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後宮の薬膳妃は毒の謎を解き明かす

管理栄養士だった私が転生したのは、後宮のしがない妃。病弱で冷酷と噂の皇帝陛下、その不調の原因は「毒」!? 前世の知識で胃袋を掴んだら、心の扉まで開いてしまいそうで…。

私の名前は、李 秀麗リ・シュウレイ。しがない下級役人の娘で、今年十六歳。そして、この広大な後宮に咲く幾千もの花の一つ、九品官きゅうひんかんの末席に名を連ねるだけの、取るに足らない妃だ。

……というのは、この世界での話。私の内側には、つい半年前まで現代日本で管理栄養士として働いていた「佐々ささき 志穂しほ」の記憶が、くっきりと存在していた。過労で階段から足を踏み外し、気がついたらこの『星降る夜の恋詩』という乙女ゲームの世界に転生していたのだから、人生、何が起こるかわからない。

幸い、私が転生した秀麗は、後宮の権力争いとは無縁のモブキャラクター。父の面子のために名ばかりの妃として後宮入りしただけで、これまで一度も皇帝陛下のお顔を拝したことすらない。与えられたのは、北の外れにある「翡翠宮ひすいきゅう」という名の、実際には少し寂れた小さな宮。おかげで、他の妃からのいじめもなく、前世の知識を整理しながら穏やかな日々を送ることができていた。

この世界の皇帝、暁月シャオユエ。ゲームでの彼は、攻略対象の一人でありながら、最も難易度の高い「覇道ルート」のヒーローだった。眉目秀麗、文武両道。しかし、その性格は冷酷非情で、誰にも心を許さない。常に気だるげで、病弱という噂が絶えない謎多き人物。

そんな雲の上の存在である彼と、私が関わることなどない。そう思っていた。

ある日の昼下がり、珍しく翡翠宮に宦官かんがんがやってきた。彼が運んできたのは、豪華な漆塗りの膳。それは皇帝の食事のお下がりだった。月に一度、皇帝の慈悲を示すという名目で行われる、末席の妃にまで行き渡る慣例だという。


「ありがたく頂戴いたします」


私は平静を装って膳を受け取ったが、その中身を見た瞬間、管理栄養士としての血が騒ぎ出すのを止められなかった。

豪勢な見た目に反して、内容はひどいものだった。脂っこい肉料理、過剰に味付けされた魚、そして申し訳程度の野菜。極めつけは、添えられた一服の茶。そこから、微かに、しかし確実に、甘く痺れるような匂いがした。

『この匂い……まさか、「月見草つきみそう」?』

月見草。この世界では滋養強壮の薬草として知られているが、前世の知識では、それは猛毒であるトリカブトの仲間だった。ごく微量を、長期にわたって摂取させ続ければ、体力と気力を緩やかに奪い、体を内側から蝕んでいく。病のように見せかけた、巧妙な毒。

噂は本当だったのだ。皇帝陛下は病弱なのではない。何者かによって、毎日少しずつ、毒を盛られているのだ。

全身から血の気が引いた。このままでは、彼は死ぬ。ゲームのシナリオでは、ヒロインである聖女が光の力で彼の「病」を癒すが、それは物語の終盤。それまで、彼はこの苦しみに耐え続けなければならない。

許せない。人の命を、食で弄ぶなんて。管理栄養士として、一人の人間として、絶対に許せることではなかった。


「……私が、なんとかしないと」


ぽつりと漏れた言葉は、決意の響きを帯びていた。モブ妃である私に何ができる? 無力かもしれない。けれど、私には知識がある。食で人を癒す、薬膳の知識が。この後宮のどこかにあるはずの厨房、そして食材。それさえあれば。

冷酷非情の皇帝陛下。あなたを蝕む毒の謎は、この私が解き明かしてみせます。そして、最高の食事で、あなたの心と体を救ってみせる。忘れ去られた妃、李 秀麗の静かな戦いが、今、この瞬間から始まった。

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