表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/16

辺境の狼煙と、愛の誓い

武王の反乱が始まった! 追い詰められた宮廷、絶望する暁月様。私は、ただ料理を作るだけの妃ではいられない。命を賭して、彼と、この国を守ると誓う。戦火の中、私たちの心は初めて、完全に一つになる。

景王が残した捨て台詞は、悪夢のような現実となった。数日後、北の辺境を守っていたはずの武王が、突如として反旗を翻し、彼が掌握する精鋭部隊五万を率いて、帝都へ向けて進軍を開始したという報せが、王宮を震撼させたのだ。


「武王の奴……! 長年、牙を隠していたか!」


朝議は、混乱の極みに達した。帝都の防衛兵力は、三万。しかも、その中には、武王の影響下にある者も少なくない。まともに戦えば、勝ち目は薄い。大臣たちは、降伏か、遷都かと、無責任な議論を繰り広げるばかりだった。

暁月は、玉座で、静かにその光景を見ていた。その横顔は、かつてのような氷の冷徹さを取り戻していたが、私には、その奥にある深い絶望が見て取れた。父に愛されず、母を毒殺され、兄弟に裏切られ、そして今度は、叔父に国ごと滅ぼされようとしている。あまりに、過酷な運命。

私は、いてもたってもいられなかった。夜、彼の私室に、いつも以上に心を込めて作った薬膳料理を運んだ。心を落ち着かせ、決断力を高める効能を持つ食材を、ふんだんに使った献立だ。


「……食欲が、ない」


彼は、膳に目もくれず、窓の外を見つめていた。


「一口でも、召し上がってください。戦は、体力が必要です」


「……秀麗。お前は、逃げろ」


彼は、振り返らないまま、そう言った。


「朕は、おそらく、この戦で死ぬだろう。だが、お前まで巻き込むわけにはいかない。趙宇に命じて、都から逃がしてやる。だから……」


「お断りいたします」


私は、彼の言葉を、きっぱりと遮った。そして、彼の前に回り込み、その両手を取った。


「わたくしは、どこへも行きません。あなたのそばにいます。あなたが死ぬというのなら、わたくしも、ここで、あなたと共に死にます」


私の瞳に宿る、揺るぎない覚悟を見て、彼は息を呑んだ。


「……馬鹿なことを言うな」


「馬鹿ではありません。わたくしは、もう決めたのです。この命を、あなたのために使うと」


私は、私の計画を、彼に打ち明けた。それは、料理人である私にしかできない、大胆不敵な奇策だった。

数日後。武王の軍勢が、帝都まであと一日の距離に迫っていた。暁月は、自ら鎧をまとい、残った全ての兵を率いて、帝都前の平原で、武王軍を迎え撃つことを決断した。絶望的な籠城戦を選ぶより、一縷の望みを賭けて、野戦を挑む道を選んだのだ。

出陣前夜。私は、尚食局の全ての料理人を集め、最後の晩餐の準備をしていた。それは、兵士たちの士気を高めるための、盛大な宴だった。

そして、その裏で、私は、趙宇と、私を信頼してくれる数人の仲間と共に、別の作業を進めていた。それは、大量の「痺れ薬」と「眠り薬」の調合だった。どちらも、薬草から作られた、人体に害はないが、一時的に体の自由を奪うものだ。

決戦の朝。暁月率いる三万の軍と、武王率いる五万の軍が、平原で対峙した。


「甥よ、潔く玉座を明け渡せば、命だけは助けてやろう」


「叔父上こそ、今すぐ剣を収めれば、反逆の罪を問いません」


交渉は、決裂した。戦の火蓋が、切って落とされる。

しかし、その時、武王の軍勢の後方から、悲鳴と混乱が巻き起こった。


「な、なんだ!? 体が……動かん!」


「眠い……急に、力が……」


兵士たちが、次々とその場に倒れ伏していく。

昨日、私は、商人へと偽装させた趙宇たちを、武王の陣地へと潜入させていたのだ。そして、「皇帝軍からの差し入れだ」と偽り、痺れ薬と眠り薬を混ぜ込んだ酒と食料を、彼らに振る舞わせた。警戒心の薄い後方の兵卒たちは、まんまとその罠にかかったのだ。

武王軍の後衛は、戦う前に、その大半が、無力化された。


「小賢しい真似を!」


武王は激怒し、残った精鋭部隊に、総攻撃を命じた。しかし、後方の混乱で、その勢いは明らかに削がれている。それでも、敵の数は、まだ我々を上回っていた。

暁月は、自ら先陣に立ち、獅子奮迅の戦いを見せた。私もまた、後方の野戦病院で、負傷兵の治療と、兵士たちのための食事作りに奔走していた。

戦況は、一進一退。日が暮れ始め、両軍ともに疲労の色が濃くなってきた頃。

武王は、最後の勝負に出た。彼は、自ら手勢を率い、手薄になった我が軍の本陣――暁月と、私がいる場所へと、直接切り込んできたのだ。


「終わりだ、甥よ!」


武王の凶刃が、暁月へと迫る。暁月は、長時間の戦闘で、すでに満身創痍だった。

もうダメだ、と思った瞬間、私は、無我夢中で、近くにあった熱いスープの入った鍋を掴み、武王めがけて、思い切りぶちまけた。


「ぐわあああっ!」


熱いスープを顔面に浴び、武王が怯んだ、その一瞬の隙。暁月の剣が、彼の鎧を貫いた。

勝負は、決した。大将を討たれた武王軍は、降伏した。

戦いが終わった本陣で、私は、傷ついた暁月の手当てをしていた。


「……無茶を、するな」


彼は、呆れたように、しかし、愛おしそうな目で、私を見つめた。


「あなた様こそ」


私たちは、どちらからともなく、顔を寄せた。血と土の匂いがする、戦場での口づけ。それは、これまでで、最も、互いの命の温かさを感じる、誓いの口づけだった。


「秀麗。戦いが終わったら、お前を、俺の正式な皇后として迎えたい」


「……はい、喜んで、暁月様」


私の料理は、彼の体を癒し、彼の軍の危機を救った。そして、最後に、彼の命そのものを守った。

しかし、まだだ。まだ、全ては終わっていない。武王の背後には、彼に反乱を唆した、さらなる黒幕がいるはずだ。そして、それは、おそらく、この国よりも、もっと大きな存在。

私の本当の戦いは、この国の平穏を取り戻した、その先に待っている。愛する人の隣で、今度は、この世界そのものを、蝕む闇と戦うのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ