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19.イキシア視点・小さな棘

泣きじゃくるアマリリスを宥めて、足早に王城に帰った。自室のソファに倒れるように深く座り、背もたれに体を預けながら深い息を吐き出す。


飛行可能の馬車で迎えに来てくれた、専属の侍従であるエビネに、陛下との謁見を申請するように伝えている。


返事を待つ間に侍女を呼んでお茶を淹れてもらおうと、机の上に置いてある呼び鈴に手を伸ばした。だが、不思議なことに、呼び鈴を鳴らす前にドアがノックされた。


「はい」


「殿下、失礼いたします」


入ってきたのは、呼ぼうと思っていた侍女だった。


「丁度よかったよ。お茶を淹れてほしいんだ」


「かしこまりました。応接室でよろしいでしょうか?」


「どうして?」


「ディセルファセカ公爵令嬢と、お約束されていたのではありませんか?」


「アマリリスが来ているの?」


「はい。今しがた到着されまして、殿下に指示を仰ぎに参りました」


「僕、今から父上と話し合いをするんだよ。手紙を書くから、それを渡してもらっていい?」


「かしこまりました」


「それと、待つって言うようなら、明日の朝迎えに行くから今日は帰るように伝えて」


「仰せのままに」


丁重に頭を下げる侍女を横目に、安心させるような言葉を手早く綴った。


それを侍女に渡し、目を閉じているとエビネが戻ってきた。


エビネは柔らかい印象を持つ青年だが、怒らせたら怖い。1つに纏めている薄黄色の髪を逆立て、桃色の瞳に怒りで炎を浮かばせる様は、脳裏に恐怖が焼きつくほどの苛烈さで、必ずその日で夢に出てくる。


「1時間後に時間を取ってくださるそうです」


「分かった」


侍女にきちんと頼み損ねたお茶を淹れてもらい、ようやく一息つけた。


「紫色の瞳になられましたこと、もう既に広まっておりますよ」


「隠すことじゃないからいいよ。エビネ、仕事を頼めるかな」


「何でございましょう」


無動作に置いていた鞄から、モモルー草と涙の宝石を取り出し、机の上に置いた。


「モモルー草は栞にしてほしい。こっちの宝石は部屋に飾る……いや、持ち歩ける方がいいかな……でも、加工したくないしな」


「では、ロケットペンダントのような、宝石を入れられるペンダントをオーダーしましょうか?」


「うん、そうだね。そうしてくれる」


「かしこまりました」


頭を下げたエビネが一度退室し、手にお盆を持って戻ってきた。お盆には布が敷かれていて、その上にモモルー草と涙の宝石を乗せている。


「両方とも、素晴らしい品ですね」


「誕生日プレゼントにもらったんだ」


エビネが僕の顔を見てから、つられるように柔らかく微笑んだ。


「まだ時間はありますから、つまめる物をご用意しましょうか?」


「ううん、いいよ。少し眠りたいから、時間になったら起こしに来て」


「かしこまりました」


喉を潤した後、ソファに寝転んだ。


エビネは、できるだけ音を立てないように退出したのだろう。かすかにドアが閉まる音と、ドアの近くにいただろう侍女達に「殿下に何か用事があれば、私を通すように」と指示している声が聞こえた。


謁見の時間の少し前に、エビネによって起こされ、礼服に袖を通した。親子ではあるが、団欒をするために会うわけではないので、カッチリとした礼服に身を包む。


エビネを伴い謁見室に到着し、部屋の前にいる近衛騎士が開けてくれたドアから中に入る。エビネは、ドア前で待機させる。


堂々と進むと、段差の上で豪奢な椅子に腰掛けている男性の青い瞳と目が合った。男性は疲れている様子を隠さず、椅子の肘掛けを用いて頬杖をついている。


オールバックにしている髪の毛は緑色で、頭上には王冠が輝いている。ジニア・キリ・クレロデンドロン。この国の王で、僕の父親だ。


父である陛下と対面するように、段差の下に置かれている椅子に腰を下ろした。


「紫色の瞳に戻っているな。生まれた数時間後に、突如青色になった時は驚いたものだ。禁忌の黒魔法を疑ったが、神官も治癒師も『魔力が定着しなかった』と言っていた。不思議なことばかりだが、戻ってよかった」


「ありがとうございます」


「でもな、報告は夕食時でもよかっただろう。やっと今日の謁見が終わると喜んだのに、お前ときたら……はぁ、私はもう仕事をしたくない」


「父上。母上を交えずお話ししたいのです」


「除け者にすると、後で怖いぞ」


「しかし、暴走されると困るのです」


「だから、宰相達も下げて、2人っきりがいいと申したのか」


「はい。父上だけに真実をお話ししたいのです」


盛大に息を吐き出した父は、王冠を手に取り、椅子の横の床に置いた。


「父上!?」


「お前も将来分かると思うが、これ重たくて肩が凝るんだ。頭にない方がゆっくり聞けるからな」


王としてではなく、父として息子の話に耳を傾けると言いたいのだろう。王として聞いてしまえば、動かざる得ないこともでてくるからだ。


茶目っ気たっぷりに微笑まれ、父の優しさが嬉しくて笑みを返した。


そして、今日起こったことを詳細に説明した。父は何度も唸るが、最後まで何も言わずに聞くようだ。時々、相槌代わりのため息も聞こえていた。


「とりあえず、怪我はしていないんだな?」


「はい。元気です」


「はぁ……王妃の耳には入れられないわけだ」


「はい。知れば、アマリリスとは婚約を破棄しろと仰るでしょう。そんなことになれば、ディセルファセカ公爵が黙っているわけありません」


「困ったなぁ。あの白狼、怪我をしているところを助けて、使役契約できたんだよな?」


「そう聞いております。知識を受け渡していないので、山にいる白狼が王のままだそうです。人の前に姿は見せないと約束をしてくれています」


「白狼にそんな約束をさせてしまうとは……それに、アマリリスがいまだ幼い白狼を完璧に使役できずにいると……しかも、魔力の捻れとはなんだ……胃がもげそうだぞ」


父とため息が重なり、顔を合わせて苦笑いをし合った。


「して、白狼が教えてくれたことだが、凶暴な魔物やスタンピードが発生するのは、その地域にいる白きモノに異常が起きた時だったか」


「はい。もし、このまま幼い白狼に知識を譲渡できなければ、起こり得る未来だそうです。私は白きモノ達と話せるようになりましたので、タイミングを見計らい、幼い白狼に山に戻るようお願いをしようと思っております」


「アマリリスも話せるんじゃないか。紫色以上の瞳でなくとも、契約した魔物とは意思疎通できるはずだ」


「ですが……」


なぜか小さな棘が引っかかっている。


ずっと一緒に歩んできた婚約者は、天真爛漫な性格をしていて、突拍子もないことをやってのける。彼女が思い付く奇怪な道具や食事は、人々の生活を豊かにする物だった。


とても尊敬をしている。彼女の肩に並ぶために努力をした。


ローダンセ・クフェア・アセビの3人と気を許せる友になれたのは、アマリリスのお陰だ。彼女が間に入ってくれたから、充実する日々を過ごすことができている。


しかし、2年程前から彼女はおしゃれに目覚めた。小さい頃からドレスも宝石も好きだったし、女の子だから当たり前のことだ。それについては、何も思わない。


ただ、僕達と魔法や魔道具の話をしなくなった。話を振ると困ったように微笑む。


アセビはその顔を見たくなくて、話をする機会を減らしたのだろう。僕達の中で、1番の魔法オタクだから。


「お前は、アマリリスでいいのか?」


「小さい頃から共に頑張ってきた相手です。尊敬もしている大切な婚約者ですよ。来週、私も使役契約を結びますので、白狼との手本になれればと思っています。しかし、1つお願いがあります」


「申してみよ」


「王家の影を、アマリリスにつけていただけないでしょうか?」


「理由は?」


「とても情緒不安定なのです。一体、何が彼女をそうさせているのか知りたいのです」


父は、一瞬だけ悩むような素振りを見せたが、軽く了承してくれた。


「まぁ、いいだろう。白狼とどう接しているのかも分かるしな」


「ありがとうございます」


座りながらも頭を下げると、「そこまでするな」と言われた。小さく頷くと慈しむように微笑まれ、どうしても照れてしまう。


「して、フリージアはどうだ?」


「とても面白い女の子だと思います。癒すことに重きを置いており、聖女候補に相応しいと感じます」


「そんなことは聞いておらん。可愛いのか?」


「好みは人それぞれですので、私には何とも」


「そうか。今日の出来事も、お前の影から報告が入っている。イキシアがフリージアに隠すように伝えた通り、誰にも話していないようだ」


「はい。彼女は約束を違えない子でしょう」


「長期休みに入ったら、一度王宮に呼ぼうと思っている。軽く伝えといてくれ」


「かしこまりました」


話に区切りがついたので、立ち上がって玉座まで歩き、床に置かれたままになっている王冠を手に取る。


「重たいですね」


「本当にな。もう少し軽くならんもんかと試行錯誤中だ」


僕の頭を撫でてから王冠を受け取る父と2人、並んで謁見室を後にした。






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