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18.プレゼント

「あれ? 流れなくなった?」


『もう充分です。人の子よ。其方の魔力は、なんて優しいのでしょう。こんなにも満たされた気持ちは初めてです。誠にありがとう』


「本当にもういいんですか? まだまだ大丈夫ですよ」


『ええ、大丈夫です』


「瞳は見えるようになりましたか?」


話しながら、先程は感じなかった白狼の瞳の力強さに視線を奪われる。白狼の瞳は、青紫のような色に変わっている。


『ええ、綺麗に見えています』


「よかったです。授業で時々来るようになりますので、その時にこそっと渡しに来ますね」


『そこまでしていただけるとは……何かお礼をいたしますね』


「うーん、じゃあ、この涙をもらってもいいですか?」


しゃがんで涙の宝石を拾い、微笑みながら白狼に見せた。


『そんな物でよろしいのですか?』


「そんな物って……これ、ものすっごく貴重な物だと思いますよ。神秘的で綺麗だし、白狼の涙が宝石になるなんて初めて知りましたもん」


『私のというより、白きモノの涙は、加護付きの宝石になるのですよ』


瞳を瞬かせた後に目を見開き、顔を大きく伸ばした。2段階で驚いてしまうのも仕方がない。加護付きの宝石など聞いたことがないのだから。


いや、平民の自分が知らないだけで、貴族の間では高値で売買されているのかもしれない。


そう思い、イキシア殿下に説明も兼ねて尋ねてみた。イキシア殿下は、少し飛び跳ねるほどたまげていて、顔を輝かせている。


「触ってもいいかな?」


「もちろんです。というか、差し上げます」


「え? いい! いいよ! 君の功績なのに横取りできないよ!」


「そういうのではなくて、誕生日プレゼントです。過ぎてしまっていますが、殿下、お誕生日おめでとうございます」


ちょっとこじ付けだけど、もらってくれたら嬉しい。貴重な宝石すぎて、持っているのが怖い。イキシア殿下なら持っていてもおかしくないし、宝石を持っていても誰かに狙われないと思う。


誰にも加護付き宝石だって話さないけどね。広まって、白狼が狙われたら嫌だもの。


「あ、でも、頂き物のプレゼントだけって味気ないですよね。わたし、後で栞にしようと思って採った、珍しいモモルー草を持っているんです。よかったら、そちらも貰ってください」


鞄の中から、教科書に挟んでいたモモルー草を取り出した。白狼とモンチキが、わずかに頬を染めている。


実は、この珍しいモモルー草は、魔物達の間で愛を告白する時に渡す草になる。


通常モモルー草は、点がゼロから十数個に及ぶ模様しか見かけない。その中から痒み止めの軟膏用を、間違いなく探すのが一苦労なのだ。


そして、一枚一枚立派な葉で、三枚の葉に渡って星の模様が描かれているモモルー草のみが、魔物達の間では「愛している」と同義の草になる。


らしいのだが、魔物の世情など、わたしとイキシア殿下が知る由もなく、立派なモモルー草以外の何者でもない。


だから、「もしかして、草だけど好物なのかな?」なんてトンチンカンなことを思ったのは不思議じゃない。きっと当たり前の感想のはずだ。


「うーん……分かったよ。有り難くいただくよ。本当にありがとう。嬉しいよ」


「わたしにも、殿下に渡せるものがあってよかったです。殿下。生まれてきてくれて、ありがとうございます」


素敵な声に癒してもらえるのは、殿下がいてくれるおかげです。心より感謝しています。


溢れ出る幸せを隠すことなく「ありがとう」の言葉に詰め込むと、イキシア殿下は目元を赤らめながら微笑んでくれた。大切そうに、宝石とモモルー草を受け取ってくれる。


『なんと素敵なことでしょう。私からも誕生日プレゼントを渡しますね』


「白狼からもプレゼントをくださるそうですよ!」


仰天しているイキシア殿下が落ち着くのを待たず、白狼はイキシア殿下に息を吹きかけた。


イキシア殿下の周りを光る粉が舞ったかと思うと、その光る粉はイキシア殿下の中に入っていく。


自身の体を隈なく確認しているイキシア殿下を見て、すぐに変化に気付いた。「あ!」と大声を出して、イキシア殿下の顔を指してしまう。


「殿下! 瞳の色が紫色に変わっています!」


『変わったのではなく、本来の色に戻したのですよ。捻れていた魔力を真っ直ぐにしたのです』


「声が……聞こえる……これが白狼の声……」


瞳を潤ませて喉を詰まらせるイキシア殿下を、抱きしめたい気持ちでいっぱいになる。


微塵も感じなかったけど、わたしを羨ましいと思っていたはずだ。違和感なく隠せていたのは、きっと王子の成せる技なのだろう。


でも、貴族といえど王子様といえど、目の前にいるのは16歳の少年だ。瞳が紫色になったことよりも、白狼の声が聞けたことに涙する純粋な男の子だ。


「殿下。攫われた今日が、誕生日に近くてよかったですね」


あえて笑えるような馬鹿なことを言うと、イキシア殿下は腕で涙を拭きながら笑った。そして、白狼に「ありがとう」と頭を下げていた。


降っていた雨も上がっている頃だから送ろうと提案してくれた白狼と巨大猿に、イキシア殿下は洞窟の外まででいいと伝えていた。


洞窟の中を歩きながら、白狼が2匹いることを秘密にしたいと教えてくれた。


後、巨大猿が討伐されるのも嫌だそうだ。だから、巨大猿はイキシア殿下が討伐し、その際に力が溢れて瞳の色が変わった、という嘘をつくことになった。


わたしも、白狼を想って行動した巨大猿が討伐されるのは嫌なので、イキシア殿下に合わせると約束している。


「そうだ、白狼。来月に使役契約の儀式があるんですけど、鳳凰って使役できたりしますか?」


白狼には愉快だと言わんばかりに笑われて、イキシア殿下には高速で瞬きをされた。


『この人の子は、面白いことを言いますね』


「鳳凰を使役できたなんて、一度も無いはずだよ」


「そうなんですけど、わたし鳳凰がいいんですよねぇ。鳳凰って、治癒に優れているんですよね? 貸してほしいんですよ、その力」


『白き鳳凰様であれば、この国の民を一度に全員癒せるでしょうね』


「そんなに凄いの?」


『ええ、白竜様の次に力のあるお方ですから』


「あー、憧れる。本当にその力を貸してほしい」


誰に話しかけるでもなく斜め上に向かって吐き出すと、白狼だけじゃなくてイキシア殿下にも笑われる。


『可哀想ですが、其方に鳳凰は無理でしょう。あの種族は、綺麗な男の子を好みますから』


「くぅ。なんていう落とし穴ですか。性別は変えられませんよ」


他にもたくさんお喋りをし、暗い洞窟の道だが、笑いが絶えない和やかな時間を過ごした。


洞窟の外に出ると、太陽の眩しさに目を細めた後、白狼に抱きついて「またね」と言い合う。


イキシア殿下も同じように白狼に抱きついて、何度もお礼を伝えていた。


白狼が見えなくなるまで見送ると、持っていた狼煙を上げた。グループに1つ渡されていた狼煙は、わたしが預かっていたのだ。


無事に空高く昇る狼煙に胸を撫で下ろすと、途端に足が震え、力が入らなくなった。崩れるように座り込んでしまう。


「どうしたの? 大丈夫?」


震えている両手を緩く握りしめた後、イキシア殿下を見上げた。声色で分かっていたが、眉尻を下げて心配そうにわたしの様子を窺っている。


「へへ、どうやら緊張の糸が切れたみたいです。楽しかったけど、怖かったのかもです」


嫌だ嫌だと思いながら、どこかで死を覚悟していた。でも、白狼が現れてから不安はなくなり、自分らしく行動していた。


そう思っていたが、本当は泣いて蹲りたかったのかもしれない。気付かないフリをしていただけで、しっかりと怖かったのかもしれない。


「そっか」


慰めるように呟かれた一言は、心に染み込んできた。


一筋涙が流れると、止めたくても止められない。イキシア殿下に迷惑をかけたくなくて、最後の抵抗じゃないけど、なんとか声を殺して静かに泣いた。


イキシア殿下は何も言わず、汚れるのも構わずに隣に座ってきた。肩や腕が触れ合うほど近くはないけど、「側にいるよ」と伝えてくれているようで、少しずつ心が落ち着いていった。


たぶん1時間は経っていないと思う。学園の先生と近衛騎士達が迎えに来てくれ、わたしとイキシア殿下は無事に救助された。


学園と繋がっているワープゲートの前では、ガーベラ・ツワブキ・アセビ・ローダンセ・クフェア・アマリリス・カルミアが帰還を待ってくれていた。


ガーベラ・ツワブキ・アセビが駆け寄ってきて、そのままの勢いで3人から抱きつかれた。本来なら婚約者以外の男女の接触には眉を顰められるが、今回ばかりは誰も何も言わない。温かい目で見守ってくれていた。


イキシア殿下の方は、アマリリスが大泣きしながら抱きついていた。カルミアは静かに涙していて、ローダンセとクフェアは潤ませた瞳でイキシア殿下を見つめていた。


その日の授業はなくなり、学園の先生達が改めてホリホック山を見回ることになったのだった。






読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

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