43.イキシア殿下の配慮
シオン先生は、イキシア殿下とアセビがいる状況に只事じゃないと思ったようで、職員室と隣接している個室へ、わたし達を案内した。
わたし1人なら職員室で話して盛大にため息を吐かれるだけで終わっただろうに、何ともまぁ、大袈裟になりそうな予感がプンプンである。
「フリージア、話してくれ」
わたしの隣にアセビが、対面のソファにシオン先生とイキシア殿下が座っている。アサギ達はなぜかわたしに集まっている。
「えっとですね、アサギからの情報になりますが、先生達の方でも黒い魔物が出ましたよね?」
「出た。鳳凰が倒してくれたが……あの魔物が関係しているのか?」
瞳を鋭くさせるシオン先生に、白きモノと黒きモノの説明をする。そして、アサギがしてくれたことを伝え、発見した紙の切れ端をテーブルの上に出した。
「本当だね、注視しないと分からないくらいの、微かな魔力が宿っている」
わずかに頷きながら、真剣な面持ちでアセビが呟いた。
「サンスベリア伯爵令息。魔道士団に調査を依頼することになるだろうから、父君に軽く話だけしといてくれ」
「分かりました」
紙を眺めていたイキシア殿下が顔を上げ、シオン先生を見やった。
「僕からも、陛下の耳に入れておくよ。黒きモノに関しては、すぐに共有されるはずだ。命を吸われてしまうんだ。見つけたら絶対に近付かないことを周知させないとね」
「殿下。よろしくお願いします。学園からも報告を上げてもらいますが、陛下に届くまで時間がかかるでしょうから」
授業中、イキシア殿下はシオン先生に敬語を使うし、シオン先生もイキシア殿下を他の生徒と同じように扱う。それなのに今、2人は学園での関係を崩して話している。それほど緊急性がある事柄だということだ。
黒きモノに関しては、すぐに注意躍起してほしいから、3人の言葉や対応には納得しかない。返答を伸ばしたり曖昧にしない3人は、さすがだと思う。
だが、わたしまでもが学生の性分を飛び越えて関わらないといけないかもしれないとなると、苦い顔をしてしまいそうになる。
わたしはまだ、アマリリスと腹を割って話せる仲ではないのだから。
「フリージア、この紙はこちらで管理させてもらう」
「もちろんです。わたしは要りません。もう関わりたくありません」
「フリージアには重い話かもしれないが、無理だと思うぞ」
シオン先生に憐れむように言われ、「やっぱり、そうですよね」と肩を落とした。
シオン先生は、「学生だけど緑色の瞳、使役魔物は白竜だから」という理由で苦笑いをしたんだろうけど、わたしは知っているんだよ。まだ出てくるって。
アセビルートの黒きモノが現れるタイミングと、今回は同じだった。ゲームと現実は違うからといっても、このイベントは絶対に起こるってことだ。
イキシア殿下達のルートにも登場するから、後3匹、わたしの目の前に現れる可能性は高い。
シオン先生ルートをプレイしていないから、出てくるのか、出てくるのならいつなのかは分からないけどね。シオン先生もってなると、最低4匹か。
そう考えると多くない? そんなものなのかな?
3年間の中で4匹と考えたら、そんなものなのかもな。
それに、変な紙を拾っちゃったしね。あれ、何なんだろうね。よくない物を拾った気がしてならないんだよね。そんなヒロイン補正なんて本気でいらないよね。
あー、やだなぁ。入学当時の関わらないって決めた目標が、バカみたいに思えてくるよ。
シオン先生への報告が終わり、アセビとイキシア殿下と廊下を歩く。
このまま「今日は疲れたね。また明日」と別れたい。でも、イキシア殿下だけに報告しておきたいことが残っている。
「ん? フリージア、どうしたの?」
「な、なにが?」
「緊張しているような気がしたんだよ」
アセビってば、感情の機微に敏感すぎない?
アセビが優しすぎる理由は、これなのかもな。気遣いの塊だもんな。気付いたら放っておけなくて、動いちゃうんだろうな。
素敵なことだろうけど、それ疲れない? 心壊すかもだよね?
だから、わたしのことは、そこら辺の石くらいでいいんだよ。わたし前世が残っている分、神経図太いと思うからね。
労う気持ち込めてアセビの背中を優しく叩くと、柔らかく微笑まれた。
この気持ちも察してくれるとは、本気でアセビの心が心配になる。これ以上気を遣わせてしまう前に、わたしがきちんと行動しなきゃだよね。
「殿下と2人で話しておきたいことがあったんだけど、わたしが誘っていいものかどうか悩んでいたの」
ん? アセビの頬が引き攣ったような気がしたけど、気のせいかな? いつも通りの綺麗な微笑みだもんね。
「僕と君はクラスメートだからね。そんなに神経を尖らせる必要ないよ」
イキシア殿下に軽く言われても、わたしは曖昧に笑うしかできないんだけどね。
でも、その言葉自体は助かったよ。アセビもいる場だから、もしもの時、野次馬の誰かに「平民の妄想」だって詰められなくて済む。
平民と王子様。会話するのも大変なのに、恋愛に発展しようないよね。
ゲームはすごいな。将来有望の子息達と、悪役令嬢という障害を乗り越えるだけで結ばれるようになるんだもんね。
「では、ほんの数分だけお時間をください」
「数分でいいの?」
「はい。話したいというより、話しておきたいことがあるだけですので」
「分かったよ。アセビ、悪いんだけど、声が聞こえない位置から見ていてくれるかな」
この王子様の配慮凄くない? クラスメートだから気軽に話してよって、わたしの緊張を解そうとしつつ、変な噂を立てられないようにというか、アマリリスのことを考えて2人っきりにはならないようにするなんて。
いや、マジでさ。イキシア殿下はどこまでもアマリリスを優先しているのに、アマリリスの怯え方が異常なのよ。それほどイキシア殿下を好きっていう風にもとれるけど……
どうなんだろうなぁ。
もう1人の転生者さん。あなた、本当にアマリリスに何を吹き込んでいるの?
アマリリスのことを考えながら、イキシア殿下と一緒にアセビから離れる。
「ここなら聞こえないかな」
アセビからもわたし達は見えているし、わたし達からもアセビをきちんと確認できる。
わたしとイキシア殿下との距離も人1人分、余裕で空いているので、もしわたしがイキシア殿下を襲おうとしても、アセビの魔法がわたしを貫く方が早いかもしれない。
「まずは、君の話の前にお礼を言わせて。イクシャがシフォンケーキを本当に喜んでいてね。日曜日を楽しみにしているんだ。その姿が可愛くてね。君が焼いてくれるおかげだよ。ありがとう」
柔らかく微笑まれ、穏やかな声に涙腺が緩みそうになった。自分に向けられた、自分だけの声に涙を溢しそうになってしまった。
アセビがいた時と声色が違うように感じるのは、今向かい合っているからだろう。
本当に、どうしてこんなにも素晴らしい声を持っているのか。尊すぎる。
「いいえ、材料を用意してくださって、こちらこそありがとうございます。殿下が材料をくださるのでアサギにも焼けています。本当にありがとうございます」
わたしはイキシア殿下の声を聞けるだけで、ご褒美をもらっているようなものなんですよ。特に今日はバリエーション豊かで、幸せいっぱい胸いっぱいです。心よりお礼申し上げます。
「後、文通もありがとう。これからもよろしくね」
「アサギとイクシャと魔法のことばかりですけどね」
「そういう何気ない話が楽しいんだよ」
だよね。わたしも楽しいよ。しかも、脳内声当て音読で読ませてもらっているからね。耳と心が癒されて、明日からまた頑張ろうって英気をもらっているよ。
「それで、僕に話したいってことって?」
少しばかり真剣な面持ちになったイキシア殿下に、さっきは伏せていた白狼の濁っていた瞳のこと、白きモノも黒きモノになってしまう事実を伝えた。
イキシア殿下は難しい顔で視線を下げ、「そっか」と呟いた。だけど、わたしと瞳を合わせると朗らかに微笑んできた。
「もしかしたら告白してもらえるのかもと思ったんだけど、違ったね。残念だよ」
「ンゴッ」
わたしは予想外すぎる言葉に驚いて喉を詰まらせたのに、イキシア殿下はお腹を抱えて大笑いしている。
場を和ませようとしてくれたんだろうけど、話題がよろしくない。本当に誰のせいで喉を痛めたと思っているのか。
「ごめんごめん。そこまで動揺されるとは思っていなかったよ」
「動揺というか、殿下がそんな冗談を言ったことに驚いたといいますか……」
「僕は、肩書きだけが立派な、普通の男の子だからね」
「何を仰いますか。普通の男の子と違って、めちゃくちゃ声がいいって自覚をしてください」
睨みながら言ってみたが、イキシア殿下はまた声を上げて笑っている。
「はぁ、笑った。疲れが取れた気がするよ。それと、教えてくれてありがとう」
「いいえ。イクシャも知っていると思いますから、新たな疑問が出た時にはイクシャを頼ってみてください」
「そうするよ。よろしくね、イクシャ」
イキシア殿下には見えていないだろうが、イクシャは嬉しそうに羽を上下に動かし、胸を張っている。
『我の知識には勝てんがな』
『白竜は五月蝿いほ』
仲が良いのか悪いのか分からない2匹の姿に、イキシア殿下と顔を見合わせて笑い合い、見守ってくれていたアセビと合流し、帰っていく2人を見送ったのだった。
2025年、本当にありがとうございました。
読んでくださっている皆様には感謝しぱなっしです。
朝と夜は冷え込みが厳しい季節になりましたので、どうかご自愛くださいませ。
2026年もよろしくお願いいたします。
よいお年を!




