42.マーガレット・スカビオサ子爵令嬢
学園に着き、疲れた足取りでシャワー室を目指す。
学園には、一瞬で汚れを落としてくれる洗浄室がある。使用人がいないと入浴できない子女達は、その部屋で汚れを落とし、速攻で家に帰り入浴することだろう。だって、清潔になりましたよって言われても、気持ち的に「石鹸じゃないと落ちた気がしない」だ。洗ったから綺麗になったっていう情報が、心に必要だ。
貴族子女達の家より寮は近いだろと言われそうだけど、わたしは寮の部屋まで我慢できない。汚れは洗浄室で落とし済みだが、今すぐ石鹸で体を綺麗にしたい。
ガーベラも同じ気持ちだったようで、どこに向かうとか話していないのに一緒にシャワー室に到着した。何個かシャワーを使用している音が聞こえるので、上級生で女子の参加はあったようだ。
シャワーブースに別々に入り、綺麗になってはいるが粘液塗れだった服を脱ぎ、足下に落とす。
隣のブースから「マジで最悪やー! 落ちれや! この野郎!」という声が聞こえてきて、笑ってしまう。
自身の体を洗いながら、流した石鹸で服を足で踏みながら洗った。
なんとか3回目で「もう大丈夫なはず」と及第点を出せ、壁のボタンを押して、バスタオルを出して拭いた。
「フリージア、終わったー? ジュースいる?」
「欲しい! ちょっと休憩したい」
「買っとくわ」
先に洗い終えていたガーベラが、シャワー室の入り口にある自販機まで買いに行ってくれるようだ。
汚れを落とせた心地に一息吐き出し、また壁のボタンを押してジャージを取り出す。
このタオルとジャージ、返却してもしなくてもいい。さすが授業料がお高い貴族部である。
ガーベラとシャワー室内に設置されているベンチに座って、「ホンマに最悪やった」「わたしも二度と参加しない」「そうしよう」って気を緩めていると、笑い声が聞こえてきた。
視線を向けると、可笑しそうに笑っている、くすみ黄色の髪をおさげにした可愛い女の子がいた。大きな瞳の色は濃い桃色だ。
「笑ってしまってごめんなさい。私も同じ思いだったから、つい……」
「気にされなくていいですよ」
「そうそう。だって、ホンマにしんどかったもん。あの量はないよ」
「ないよね、ない。上級生はもっと過酷になるとか考えられないし、想像したくない」
「ふふふ。Sクラスは大変だったんですね」
瞳の色からクラスを当てられるのは普通だ。当たり前のことだ。膝の上にアサギが座っているから、わたしは余計に分かりやすい。ただ言い方が、上級生ぽくないなと感じてしまった。
「うちガーベラって言うんやけど、名前聞いていい?」
さすが入学式で、わたしを親友にしてくれたコミュ力お化け。人懐っこい笑顔で尋ねている。
「あ、失礼しました。私、Bクラスのスカビオサ子爵家、マーガレットと申します」
「スカビオサって、羽衣生地が有名な、あのスカビオサ?」
「そうです。私は、そこに生まれただけですけど」
「はは。良い所に生まれたって胸張ったらいいやん」
笑い飛ばせるガーベラに頭が上がらないよ。わたし、何にも答えられないよ。
「Bクラスだけ言ったってことは、1年?」
「はい。フリージアさんとガーベラさんと同じ1年生です」
自己紹介してないのに名前知っているの? と、驚いて瞳を瞬かせてしまった。すると、可笑しそうにマーガレットに「有名ですよ」と笑われた。
わたしとしては、有名なのは分かっているけど、名前まで知れ渡っているのかと遠い目をしたい気分だ。
「Bクラスの討伐は、そこまで大変ちゃうかったん?」
「いいえ! 大変でしたよ! でも、お2人みたいに疲れていないので、BクラスとAクラスの差が大きかったんだと思ったんです」
「え? マジで疲れてないん? うちらが行ったとこ、どこ見てもグロッケルしかおらんくって大変やってんで」
「それなりにいましたけど、そこまでではありませんでしたよ」
和やかに会話している2人のお喋りを聞きながら、ジュースを飲み干した。
「ガーベラ。私、そろそろ行くね」
「呼び出しやもんな。頑張って」
腰を上げると、ガーベラは軽く手を振ってきた。笑顔を返しておく。
「スカビオサ子爵令嬢様、会話中に申し訳ありません。先生に呼ばれているので失礼させていただきます」
「私こそ割り込んでしまってすみませんでした。それと、マーガレットと呼んでください。堅苦しいのは苦手でして」
「はい。また機会がありましたら、お喋りしてください」
軽く頭を下げ、シャワー室を後にした。
少し離れたところで、小声でアサギに問いかける。
「ねぇ、アサギ。集合場所に女の子って4人じゃなかった? あの子、いた?」
『おらん。見事な嘘だ』
「だよね。アサギとお近づきになりたいとかかなぁ」
『我は仲良くせぬからな』
「分かった。何か言われたら、きちんと断るよ」
廊下の先に、アセビに加えイキシア殿下の姿が見えた。イクシャがものすごいスピードで飛んできて、わたしの肩に留まる。「真っ直ぐな性格のイキシア殿下だもんね。黒きモノを気にして当たり前か」と、イクシャを撫でながら2人に合流したのだった。
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