャラかな?

ふわふわとした白銀の髪を靡かせながらにこやかに笑うキャラクターは、主人公に力を貸してくれるようだ。

いいな、私もこのゲームのキャラみたいな日々を過ごせたらいいのに。

いつもなら楽しめるストーリーも、今日は感傷に浸ってしまう。

敵と戦うことはあれど、こんな風に人の温かみに触れたことはあまりない。信頼できる仲間がいる主人公が羨ましくなってしまう。

じわりと涙が滲んできた。

私は溢れかけた涙を拭い、目の前の異世界に集中することにした。

――

ふと顔を上げると、もう日は沈みかけていて、オレンジ色の西日が私の顔を照らしていた。

ストーリーもひと段落したし、今日はもう帰ろうかな。

前回更新されたストーリーが絶体絶命の状況で終わってたからどうなるんだろうとそわそわしていたけれど、今回のストーリーでなんとかひと段落ついて良かった。

家に向かうと、庭でお母さんが草木に水をやっていた。あ、お父さん落ち着いたのかな。

「瑞希、おかえり。お兄ちゃんがご飯を作るのを手伝ってあげてくれない?」

お母さんは少し機嫌が良さそうだったので、「さっきは大丈夫だった?」と気遣うのも何か違う気がした。

「ただいま。うん、分かったよ」

そう言って再び玄関の扉を開けた。

「おかえり、瑞希」

リビングに入れば、お兄ちゃんが玉ねぎを切っていた。

「今日カレー?」

「そう。手伝って」

「もちろん。お父さんは?」

さっきお母さんには聞けなかった質問を口にする。

「雰囲気からわかるだろ、今は出かけてる」

まあそうだろうな、と言う感じだ。家にいたらあんな風にお母さんは笑わないと思う。

その話は一旦それまでにして、私はお兄ちゃんと晩御飯を作り始めた。

結局お父さんは晩御飯ができてからも、みんながお風呂に入り終わってからも、家に帰ってくることはなかった。

でもきっと明日の朝には帰ってくるだろうとみんな楽観視していた。

皆まで言わないが、各々久々に落ち着ける時間を取りたかったのは正直事実だ。

ベッドの上に寝転がり、SNSを開く。

「友達とパフェを食べに行ってきたよ♩」

そんな文面と共にあげられている知らない人の写真。パフェというより可愛い女の子2人組の自撮りみたいになっている。

私にはこんなに親しい間柄の友人はいないけれど、人生まだ長いし、きっとこれから先は大切な人が出来るに違いない。

そう思っていると、なんだか生きる気力が湧いてきた。

その日はそのままSNSを見て寝落ちしてしまった。


何か物音がする。物音というか、足音?

でもまだ多分深夜だ。誰かがトイレに行っているんだろう。それか、お父さんが帰ってきたか。

私は起きる時間意外に起こされるのが一番嫌いなのに……。

しばらくして音がしなくなり、またうとうととする。

遠い意識の中、自室の扉が開く音と、何かの衝撃、嫌に耳に残る刃物の音が聞こえる。そして続く鋭い痛み。

違和感を覚える頃には、私の意識は遠ざかっていった。



――

――――

ふと意識が浮上し、目を覚ます。

……かなり寝た気がする。そういえばアラームはかけただろうか。

ぼんやりとしたままの意識で考える。目線の先には窓越しに見える星空。まだ夜なのだろうか?

枕元に置いてあるスマホを手に取り時間を確認……時間を……あれ、スマホがない。

というかよく考えると、そもそもここ、私の部屋じゃなくない?

天井はいつものように白くない。木造だろうか、温かみのある配色だ。小さな照明がぼんやりと部屋を照らしていた。

完全に意識が冷め、体を思い切り起こす。

そうだ、あの昨日の違和感は!?

自分の体を見てみるが、何か怪我をしたような痕跡はない。

……多分、刃物で刺された気がするんだけれど。

前提として人を刺したり刺された経験があるわけではないけれど、あの音と衝撃からして、多分刺されたんだろうな、という気がしている。

じゃあなんで今無傷で生きてるんだ。

というかこの可愛い服は何!?

一拍遅れて驚愕する。ファンタジー世界でしか見たことのない、これなんていうんだ、ネグリジェ? に困惑する。

まるで異世界みたいな……。

もしかして、というひとつの可能性が頭によぎった。周囲をキョロキョロと見渡せば、ベッドを降りたところに布を被せられた姿見があった。

恐る恐る近づき、そっと被せられていたそれを取る。

姿を現したのは、癖毛でまとまらない黒髪を持つ地味な私――ではなく、キラキラと光を反射して輝く黄金の髪と、宝石のような桃色の瞳を持つ、顔立ちの整った美少女だった。え、誰?

困惑しているとコンコン、と扉をノックする音が聞こえ、女性が顔を覗かせた。

「アシリア、起きてちょうだい……って、もう起きていたのね」

いつもねぼすけさんなのに珍しいこともあるものね、と歌うように話す。

「あ、ご飯できてるから、身支度を整えたら下に降りてきてちょうだい。今日はあなたの大好きなフレンチトーストよ」

ウィンクをする女性が扉を閉めたのを確認してから、私は確信した。

私の名前とは明らかに違う呼ばれ方、あまりにも異国すぎる容姿。

 

――私、もしかして異世界に転生してる!?

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