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14.おまじないの刺繍

さて、わたしは悩んでいることがある。それは、ローダンセから借りたハンカチを、どうやって返すかである。


ハンカチは、絶対にわたしが弁償できないだろう値段だと考えて、丁寧に手洗いした。干す時も慎重に干した。アイロンもかけた。ここまでは完璧な仕事をしている。


問題は、ハンカチを入れる袋もなければ、ハンカチに添えるちょっとしたお礼が思い付かないことだ。前世なら50円くらいの駄菓子だったり、袋菓子から数個添えてとかで終えられる案件なのだが、なにせ寮住まいで平民のわたしに、高位貴族である侯爵家の坊ちゃんにプレゼントできるものがないということだ。



【相談相手①】


「男の子へのちょっとしたプレゼントぉ? なになに? 誰にあげるん? いつの間にそんな相手を見つけたん? もっと早よ教えてくれたらよかったのに。フリージアは可愛いから、何あげても喜んでくれるやろ。で、誰なん? 教えてや」


相談にならなかったので、会話終了。



【相談相手②】


「ちょっとしたプレゼントの、ちょっとしたとは何だ? ああ、なるほど。ハンカチを借りた礼か。なら、ハンカチだけ返せばいいだろ。何も追加で渡す必要はない。お礼をしてほしくて貸したんじゃないと思うからな。必要ない」


必要ないと断言されたので、相談終了。



【相談相手③】


「え? 誰? 誰にプレゼントなんて……ローダンセ? ハンカチを借りたの? そうなんだ。ローダンセ相手ならハンカチも返さなくていいよ。『貸した』というより『あげた』と思っているはずだよ。渡したハンカチを返してほしいと考えたことすらないよ」


なるほど。伯爵家の坊ちゃんからの貴重な意見だ。でも、コムラサキ侯爵家の家紋が入っているハンカチを持っておきたくないし、お返しをしないというのはわたしが気持ち悪い。お礼はすべきだ。



【相談相手④】


「あら、ロマンチックな話ねぇ。いいわねぇ、そんなお話大好きよ。そうねぇ、手紙には花を添えたりするから花でもいいと思うけれど、学園に花を持っていくと目立ってしまうわよね。ハンカチなら、もう一層のことハンカチに刺繍をしたらどうかしら。私のね、祖母の時代には流行っていたそうよ。確か本が……あったわ。これこれ。母に持たされたのだけれど、私は苦手でね。あなたにあげるわ。ふふ、私にはお返しとかいらないわよ。でも、そうね、どうしてもと言うのなら、お休みの日に掃除を手伝ってほしいわ」


相談事は、母世代の寮母さんにするべし。ありがとうございます。次の休みの日に、めちゃくちゃ頑張ります。


少しだけ、借りたハンカチに刺繍って……とは思ったけど、アセビには「返さなくていい」と言われたくらいだし、他に良案もないので、思い切って刺繍をしたハンカチを返すことにした。


だってね、寮母さんから貰った刺繍本がおまじないの本で面白かったから、刺してみたいって思っちゃったんだよね。魔力を流しながら刺すって、難易度高くて楽しそうだしね。って、間違えた。効果があるなら、グレードアップしたハンカチを返せると思ったんだよね。


恋愛運とか出世運とかはローダンセには必要ないと思うから、無難に健康運でいいかな。幸運ってのもありだけど、健康運の方が簡単な図柄だからさ。高い布に刺して、失敗したら怖いからね。まずは簡単な柄からだよね。


夜にチマチマと刺しはじめた刺繍が思いの外楽しくて、ローダンセへのお返しが終わったら、他にも刺してみようかなと心を踊らせていた。



わたしとガーベラとツワブキの3人組にアセビが加わり、何をするのも4人一組になった。クラスメート達の認識も数日経てば、わたし達のグループは4人というものに変わっている。


アセビのおかげで、他のクラスメートと挨拶や軽い会話をするようにもなった。それを良しとしない者がいるにはいるが、面と向かって文句を言ってくることはない。


なぜなら、わたしが1人になる時間はないからだ。常にアセビが側にいるのだ。本当1人の時間って、下校する時くらい。登校はガーベラと一緒だしね。


お昼休みは魔法、放課後は魔法や薬草学についての話で盛り上がり、楽しい毎日が1日また1日と終わっていく。


そして、授業が午前中で終わる日があった。アセビが「殿下の誕生日パーティーだから、絶対に出席しないといけないんだよ。図書館に付き合えなくてごめんね」と言っていたので、今日がアマリリスが警告してきた日ということだ。


もちろん誘われていない。当たり前だ。


ガーベラとツワブキと一緒に、寂しそうにしているアセビを見送り、わたしは寮の部屋で1人、授業の予習復習と刺繍をして過ごしたのだった。



昨日刺す時間を大幅に取れたからか、ようやくローダンセに返すハンカチの刺繍が完成した。今日の放課後に渡そうと思って持ってきていたので、図書館で合流した時に早々に差し出した。


「コムラサキ侯爵令息様、その節は本当にありがとうございました。こちら洗濯をし、アレンジをさせていただいたハンカチになります」


ローダンセはハンカチを貸していたことすら忘れていたようで、「あ」と微かに溢していた。「別によかったですのに。わざわざありがとうございます」と微笑んで受け取ってくれている。


神対応だ。こちらこそありがとうございます。


ただ1人、難しい顔をしてハンカチを睨んでいる人物がいる。そう、隣に座っているアセビ・サンスベリア伯爵令息である。


「ローダンセ、それちょっと貸してくれない?」


「いいですよ」


ローダンセからハンカチを受け取ったアセビは、訝しがりながらハンカチを開き、「なにこれ!?」と大声を上げた。


ちょ、ちょっと! 図書館! わたし達の周りは遠慮されてか誰も居ないけど、それでも大声は響くから! って、ほら司書官の人に怒られた。


3人で「静かにします。すみませんでした」と頭を下げ、司書官の姿が見えなくなるまで口を噤んだ。


「アセビ様、わたしの刺繍が下手すぎたとかなら怒るからね」


「とんでもない。見当違いすぎるよ」


「では、一体どうしたと言うんです?」


「え? 2人はこれを見て、何も感じないの?」


何を感じればいいんだろう? と謎すぎて、ローダンセを窺うと、ローダンセも首を傾げながらわたしを見ていた。同じ気持ちらしい。よかった。


「フリージア、このハンカチから魔力を感じるんだけど、どうやって刺したの?」


「刺繍本に『魔力を流しながら』って書いていたから、魔力を流しながらだよ」


「糸と針は特殊なもの?」


「普通だと思うよ。寮母さんが本と一緒にくれたの」


「この刺繍に魔法の効果はある?」


「ないよ。おまじないって書いていたから、気休め程度のお祈りくらいだと思うよ」


「ちなみに、何を祈ったの?」


「健康運。金運とか恋愛運はコムラサキ侯爵令息様には必要ないと思って、無難に健康運にしてみたの」


「なるほどね」


真剣な顔でハンカチを見続けるアセビは、「でも……いや、これは……」と呟いている。


「アセビは、どうしたんでしょうね」


「針や糸に魔力を流せたのが、珍しいんでしょうか? 流せないものなんですか?」


「どうでしょうか。流せるとも流せないとも聞いたことがありません」


ローダンセと小声で話しながらアセビを眺めていると、考えが纏まったらしいアセビは小さく頷いた。


「ローダンセ、ハンカチありがとう。それで提案なんだけど、このハンカチをフヨウに持たせてほしいんだ」


「姉様にですか。構いませんが、もしかして効果がありそうなんですか?」


「私は『ある』と思っているよ」


ないよ、ない。魔力を感じるから、そう勘違いしてしまったんだろうけど、もしそんなおまじないが存在するのなら、ゲームでお助けアイテムとして出てきててもおかしくないもん。だから、ないよ。


「分かりました。渡します」


確信めいた顔で頷き合っている2人に、言い知れぬ不安が迫り上がってくる。


「あ、あの、ただのおまじないなだけですから、本当に健康運は上がらないと思ってもらった方が……」


「大丈夫ですよ。私は、アセビを信じていますから」


「私の考えは、きっと当たっているよ。フリージア、君は素晴らしい発見をしたんだよ」


「寮母さんのお祖母さんの時代では、当たり前だったんだよ。わたしはその本を貰っただけなんだから、発見じゃないよ」


「そうだったね。その本と針と糸、私に貸してくれる?」


「いいよ。明日持ってくるね」


「今日の帰りに寮の前まで取りに行くよ。早く見てみたいからね」


ローダンセのお返しにと刺した刺繍が、アセビをこんなにもご機嫌にさせるとは露とも思わず、「まさかだよね?」と心臓をバクバクさせていた。






来週は2話更新します。


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