束の間の平穏と、新たな脅威
武王の反乱は鎮圧され、私と暁月の絆は深まった。しかし、彼の背後にいたという「西方の魔術師」の存在が、新たな影を落とす。束の間の平穏の中、私たちは、この国を蝕む、より大きな闇の正体を探り始める。
武王の反乱が鎮圧され、帝都には、血なまぐさい戦いの記憶も生々しいながら、束の間の平穏が訪れていた。私の命を賭した秘術によって、奇跡的に回復した暁月は、見せしめとして武王とその一派を厳罰に処し、弛緩していた宮廷の空気を一気に引き締めた。
そして、私は、名実ともに、彼の唯一無二の、かけがえのない存在となっていた。彼は、後宮の妃という立場ではなく、彼の最も信頼する「相談役」として、私を常に傍に置いた。
「秀麗。この国の財政について、お前の意見を聞きたい」
「まあ、陛下。わたくしはただの料理人ですのに」
「お前の、その常識にとらわれない視点が、今のこの国には必要なのだ」
私たちは、政務の合間に、薬膳茶を飲みながら、国の未来について語り合った。それは、皇帝と妃というよりは、志を同じくする、対等なパートナーのようだった。私の薬膳の知識は、今や、彼の体だけでなく、疲弊した国の「健康」を取り戻すためにも、役立てられていた。
しかし、私たちの心には、一つの大きな棘が、刺さったままだった。
武王が、捕らえられる直前に、言い残した言葉。「俺は、唆されただけだ。西方の魔術師に……」。
その魔術師が、誰なのか、どこにいるのか、武王は、それ以上、口を開くことなく、処刑された。景王も、誠王も、その存在については、何も知らなかったようだ。
「西方の魔術師……」
その言葉の響きは、私の胸に、嫌な予感を呼び起こした。それは、単なる、外国の密偵というだけではない、もっと、人知を超えた、不気味な存在のように思えた。
「おそらく、皇后や景王に毒の知識を授けたのも、その男だろう」
暁月は、険しい表情で言った。
「奴は、長年にわたり、この国の、水面下で、暗躍していたに違いない。目的は、なんだ。ただ、この国を、混乱に陥れることだけが、目的なのか?」
謎は、深まるばかりだった。私たちは、趙宇に命じ、西方諸国との交易商人や、旅人たちから、それらしき人物の情報を、極秘裏に、集めさせ始めた。
そんな、不穏な空気が漂う中、私と暁月の、個人的な関係は、より、深いものとなっていた。
ある夜、私は、彼の私室で、彼の傷の、最後の治療を、していた。私の生命力を分け与えた影響で、彼の体には、微かな光の粒子が、まだ、残っていたのだ。それを、完全に彼の体に、馴染ませる必要があった。
「……もう、良い。これ以上は、お前の体に、障る」
彼は、私の、少し青白い顔を見て、心配そうに言った。
「いいえ。最後まで、やらせてください。あなたの体に、わたくしの、力の痕跡が残っているのは、なんだか、落ち着きませんから」
私が、そう言って、少し、意地悪く微笑むと、彼は、顔を赤らめた。
「……お前は、時々、本当に、大胆なことを言うな」
彼は、私の手を、そっと、握った。
「秀麗。俺は、お前に、救われてばかりだ。この命も、この国も。……俺は、お前に、何をしてやれるだろうか」
「何も、いりませんわ」
私は、首を横に振った。
「あなたが、ただ、健やかで、そして、時々、笑ってくだされば。わたくしには、それが、何よりの、褒美です」
私の言葉に、彼は、愛おしそうに、目を細めた。そして、私の、指先に、そっと、口づけを落とした。
「……いつか、この国が、本当に、平和になったら、その時は、お前を、后として、迎えよう。いや、必ず、迎える。だから、それまで、俺のそばにいてくれ」
それは、彼の、不器用で、しかし、何よりも、誠実な、誓いの言葉だった。
「はい、喜んで。暁月様」
しかし、その、束の間の、甘い時間は、新たな脅威の、到来によって、破られることになる。
数日後、趙宇が、血相を変えて、私たちの元へ、駆け込んできた。
「陛下! 大変です! 南の港町で、原因不明の、奇病が、発生しました!」
その病は、感染力が、非常に強く、罹った者は、高熱にうなされ、やがては、黒い、痣のようなものが、全身に浮かび上がり、死に至るという。
そして、その症状は、私が、かつて、文献で読んだ、ある、禁断の呪術――「黒死病の呪い」に、酷似していた。それは、人の手で、人為的に、生み出される、最悪の、疫病だった。
「……西方の魔術師か」
暁月の、呟き。
敵は、今度は、武力ではなく、疫病という、見えざる刃で、この国を、内側から、滅ぼそうとしている。
私たちの、新たな戦いが、今、始まろうとしていた。