13.アマリリスの忠告
図書館は、夕暮れ時に閉館になる。1人で勉強していた時は窓の外を見て気分転換をしていたが、アセビとローダンセがいてくれるので、息抜きがてら時々質問し合ったり、「疲れたね」など言い合いって休憩中も充実した時間を過ごせた。
勉強って1人でもできることだから気にしていなかったけど、やっぱり友達がいるっていいものだなと思う。
2人は馬車通学になるので、「また明日」と図書館前で別れた。
学生寮は、学園の大きな敷地内の一角にあり、学校と寮は低い塀によって隔たれている。出入り口は男子寮・女子寮のそれぞれの門のみになり、門限が過ぎると門は閉ざされてしまう。夜遅く帰るには、予め申請をしておく必要がある。
わたしが寮に帰るのは、寮生の中でも遅い方だ。大体の寮生が、夕食前のひと時を部屋や談話室で過ごしている時間になる。
今日も帰り道で他生徒と出会わないと思っていたのに、女子寮に続く門の前に人影が見えた。こんな時間に何をしているんだろうと、奇妙に思いながら近付き、顔が認識できた時点で歩を止めそうになってしまった。
アマリリスが、睨むように誰かを待ち構えているのだ。
顔が怖いよー。綺麗な顔が怒ったら、迫力ありすぎるよー。わたしに狙いを定めているような気がしなくもないけど、わたし何もしてない……ううん、さっきアセビとローダンセと勉強しました。イベントと言えばイベントになるね。でもさ、下心は本当にないの。それに、イキシア殿下はいなかったよ。だからね、睨むのだけは止めよう。
さっきまで軽かった心が鉛のように重くなり、アマリリスが見えない位置まで踵を返したくなる。
もしわたしに用事じゃなかったとしても、挨拶せずに通り過ぎることはできない。本当に鋭い瞳が怖い。逃げ出したい気持ちを堪え、口角を上げて微笑んでみせた。
「ディセルファセカ公爵令嬢様、誰かお待ちですか? よろしければ呼んできますよ」
「あなたを待っていました」
そうだと知りたくなかったが、はっきりと言われてしまったので、死刑宣告を受ける囚人のような気持ちで会話を受け入れることにした。本当に何をしてしまったんでしょうか?
「遅い時間までお待たせして、申し訳ございませんでした。何の御用でしょうか?」
「聞きたいことがあるだけです」
「何でしょう?」
アマリリスの両手は、握り締めすぎていて震えている。彼女もヒロインと対面するのは怖いのだろう。
そう思いたい。怒りからではないと信じたい。
「昨日、イキシア様とお話しされたそうですね?」
「はい。正確には殿下とコムラサキ侯爵令息様とですが、会話をいたしました」
「何を話されたのでしょう?」
「薬草と魔法についてです。ほんの僅かな時間です」
「本当にそれだけですか?」
「はい」
「違いましたら貴族侮辱罪で、家族全員牢屋の中ですよ。それでも、本当にそれだけって誓えますか?」
家族を引き合いに出されて血が上りかけたが、平民が貴族の前を横切るだけで鞭打ちをするような奴もいる。近くに家族がいたら、もれなく全員見せしめのように叩かれる。
だから、公爵令嬢たる歴とした貴族のアマリリスが選ぶ言葉としては、正解なんだろう。でも、同じ転生者としては、いきなり家族を人質に取られたことが悲しく感じる。
ふわふわパンの憤りは残っているんだぞ。あの時に両親を悲しませたので十分じゃないか。そう文句を言いたくなるが、余計に拗れる原因になってしまいそうなので口には出さない。
「はい、誓えます」
ニッコリと笑みを浮かべるが、アマリリスは微笑み返してくれない。
「でしたら、この件はもういいです。でも、イキシア様は私の婚約者ですの。それを覚えておいてください」
「はい。きちんと存じております」
「それと、来週イキシア様の誕生日パーティーがありますが、誘われても参加しないでください」
誘われないよ。アセビとローダンセは勉強仲間になっちゃったけど、イキシア殿下と仲良くなっていないから。知り合いのクラスメートの枠を超えていないから安心して。
ってか、わざわざ言ってくるってことは、イベントがあったかな?
ああ。そういえば、イキシア殿下の誕生日イベントは、3年生が始まってすぐにあったはず。ハッピーエンドを迎えられるかどうかの1つの指標で、起こらなければほぼノーマルエンドが確定する。
お弁当イベントを潰すのも早かったなと思ったけど、まさか2年も先のイベントを潰しにかかってくるとは……。わたしが知らないだけで、エンディングやエンド後に、死刑とかお家取り潰しとかがあったんだろうか。
「参加する前に誘われないと思いますが、わたしが失礼のないマナーができるとは思いませんので、参加することはありません」
ゲームではパーティーの参加は夢のある話で終わるけど、功績も何もない平民で学生の女の子が参加するなんて、現実ではあり得ない話だ。
イコール、もし本当にフリージアとイキシア殿下が恋に落ちたとしても、ゲームのように恋人や伴侶には絶対になれないだろう。
わたしがゲーム通りに動こうとは思わないで、アマリリスを必要以上に恨むことなく、悲観的にならずに「ヒロインを奪われていたかぁ」で終われるのは、根本的にそのことを理解しているからだと思う。
好きだけでは越えられない壁は、たくさんある。ここはゲームじゃない。現実世界だ。
「もう1つ。私の大切なお友達を、振り回さないであげてほしいのです。みんな、将来有望な人達なんです。あなたのせいでダメになってほしくありません」
わたしがアセビを攻略しようとしていると思っているんだろうか。今日のことが知られたら、ローダンセもとなるのかもな。
イキシア殿下だけではなく、貴族である攻略対象者全員に、好きだけでは超えられない壁が存在するというのに。
それがある以上、友達以上の存在になるつもりはないし、アマリリスがイキシア殿下を選ぶのなら放っておいてほしいものである。イキシア殿下ルート以外なら、わたしを虐めなければ断罪されないのだから。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、クラスメートを無視するという不遜な態度は取りたくありません。それこそ、不敬や侮辱になってしまいます。たったの3年間、学園の中でのみ、共に勉強する者として話しだけできればと思っています」
自分の立場は弁えていると伝わるように、遠回しに話してみた。
だってね、学園を卒業したら、会うことすらないと思うのよ。街の治癒師と貴族が交流する場所なんて、ないだろうからね。ガーベラやツワブキとも、半年に1回とかなら会えるのかなぁって感じじゃないかな。だから、本当にみんなと騒げるのは、学園に通っている間だけなんだよね。
気まずそうに視線を落としているアマリリスは、何に心を痛めたのだろう。
「私は、あなたが平民だからって蔑んでいるわけじゃありません。ただ、貴族同士でも階級が違いすぎると結婚できませんのに、ましてや平民とだなんて許されるはずないんです。それを可能にしようとして、大切な人達が苦労する姿を見たくありません」
虐めているわけじゃないって言いたいのかな。虐められていると感じたことはないし、アマリリスも必死なんだなくらいだけどな。
「心に刻んでおきます」
小さく頭を下げると、アマリリスが眉根を寄せて唇を噛んだような気がした。
「失礼しますわ」
一瞬強く目を閉じたアマリリスが、駆け足で横を通り過ぎていく。かすかに「ごめんなさい」と聞こえ、アマリリスの姿を追って振り返ったが、アマリリスが足を止めることはなかった。
ふと、彼女はどういう子なんだろうと思った。イキシア殿下のことが大好きで、物語の流れに常に怯えていて、猪突猛進してしまう女の子。それ以外は分からないけど、悪い子じゃない気がする。
「わたしも転生者で、攻略するつもりはない」と打ち明ければ、仲良くなれるのだろうか?
ううん、きっと未来を知る人物がいるだけで過敏になるだろう。「攻略するつもりはない」を信じてもらえるかどうかも分からない。でも、もしかしたら不安な気持ちを共有でき、仲良くなれるかもしれない。
打ち明けるにしても、もう少しアマリリスの性格が分かってからかな。それまでは、これ以上のいがみ合いはなかったらいいのにな。本当にそう思う。
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