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34.いつ試されていたの?

庭園に到着し、咲き誇る花を鑑賞しながらのんびりと歩く。


「ねぇ、アサギって名前は、どう決めたの?」


「3つの候補の中から、アサギに選んでもらいました」


「そっか。やっぱり数を打つしかないのか」


「鳳凰が納得しないんですか?」


「うん、そうなんだよね。どれも首を縦に振ってくれないの」


『私は特別な名前がいいほ』


顔をツンと背ける鳳凰に、イキシア殿下は苦笑いをしている。


うーん……アサギの名付けと同じように考えるなら、これなんてどうだろう?


「イクシャはどうでしょう?」


『いいほ! 素敵ほ!』


気を良くした鳳凰が、目を皿のように丸くしているイキシア殿下の肩から飛び立ち、わたしの周りを旋回しはじめた。


わたしの横を飛んでいたアサギにはイクシャが邪魔だったようで、ブツブツ言いながらわたしの肩に寝そべるように乗ってきた。


アサギの初めての行動に、より距離が縮まっていることを実感して、胸がときめいてふわふわする。


「どうしてその名前を気に入ると思ったの?」


「鳳凰は、ものすっごく殿下を好きだからです。殿下の名前と音が似ていたら、喜んでくれると思ったんです」


アサギに提案した3種類の名前は、実はフリージアの花の別名だ。「フリージアを好んで喚び出しに応じてくれるんだから、花の名前に因んでみたら?」と思って、提案したら気に入ってもらえた。


ハナちゃん達の名前も、同じ応用でわたしが付けている。


だから鳳凰には、イキシアの花の別名を提案しただけだ。それを、それっぽく理由付けただけ。


前世で花好きの友達に連れ回された経験が、ここで生きてきた。万歳。


「なるほどね。僕はもっとイクシャを知ろうとしないとな。僕も好きだけど、できれば同じだけ愛情を返していきたいからね」


「じゃあ、殿下。イクシャは何を食べていますか?」


「何も食べないよ。何も食べなくても平気だって聞いたからね。はく……ううん、アサギは違うの?」


「はい。なんとアサギは、スポンジだけのケーキとバタークッキーが好きなんです」


『うむ。美味しいぞ』


歩くことを止めるほど驚いているイキシア殿下の周りで、イクシャが騒ぎ出した。


『私も食べてみたいほ。食べてみたいほ』


「え? 食べてもいいの?」


「はい。一度も体調不良になったことありませんし、好き嫌いもハッキリしていますよ」


「そうなんだ……」


考えるように斜め下を見るイキシア殿下が奇妙だった。


今、悩ませてしまうような会話をしただろうか?


わたしが問いかけるよりも先に、緩く頭を横に振ったイキシア殿下は、エビネにスポンジケーキとバタークッキーを持ってくるように指示した。


「近くにベンチがあるから、そこで休もう」


数分も歩かないうちにベンチに到着し、座った後に腕を上げて上半身を伸ばした。


アサギは膝の上に移動してきて、ちょこんと座っている。可愛い。


「本当にいい天気ですね。散歩日和で何よりです」


「外は気持ちいいよね」


頷いた後は、何も話さず、ただボーッとしていた。あらゆる緊張から解放された心地に、会話をしなくても気まずくない空間に、疲れが癒やされていく。


「こんな時間、いつぶりだろ」


独り言を呟いてしまうほど気が緩んでいるイキシア殿下に、心の中で「そうですね」と返しておいた。


エビネと1人の侍女が、スポンジケーキとバタークッキーと共に、フィナンシェと冷たい飲み物を持ってきてくれた。


応接室で対応してくれた侍女だったので頭を小さく下げてみたら、侍女も返してくれて何だか嬉しくなる。


エビネがお皿に分けてくれたスイーツ類を受け取り、アサギの前に持っていく。


『これは、なんだ?』


「それはフィナンシェよ。この前、小さいのを食べたでしょ」


小さく口にフィナンシェを含んだアサギは、『これか』と大きく齧りつき始めた。


鳳凰は、イキシア殿下が持つお皿の隅に留まり、『美味しいほ!』とフィナンシェを突いている。バタークッキーはエビネが砕き、お皿の空いている場所に置いていた。


『うむ。これも美味だが、やはり我は小娘のシフォンケーキとやらが1番だ』


「嬉しいこと言ってくれるんだから。大好き」


フィナンシェを食べ終え、バタークッキーに手を伸ばしているアサギに、バタークッキーを取り手渡した。お皿の奥にあったから、アサギの短い腕では届かなかったのだ。


「食べると思って、シフォンケーキを焼いたの?」


イキシア殿下に驚くように尋ねられ、首を横に振った。お皿を持っていない方の手で、ワンピースの袖口を掴む。


「王城に着ていく服がないって言ったら、シオン先生の奥さんが譲ってくれたんです」


「あ! ごめん。気が回らなさすぎたね」


「いいえ、大丈夫です。もう来ることないでしょうから、問題ありません」


「んー、どうかな?」


「え? ないですよね?」


「実は、長期休暇の時に招待したいって言われていてね。今日のが前倒しだと思うんだけど、母上が君を気に入ったみたいだから、どうなるかな」


「わたし、気に入られたんですか?」


たったあれだけのことで、採点が厳しそうな王妃が気に入るの?


「何のテストをしたのか知らないけど、君は二重丸だったらしいよ。それで父上が面白がって、君の性格を試したんだよ」


「あの側室云々は、試されていたんですか?」


「うん。白竜と契約した人間が強欲だと、国を滅ぼしかねないでしょ。僕が不誠実を嫌っているのは知っているし、本気じゃないからあんなに軽く言えたんだよ」


「じゃ、わたしが望んでいたら、どうなったんですか?」


「アマリリスと対決じゃないかな」


「ええ!?」


「対決してくれてもいいよ」


「いやいやいやいやいや。面倒臭そうなんで遠慮します」


声を上げて笑うイキシア殿下のお皿を、エビネが素早く奪った。


イクシャは、エビネを褒めるように頷き、お皿の上で静かに食事を再開している。


「殿下って、よく笑う方だったんですね」


「そんなことないよ。それより、もしかしてワンピースのお礼に、シフォンケーキを焼いたの?」


あからさまに話題を変えるということは、もうこの話は終わりということだ。言いたくないのか、聞かない方がいいのか。笑う笑わないの話は地雷なのだろうか。


「奥さんが好きだそうでして、お礼に焼きました。それをアサギが興味本位で食べて、気に入ったんです」


「シオン先生の奥さんがね。元気そうでよかったよ」


「お知り合いですか?」


「僕は会ったことないけど、5年くらい前にアマリリスが救っているんだ」


「ディセルファセカ公爵令嬢様がですか」


「新しい薬草の栽培に成功してね。その薬草が、奥さんが患っていた病気の薬になったんだ。それまで効く薬がなかったらしくて、その薬が成功していなかったら奥さんの寿命は尽きていたらしいんだよ」


それって、ローダンセルートの3年生で一緒に栽培に挑む薬草じゃないの? 違うのかな?


わたしも早めにローダンセに提案しようと思っていたけど、アマリリスがすでに栽培に成功していたなんて、本当にびっくりだよ。


まさかイキシアルートだけじゃなくて、全てのルートを潰して回っているのかな? 友達にも近づくなって言われてるもんね。シオン先生の奥さんがっていうのは偶然かもしれないけど。


でも一体、アマリリスの近くにいるっぽい転生者は、何がしたいんだろう? アマリリスを幸せにしてあげたいからの行動にしては、奇妙に感じる部分もあるんだよね。変なの。


「薬草も薬も成功してよかったですね。そのおかげで、わたしも今日救われていますしね」


「服のことは本当にごめん。僕からは贈れないから、父上か母上から贈ってもらうよ」


「いえ、もう招待がなければいいんです」


「未来は分からないから」


遠くを見るように空に顔を向けて現実逃避をすると、イキシア殿下に小さく笑われる。


『美味しかったほ』


お皿に乗っていたスイーツを全部平らげたイクシャが、わたしが持っているお皿の端に留まった。


『我の分は食べるな』


『食べないほ。私はフリージアのケーキが食べてみたいほ』


「んー、いいけど、渡せるタイミングがないんだよね」


イキシア殿下に渡したら、アマリリスに見られて文句を言われるだろう。アマリリスじゃなくても、他の生徒が「身の程知らず」とか罵ってきそうだ。


「焼いてもらえる日にちを教えてくれたら、エビネに取りに行ってもらうよ。どうかな?」


「そうですね。それだと渡せますね」


「僕の分も忘れないでね」


「綺麗に焼けるよう頑張ります」


アサギが食べ終わるのを待って立ち上がったイキシア殿下に、手を差し伸べられた。その手を見た後に、イキシア殿下の顔を見上げる。


「温室に入る時に、エスコートしていないと怒られるから」


「わたし、もう帰れるんじゃ……」


「君が帰れるのは、夕食後だよ」


「ええ!? 昼食後は何をするんですか?」


「父上がゲーム類を集めていたから、それで遊ぶんじゃないかな」


「本気で言っています?」


「うん」


イキシア殿下の断言通り、両陛下と昼食をとった後、娯楽室に案内され色んなボードゲームで遊んだ。前世やったことのあるボードゲームばかりで、難なく対戦をこなしていく。久しぶりで楽しかったくらいだ。


それが(はた)から見れば異常な光景だと気付かず、両陛下に「ルールを理解し、すぐに対応できる」と好評価されたとは思っていなかった。






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