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2.あっれー?

魔法を使えるようになりたいわたしは、神殿に通うようになり、神官達に座学や魔法を教えてもらう日々を過ごした。国に報告したって言っていたから、教える費用として寄付金があったんだと思う。だから、親切に教えてくれたんじゃないかな。


わたしは虐められることもなくなり、両親も周りから疎まれなくなった。


それだけでも嬉しかったのに、攻略対象である第一王子のイキシア殿下が、一度だけ会いに来てくれた。といっても、視察をしてこいという仕事だったと思う。


だとしても、わたしは天にも昇る勢いで喜んだ。だって、「花束をあなたに」をプレイしたのは、大好きな声優さんがイキシア殿下の声を担当したからだ。あの声が聞けると思うと、高鳴った胸が痛いくらいだった。


実際に会って声を聞いた時は、涙をボロボロと流してしまった。目を点にして驚いている姿も可愛かったけど、わたしを泣き止ませようと焦っている声が素敵すぎて、涙は止まってくれなかった。前世と一緒で、大好きな声は踏ん張っている心に染みてきたから。人生に癒しは必要だと、実感した瞬間だった。


十分ほどだけど話をする時間が設けられて、イキシア殿下の声に集中した。貴重な子供時代の声だ。耳に焼き付けなければならない。


声が聞きたいわたしは、イキシア殿下に話してほしくて聞き役に徹していた。イキシア殿下もわたしに質問をすることなく、「僕の婚約者はすごいんだよ」という婚約者自慢ばかりだった。


話を聞いている間は「惚気ている声、可愛いなぁ」と相槌を打っていたけど、イキシア殿下が帰ってからハタと気付いた。


笑って生きることに必死で、ついつい乙女ゲームの世界だということが、頭から抜け落ちてしまう。「花束をあなたに」の舞台は王立ブルーム魔法学園だから仕方ないのかもしれないが、先程のイキシア殿下の話を疑問に思わないのは能天気すぎるのかもしれない。


イキシア殿下の婚約者って確か……と記憶を辿ってみた。


イキシア殿下の婚約者は、ヒロインのフリージアを虐める公爵令嬢。傲慢で我儘な性格だから、イキシア殿下は嫌っていたはず。


パーティーで婚約破棄とかの展開はなく、公爵令嬢はフリージアを殺そうとした罪で投獄される。そして、婚約破棄になり、イキシア殿下と聖女になったフリージアが結婚をするというエンディングを迎える。その後、公爵令嬢や公爵家がどうなったのかの表記はなかった。


声が聞きたいだけでやっていたゲームだから、ファンブックは買っていない。しかも、イキシア殿下以外のルートは、記憶が曖昧だ。将来、やり込んでおけばよかったと思うのかな。その時はその時か。


話を戻すと、イキシア殿下が婚約者の自慢をするのはおかしいということだ。今の時点で嫌っていなければいけないのに。


イキシア殿下の話では、公爵令嬢は画期的な魔道具を生み出していると話していた。ドライヤーや冷風器に温風器。平民には手が出せない品物だから、誰が開発したとかの噂は耳にしない。「便利な魔道具があるらしいわよ」と聞いて、「お貴族様はいいわねぇ」くらいだ。


それに、良質な薬草が採れるホリホック山で、白狼を保護して使役契約したとまで言っていた。


ホリホック山の白狼って、確か課外授業のイベントだったはずだ。フリージアが怪我した白狼を見つけ、覚えたての治癒魔法で怪我を治して、お礼に使役契約をしてもらえる。その後の課外授業をクリアするための力強い味方を得られる、絶対に外せないイベントだ。


わたしの頭の中は「あっれー?」だった。


入学式の会場になっているホールに並べられている椅子には自由に座っていいと、扉に紙が張られていた。


この後に入ってくる王太子殿下達を待っている人達の間を縫うように歩き、木の椅子にゆっくりと腰を下ろした。わたしの近くには誰も座りたくないだろうと思い、できるだけ他の人と接触しない一番後ろの右端を選んでいる。


周りの騒めきを聞き流しながら、思い返していた記憶を掘り起こしていく。


わたしの両親が営んでいるパン屋で、ふわふわパンを販売し始めた数年後に、「レシピを盗んだだろう」と言いがかりをつけに来た煌びやかなおじさんがいた。どうやら貴族の間では、最近になって流行りだしたらしい。


ふわふわパンは両親が試行錯誤をして誕生させたとなっているが、発案者はわたしだ。


この世界のパンは、表面が固くて中がモソモソしているパンだった。カチカチではないから我慢できるが、食べられるなら柔らかいパンが食べたい。両親にも食べてもらいたい。


そう思い、気持ち悪がられて捨てられるかもと不安になりながら、両親に話した。両親は忌避するどころか、緑色の瞳は特別なんだと褒めてくれた。あの時のことは、思い出しただけで泣いてしまいそうになる。


このふわふわパンの出来事の時、「平民ごときが」云々言われ、結局パン屋を閉めざるを得なくなった。夜中に泣いていた両親に胸が苦しくなって、マフィンとシフォンケーキを提案してみた。今はそこそこの人気店になっている。両親が笑顔で、わたしも幸せだ。


その時に「きっと同じ転生者が貴族にいるんだろう」と思ったことが、イキシア殿下の婚約者話の違和感と結びついた。断罪されたくなくて、物語を変えようと奔走しているんだろうと。


努力をしているという点では、仲間意識みたいなものがあって好感が持てる。


言い方は悪いけど、白狼も早い者勝ちだもんね。だから、わたしのって思わないようにしないとな。小さい時にホリホック山に探しに行ったアマリリスは、勇気あるってことなんだからさ。機会があれば一度、撫でさせてもらえたら嬉しいな。


ふわふわパンのことに関しても、貴族VS平民なので仕方がない。身分に重きが置かれている世界で、平民には何もできない。恨むのは違うと分かっている。


でもやっぱり、相手が誰であろうと、大切な人を悲しませられた憤りは残ってしまっている。


だからといって、抗議するつもりも何かアクションを起こすつもりもないよ。両親は気にしていないだろうし、わたしの気持ちの問題だからね。いつか消える日がくるよ。


それに、さっきの登校風景を見る限り、イキシア殿下以外の攻略対象であるクフェア、ローダンセ、アセビとも仲がいいっぽい。転生したら悪役令嬢だった転生者が幸せになるパターンだろうな。


ほんのちょっこっと、もしかしたらまだヒロインかもと希望を持っていたけど、針の先ほどの勘違いも起こりそうにない。ヒロインの座は完璧に奪われている。こっちから近付いて、わたしが断罪されるのは嫌だ。


イキシア殿下の色んな声を聞けないことだけが残念だな。でも、他に悲しむ要素は一つもない。クフェアやローダンセやアセビ、それに隠しキャラを攻略するつもりもないからね。


わたしは、学園に恋愛をしに来たわけじゃない。学びに来ている。言い訳ではなく、夢のために本当に恋愛をしている時間はない。


わたしの夢は、治癒師になること。ゲームでは聖女になっていたから、恋愛をしていても叶えられると思う。でも、わたしは一刻でも早く、治癒師に必要な魔法を自由自在に操れるようになりたい。


理由は、前世の分も含めて、今世の両親に楽をさせてあげたいから。前世二十代前半で事故で死んでしまったわたしができる、唯一の罪滅ぼしだと思う。


遠く離れてしまった家族に気持ちを届けることはできないが、今一緒に生きている家族と笑い合える日常が1日でも長く続くように頑張ろうと思っている。そのために、足りない物を学園で補うんだ。


この世界、医師がいない代わりに治癒師がいる。薬草から薬を作るのも治癒師の仕事だ。ただ彼らの治療代は平民には高く、よっぽどの怪我や病気じゃないと平民は診てもらわない。


平民でもお金持ちの家は別だろうが、貧乏でも裕福でもない家のわたしの両親が治癒してもらっている姿を見たことはない。そういう家だからこそ、わたしが治癒師になって「腰や膝が痛い」と言っている両親を治してあげたい。


それに、格安の治癒院を開業したい。誰だって、病気や怪我で大切な人が死ぬのは辛いと思うから。


わたしは置いてきちゃった側だから余計にね。その悲しみを、少しでも減らしてあげたいって思うのよ。わたしは、治せる力が開花するヒロインなんだしね。


と、意気込んでいるが、開業については国の認可が必要らしいので、道のりは長いだろうな。


会場の入り口付近が騒めいて、イキシア殿下達が到着したことを教えてくれている。


挨拶を交わそうとしている声や、周りで見られた感想を述べ合っている声が聞こえてくる中で、埋もれてしまいそうなイキシア殿下の声だけは聞き逃さないようにしていた。






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