49.記憶が刻まれている魂
勉強をしようと思っていたが気になることがあり、わたしは学生寮の自室で1人、天井を見ながら考え事をしている。
BGMはアサギとイクシャがクッキーを食べる音。といっても、イクシャのクッキーは砕いているので、ほとんど音は出ていない。
なぜイクシャがわたしの部屋に居るのかというと、朝早くに窓を嘴で突かれたからである。「どうしたの?」と尋ねても、『来たくて来たほ』と言うだけで、理由を教えてくれなかった。だから、イキシア殿下と喧嘩をしてしまって飛び出してきたんだろうと、勝手に思っている。
イクシャがここに居ることを伝えたいが、王宮に連絡できる手段なんて持ち合わせていないので、イクシャの機嫌が早く治ることを祈るしかない。
「ねぇ、アサギにイクシャ。未来が分かる魔物っていたりするの?」
『小娘はまた珍妙なことを言うな』
『いないほよ』
ってことは、未来予知魔物と使役契約している人の線は消える。
「じゅあさ、こことは別の世界があって、そこの記憶を持った魂だけが、この世界に来ることはあるの?」
『どうだろうな。体に縛り付けられている魂が自由になり、どこかに旅立つことはあるだろう。しかし、魂に記憶が残っているのは難しいと思うぞ』
『感情が残ることもあると聞いたことがあるほ。でも、記憶が魂に刻まれるのは難しいと思うほよ』
イクシャの曖昧な答えに、アサギは『合っておるぞ』と言いながら絶えずクッキーを食べている。
ってことは、わたしが覚えているのは、全部魂に刻まれた記憶ってことになるのか。事細かく思い出せって言われても、確かに喜怒哀楽が強く動いた時の記憶しか出てこないないかも。
そう考えると、『花束をあなたに』はイキシア殿下の声に感動しぱなっしだったから、思い出せるんだろうな。わたしのオタク度すごいな。
もう1人いるはずの転生者は、わたしと同じ稀有な存在で、更に1人2人現れるとかは考えなくていいのかも。
マーガレットを若干だけど疑っていたんだよね。わたしが誰を攻略しているのか確かめようとして、武術大会でアセビの名前を出したのかもしれないって。
だってさ、それ以外にいくら仲がいいからって、あの場で貴族と平民の恋愛を聞いてくる?
恋愛話がしたかったんなら、どんなタイプが好きかって会話が続いてもよかったし、ツワブキとの仲を確認されてもおかしくなかった。けど、なかった。ピンポイントでアセビとの仲だったんだよね。
だから、今度いつ話せるか分からないから、ぶっ込んできたのかなって。
だけど、マーガレットが転生者じゃないのなら、わたしが深く考えすぎただけだわ。
「ちなみになんだけど、もし記憶が刻まれた魂があったとして、アサギたちには分かるの?」
『無理だな。我らが分かるのは魔力の質だからな。魂で物事を見ておらん』
イクシャにもしっかりと頷かれる。
「そっか。じゃあさ、人間の寿命とか、この人に不運が訪れるとか、分かったりする? 魔力が警告してくるみたいさ」
不思議なんだよね、武術大会でのアマリリスのパニック状態が。
わたしもあの対戦には肝が冷えたけど、イキシア殿下にはイクシャがついている。イクシャはイキシア殿下に懐いている。イキシア殿下を見殺しにするなんてあり得ないだろう。
それなのに、目を疑ってしまうほど平静さを失っていた。何かあるのかって、こっちが不安になりそうなくらい、気が動転しすぎていた。
わたしが忘れてしまっている何かが、武術大会にあったんだろうか?
『あるわけなかろう』
『それが分かる魔物もいないほよ』
「そっか。色々教えてくれてありがとうね」
2匹を撫でると、アサギにはまんざらでもない顔をされ、イクシャは自らも手に擦り寄ってきてくれた。
わたしが忘れてしまっているイベントがあるとして、アマリリスをあそこまで不安にさせるイベントって何なんだろう?
イキシア殿下が死ぬかもしれなかったら、絶対に覚えている。息を引き取る演技も最高だわってなっているはずだから、魂に刻まれないわけがない。
「ねぇ、イクシャ。殿下は健康そのものだよね?」
『イキシアは元気ほよ。今日はアマリリスとお茶会ほ。朝早くから来たほ』
そっか。アマリリスにイキシア殿下を取られたみたいで、寂しかったんだね。ヤキモチ可愛いな。いっぱい撫でてあげよう。
いつお茶会が終わるのか分からないからか、イクシャは夕方まで一緒に居た。夕方に帰った理由は、エビネがシフォンケーキやクッキーの材料を持ってきてくれたのが夕方だったからだ。
今週は「エビネに持って行ってもらう時間がないかもしれないから1週空いてしまう」と、前回の手紙に書かれていたから、エビネは来ないと思っていた。さっきイクシャに聞いて、「お茶会があるからか」と勝手に納得していた。
だから、念のため焼いていたシフォンケーキを、アサギとイクシャにあげたのだが……イクシャを迎えついでに材料を持って来てくれるとは考えていなかった。
「一応、焼いてはいたんですが、今日はもう来られないと思って……焼いていたケーキは、アサギとイクシャが全部食べてしまったんです」
「そんなに申し訳なさそうにされなくても大丈夫ですよ。イクシャ様用にとお願いをして焼いてもらっておりますので、殿下は怒られたりされませんよ」
そうなんでしょうけど、材料費のことを考えると心が痛むんですよ……
「後、もしかしたらアセビ様から聞いているかもしれないんですけど、お借りしていたハンカチにおまじないを刺繍をしました。効力はサンスベリア伯爵のお墨付きですので、体調が悪いなという時にお使いくださいと渡していただけたらと思います」
わずかに瞳を伏せたエビネが、一度ゆるく頷き、視線を合わせてきた。
「フヨウ侯爵令嬢様の件と、同じ刺繍ですか?」
「はい。何がいいか考えたんですけど、忙しいだろうから疲労回復がいいのかなと思い、健康運にしました。手紙にはそのことを書いていますが、エビネ様にもお伝えしといた方がいいと思いまして」
「喜ばれると思います。ありがとうございます」
目元を和らげるエビネに、「刺繍してよかったー」っと頬が緩む。
「あの、フリージア様。厚かましい願いになるのですが、殿下にアンクレットのような足に着けられるアクセサリーを作っていただけないでしょうか?」
「アンクレットですか? えっと、刺繍を刺すってことでよろしいですか?」
「そうですね。可能であれば『厄除け』や『幸運』といった類の刺繍をお願いいたします」
ん? イキシア殿下って、今状況が悪いようなことあったかな?
まぁ、厄除けも幸運もあればあるほどいいだろうし、ゲームじゃなくて現実なんだから、わたしが知らないこともあるよね。なんか辛いことがあるのかもな。王子様って大変そうだもんね。
「刺すのは問題ありませんが、えっと、わたしでは殿下が着けても違和感がなさそうな材料を買うことができません。ですので、わたしこそ厚かましいのですが、材料をいただくことはできますか? もしくは出来上がっているアクセサリーに刺すとか……いや、それだと高級すぎて、怖くて刺せないかもですね。でもなぁ、わたしが一から作って不恰好にならないかな……」
「ありがとうございます。来週、アクセサリーをお持ちいたします。そちらの方が完成が早そうですので」
「早めに必要なんですね。分かりました。アンクレットでしたら刺せる幅は限られているでしょうから、再来週渡せるように刺しますね」
「本当にありがとうございます。きっと喜ばれると思います」
幸せそうに微笑むエビネから、相当イキシア殿下が好きなんだと伝わってきて、わたしの胸に温かいものが流れる。
もう少しでアセビのハンカチは刺し終わるので、来週以降はアンクレットの刺繍を頑張ろう。
でも、どうしてアンクレットなんだろ? エビネからのプレゼントなら、ネクタイとか良さそう気がするけどな。イキシア殿下拘りのおしゃれがあるのかな?
もう一度お礼を伝えてきたエビネは、軽く頭を下げて、イクシャと一緒に空飛ぶ馬車で帰って行った。
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