32.怖いのは王妃様
わたしはバレないように小さく息を吐き出してから、陛下を真っ直ぐに捉えた。
「陛下。今からわたしの気持ちを話したいと思います。何を言っても、誰に対しても、不敬にならないと約束していただけないでしょうか?」
誰が転生者なのかは答えが出ないんだから、考えても無駄だったわ。何回同じこと思うんだか。今はそれよりも、だよね。
「分かった。申してみよ」
快く了承してくれる陛下に、「ありがとうございます」と浅く頭を下げてから気持ちを伝えはじめる。
「側室のお話ですが、平民のわたしにとっては夢のような有り難いお話です。イキシア殿下は素晴らしいお方ですので、共に歩んでいければ幸せになれることでしょう。しかし、わたしは側室になりたくありません。辞退させていただきます」
「では、正妃ならよいのか?」
「正妃だったらという問題ではございません。わたし1人だけだと言ってくださる方と一緒になりたいのです」
「私が無理矢理押し込めたら、どうする?」
「他国に逃げます」
「イキシアを素晴らしいと称していながら、そんなに嫌か?」
「イキシア殿下が嫌という気持ちは全くありません。将来を考えると前向きになれないだけです」
何も取り繕っていない正直な気持ちだ。大好きな声をした優しい人と結婚できるなら幸せに決まっている。陛下が提案するくらいだから、越えないといけない壁は少なくなる。
それに同担拒否派じゃないし、愛し合って結婚するわけではないから、側室という仕事だと思えば受け入れられるだろう。
だから、アマリリスだけを愛するイキシア殿下でも、たぶん何とも思わない。
そう、イキシア殿下はアマリリスだけを愛するだろう。今だってはっきりと、アマリリス以外の女の子とは一線をきちんと引いている。アマリリスだけの特権は多い。
今の延長線上と思えば、仲睦まじい姿を見せられたとしても、何とも思わないだろう。お金持ちになり、両親を楽させてあげられる願ってもない道とも言える。
でも、問題はそういうことじゃない。
「なぜだ?」
「わたしは異例なだけで選ばれる人間です。他に娶られるのなら、皆様貴族出身の方になるでしょう。その環境の中で、もしわたしが第一子に恵まれ、白髪の男子を生んだとします。我が子は王子として後継者として認められるのでしょうか。目障りだと暗殺されないでしょうか。白髪ではない子を生んだとしても、その子は虐められないでしょうか。わたしには白竜がいてくれるので、何かしようとする人はいないでしょう。ですが、きっと最愛になる我が子は危険に晒され続けます。耐えられません」
前世で読んでいた本の物語でしかないが、この世界自体がゲームの中なんだから、何だって起こり得る。アマリリスとしか愛し合わないイキシア殿下だとしても、夫としての役目を押し付けられた、もしもがある可能性はある。
優しいだけの世界ではないことは、これまでの人生が証明している。
わたしの言葉は、気持ちに嘘偽りがないからこそ、全員に届いたのだろう。誰からも言葉を発せられない。無いと言えば不遜になるし、有ると言えば無礼になる。たった16歳の少女が語る妄想では済ませられない。みんな、そんなことを考えているんじゃないだろうか。
『人間は愚か者が多いからな』
『始まりの時は皆平民ほ。人間は人間ほよ』
『全くだ。弱い生き物のくせに偉ぶって何になる。馬鹿らしい』
自由に話すアサギと鳳凰に「そうなんだけど、統率者は必要だからね。いなかったら無法地帯になるでしょ」と言いたいが、伝える術はない。使役契約してくれたくらいだから、人間を嫌いではないだろう。そう思いたい。
「感情で走ってしまう者は多いですからね。あなたは、よく人を観察できているようです」
初めて王妃に声をかけられ、驚きながら「恐縮です」と恭しく頭を下げた。
成り行きを見守るだけで一言も喋らなかったのに、誰も何も言えない時に話すとは、存在の大きさをアピールするのに非の打ち所がないように思える。
「このままいけば、あなたの想像通りの未来が訪れるでしょうね」
話しをしているのはわたしのはずなのに、すぐ横から飛んできた怒鳴り声が会話を中断させる。
「私の娘が他者を愚弄する仰りたいのですか!」
「あら。私は何かと声を荒らげる者がとも、約束がないのに王宮に押しかけてくる娘がとも言っていませんよ。あなたは、ご自身や愛娘がそうだと思われたのですか?」
絶対に怒らせてはいけないのは、陛下よりも王妃だ。柔らかく微笑んでいるが、青色の瞳の奥が笑っていない。扇で隠している口元も怖い。
「戯言を仰られないでください。私の娘ほど、未来の王妃に相応しい者はおりません。娘の功績をお忘れになったわけではないでしょう?」
「覚えていますよ。ただ、昔すぎて埋もれてますがね」
わたしがディセルファセカ公爵に睨まれているわけではないが、あまりの殺気に背中に冷や汗が流れる。おもてなしを受けたはずなのに、これではストレス我慢大会だ。
「もうよい。そんな言い合いが聞きたくて、フリージアを呼んだのではない」
困ったようにこめかみを押さえながら吐き捨てる陛下に、王妃は「失礼いたしました」と微笑している。ディセルファセカ公爵は「陛下!」と食い下がっていたが、陛下が睨むと恨めしそうに口を摘むんでいた。
「イキシアよ。少し空気が悪いようだ。フリージアを連れて、庭園でも散歩してきなさい」
「かしこまりました」
胸に手を当て頭を下げたイキシア殿下が、段差を降りて目の前までやってきた。
手を差し出されたが、その手を取っていいものか悩む。平民が王子にエスコートされてもいいのだろうかと。
「殿下。私の娘を捨てるのですか?」
顔を歪ませ憎しみげに睨んでくるディセルファセカ公爵に、イキシア殿下は綺麗に口角を上げた。まるでゲームの中の王子様のように。
「一体、何の話ですか。私の婚約者はアマリリスだけですよ」
「言葉に嘘はありませんね」
「ええ、ありません」
王妃は見向きもしていないが、ディセルファセカ公爵は王妃にドヤ顔を向けている。
あの2人は相当仲が悪いのだろう。それぞれと個別に話すことがあれば、絶対に名前を言ってはいけない人ということだ。
「イキシアよ。昼食は温室に用意させるから、直接向かうようにな」
「はい」
体を斜めに向けて陛下に返事をしたイキシア殿下は、わたしと視線を合わせると朗らかに微笑んできた。鳳凰は、イキシア殿下の肩に移動している。
「手を取ってもらえると有り難いな。行き場がなくて可哀想でしょ」
可愛らしく「可哀想でしょ」なんて言われて断れるわけがない。「可愛い声、ありがとうございます」と、お礼を言いたいくらいだ。
「……失礼します」
ふんわりと手を重ね、すぐにいつもよりも近い距離で並んで歩き出す。
重ねている手から、体の右側から、イキシア殿下の体温を感じて、顔にも耳にも熱が集まってくる。
ここから出られるのは嬉しいが、まだまだ安心はできない。今から帰宅できるわけではない。散歩などせずに帰りたい。
幸いなのは、この距離で会話をしないことだ。もし一言でも話されてしまったら、絶対に泣いてしまう自信がある。きっと高性能イヤホン並みの破壊力に違いないはず。王城で大泣きしたくないから、絶対に話さないでほしい。
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王城でのお話は、もう少し続きます。




