6.イベント阻止
いつも食べている庭園の一角に到着すると、モヤモヤが一気に胸に溜まった。これは置いていていいものではない。意味不明な不思議ちゃんであるアマリリスを、嫌いになってしまうかもしれない。
それは、どう転んでもよくない気がする。今のうちに発散させるべきだ。幸いにも、ここにはわたし・ガーベラ・ツワブキしか居ない。今しかない。
「なによあれー!」
腹の底から叫び、肩で息をするわたしを、ガーベラはお腹を抱えて笑っているし、ツワブキは何事もなかったかのようにお弁当を広げている。
わたしは、最後に大きく深呼吸してから、2人の間に腰を下ろした。
この庭園には数ヶ所にガゼボがあり、石の丸テーブルと一箇所だけ空いているC字に近い石の椅子が設置されている。
C字の端っこにガーベラとツワブキが掛けていて、わたしは2人の間に座っている。もう定位置化している。
3人で「いただきます」と合掌してから、それぞれ手をつけはじめた。
「冷めたお弁当でも美味しいよ。寮母さん、いつもありがとう」
「うむ。まさか、あんな心配をされているとはな」
「えー、ちゃうやろ。何かおかしかったやん。まぁ、他の人らも『優しいですね』みたいな目で見とったけどな。あれは絶対に、別の思惑があったよ」
「思惑は何かあったのかもね。貴族の中に平民がいるんだもん。どういう性格か確かめたかったのかもね。でもさ、体を壊すような食事を心配するなら、もっとひもじい思いをしている人達に施してあげてほしいなって思うよね。わたしは学園に通えているから、食べられない心配はないからさ」
アマリリスよ。わたしが誤魔化せる限界は、ここまでだよ。というか、わたしも、なぜあそこまでしつこくモジモジされたのか分かんないよ。教えてほしいよ。
「えっと、フリージアって、ご飯の心配してた家やったん?」
遠慮がちに問うてきたガーベラに、笑顔で首を横に振る。結構踏み込んだ質問だ。勇気がいったと思う。
ガーベラは国内有数の商会の生まれで、ツワブキの家は何度か男爵の下の爵位である騎士爵を賜っているそうだ。騎士爵は一代限りなので、今は爵位がない平民になっている。
といってもツワブキ曰く、騎士爵は平民に毛が生えたようなものだから、特に何も変わらないらしい。ツワブキは親からそう教えられているそうだ。
だとしても、裕福だろう。2人共、お金に困ることはなかったと思う。
「ううん。わたしの家は、そうでもないよ。贅沢する家でもなかったしね。ただ、そういう人達を目にする機会は何度もあったからさ。上位貴族の料理に使う材料の端っことかだけでももらえたら、お腹いっぱい食べられる喜びとか、食費が浮いた分他のものを購入とかさ。色んな幸せに結びつくのになぁって思うんだよね。貴族を知らないから、勝手な想像だけどね。いい所しか食べてなさそうでしょ」
まぁ、いい所以外は、使用人の皆さんの賄いになるんだろうけどね。宝石1つで救える命があったとしても、何個も手放せば全員を助けられる訳でもないと思うしね。平民から搾り取っているとかじゃないなら、貧富の差は仕方ない部分が多いと思うのよ。
「確かにうちも、そういう人ら見たことあるわ。説明されたら納得したわ。うちもその意見に賛成やけど、どこで誰が聞いてるか分からんから、学園や寮では言わんほうがいいで。貴族を批判しているって、難癖付けられる可能性あるからな」
「分かってる。言わないよ。それに、笑顔は絶やさないように頑張ってる」
「最後、目が死んでたけどな」
「うっそ!」
「本当だ」
ツワブキの真面目な答えに、ガーベラは笑いながら机を叩いている。ガーベラも、ツワブキと同じ意見だと言っているようなものだ。
おかしいな。最後は解放された喜びから、特段と笑顔だったと思うんだけどな。「なにこいつ?」って思ったのが、ずっと顔に出ちゃってたのかな。気を付けなきゃ。
わたしは、フォークを置いて、両手人差し指で口角を上げた。弧を描いている口のまま形状記憶できる魔法があればいいのに、と思う。
「はぁ……お腹痛いわ」
「笑いすぎだよ」
「ってかさ、フリージアって、ディセルフォセカ公爵令嬢と知り合いやったん? 色々決めつけたような言い方やったやん」
「知り合いじゃないよ。学園に来てから会ったんだもん。真面に話したのも、さっきが初めて」
「不思議なこともあるんだな」
「不思議で片付かんやろ。めっちゃおかしいやん。あ、でも、あれか。ディセルフォセカ公爵令嬢も聖女候補って言われてるから、それでフリージアのこと調べたんかもな」
そうなの? 初耳。あれかな? 色んな魔道具出しているから、そっち方面でかな? それとも、わたしの知らない事件が幼少期にあって、それを解決したとか。
それなら、ゲームしかしていないわたしと違って、アマリリスは「花束をあなたに」のガチファンだったことになるな。転生して喜んだのかもな。本当に関わらないであげておこう。わたしも平穏に暮らしたいしね。
「なりたいのなら譲るよ。わたしは聖女よりも、町の治癒師になりたいんだし」
「それは無理やから諦め。治癒師になれたとしても、絶対に宮廷医やわ」
ガーベラの言葉に、ツワブキもしっかりと頷いている。わたしは苦笑いを浮かべながら、アマリリスとのやり取りを思い返した。
お弁当に異常な執着を見せていたのに、手作りじゃないと分かると、あっさりと引き下がった。ということは、お弁当がキーワードだ。「お弁当……お弁当……何かあったかな」と記憶を辿ると、イキシアルートで発生するイベントに思い当たった。
ゲームでは、裏庭で白狼と一緒にお弁当を食べているフリージアの前を、偶然イキシア殿下が通りかかり、見たことがない料理に興味を惹かれ、一口欲しいと言われるイベントだったはずだ。
この好感度イベントが成功すると、月に数回、一緒にお弁当を食べることになる。その際に作るお弁当の種類を間違えなければ、好感度が溜まっていくというもの。間違えれば、当然のことながら好感度は下がる。
そっか。確かにゲームのフリージアは、手作り弁当を持参していた。本物のフリージアはわたしと違って、残り物をくださいと言えない子だったんだろう。でも、作らせてくださいって言われる方が、寮母さん的にも嫌じゃないのかな。結局、材料は分けてもらわないといけないし。まぁ、そこはゲームだから関係ないか。
ということは、アマリリスは陰でそのイベントが起きるのではと不安で、イベントを潰しにきたのね。
なるほどなぁなんだけど、アマリリスはヒロインが交代になっているような感覚はないのかな?
もしかしたら、学園行事イベントは起きてしまうかもしれないけど、もうゲーム通りじゃないと思うんだよね。わたし、まだ虐められていないし。ゲームでは2日目からだったんだよ。怖いよねぇ。
状況が違うんだからゲームと現実を切り離せばいいのにって思うけど、わたしも虐めの心配をしているからなぁ。
イベントとかは、もう宇宙の彼方に飛んでっちゃてるけどね。好感度上げないでいいからさ。起きそうになったら、身を隠そうと思っているんだよね。
午後の授業が始まるギリギリまで、だらけるように休憩をして教室に戻った。お弁当イベントを潰せた人心地からなのか、アマリリスの面持ちは明るく輝いているように見えた。
初日の投稿は、ここまでになります。
明日から日曜日の6日まで、毎日12時に1話予約投稿いたします。
その後は、毎週月曜日に1話〜2話の予約投稿になります。
この先、アマリリスとの関係がどう変わっていくのか、攻略対象者たちとの仲がどう変化していくのか、楽しみにしていただければ幸いです。
皆様、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
明日からもよろしくお願いいたします。