12.放課後の勉強会
放課後になり、ガーベラとツワブキと別れて図書館に向かった。アセビは一緒に来るようで、遠足に行く子供のように足取り軽く歩いている。
「毎日、勉強しているんだよね?」
「うん。学生の間が一番自由だと思うからね。やりたいことやらなきゃ」
「私も図書館に通うよ。邪魔はしないから安心してよ」
「そんな心配しないよ」
全く気にしていないことを穏やかに微笑みながら言われると、可笑しく感じる。箸が転がっただけで笑うのと、同じ現象だと思う。箸が転がっただけで笑ったことないけどね。
「アセビ様は、何の勉強をするの?」
「本でも読んでおくよ」
「じゃあさ、読み終わったら、どんな本だったか簡単でいいから教えて」
「いいけど、どうして?」
「わたし、読むの遅い方なの。だから効率良く読むなら、アセビ様が面白いって思った本から読みたいと思って」
「例えば、どんな種類の本なら嬉しい?」
「もちろん魔法の本。魔法の始まりの本とかなら、すっごく嬉しい」
「始まり?」
首を傾げるアセビに、人差し指を立てて答えた。
「大昔の人は、お腹が空いたから木の実を取って狩りをし、雨風や日差しを凌ぐために家を建てたんだよね。ってことは、魔法の始まり方ってどうだったんだろうって考えたことない? 長い呪文があるくらいだから、自然と使えたわけじゃないでしょ。始まりを知れば、呪文を短縮する方法を見つけられないかな。そもそもあの長い呪文って、何を表しているんだろうね」
並んで歩いていたのに、前触れもなくアセビが立ち止まった。
「アセビ様?」
振り返って見たアセビは俯いていて、小刻みに震えている。
「フリージア! 君は、私を喜ばせる天才だよ!」
勢いよく顔を上げたアセビは、瞳を輝かせて前のめりで距離を詰めてきた。興奮しているのか、鼻息が少し荒い。
「そ、そうなんだ。ありがとう」
「魔法には諸説あってね。建国にも関わってくる話なんだけど、どれが真実かは定かではないんだよ。そうだよね。言われてみれば、呪文がどう作られているのかが鍵だよね。魔導機関は新しい魔法の研究をしていてね、私も作り方は知っているよ。昔からある呪文を、組み替えたり応用したりして作っているんだよ。単純に文字を省けばいけそうな気がしてたけど、でもまずは紐解かないといけないよね……うん、いけるよ。絶対に短縮呪文作れるよ」
早口で話し終えたアセビに、「さあ、早く図書館に行こうよ」と急かされた。アセビの浮かれている様子が手に取るように分かるので、少しでも早く図書館に着くように歩く速度を上げたのだった。
図書館に到着し、定位置に鞄を置こうとして目を疑った。ローダンセが座っているのだ。
「ローダンセも勉強?」
アセビが軽くローダンセに問いかけると、視線を上げたローダンセは緩く頷いた。
「私はフリージア嬢と勉強をしようと思い、フリージア嬢がいつも座っている場所で待っていたんです。アセビは、フリージア嬢についてきたクチですね」
わたしとローダンセが勉強って聞こえた気がしたけど、聞き間違いかな? そんな約束していないし、ローダンセと勉強をする理由が思い当たらないんだけどな。
ゲームでは確かにローダンセとは図書館で何度か勉強するんだけど、それはフリージアが授業が難しくてって流れだったはず。
わたし、入学前テストで学年4位だったし、授業にも問題なくついていけてるんだよね。だから、ローダンセに教えてもらうことはない。何より、分からなくなったら天才アセビに教えを請うよ。
ローダンセを避けるのもおかしな話になってしまうので、ローダンセの前の席に着いた。アセビは、わたしの隣に腰を下ろしている。
「フリージアと勉強? どうして?」
アセビが尋ねるってのも変だけど、まぁいいや。どうしてなのか教えてください。
「誰も私の勉強に付き合ってくれないからです」
ローダンセに肩をすくめられたが、わたしは「分からなーい」って両手を上げながら身を縮こまらせたい気分だよ。アセビの頭の上にもハテナが浮かんでいるしね。もう少し細かく教えてください。
「アセビは魔法以外に興味がないですし、殿下は忙しいですし、クフェアは剣に夢中でしょう。殿下やクフェアが居ませんのに、アマリリス嬢やカルミア嬢とはできないですしね」
「その理屈だと、フリージアには婚約者がいないからってこと?」
「それもありますが、1番の理由は、フリージア嬢が相手だと有意義な時間を過ごせそうと思ったからですね。疑問に感じたことを話し合えば、面白い着眼点が見えてきそうな気がするんです」
ものすっっっごくわたしの評価が高い。怖い。
わたし、へーへーぼんぼんな女子ですよ。勉強は人生2回目だから要領よくというか、前世でも算数とかは習ったから知っていたというもので、決して勉強が好きなわけじゃないんですよ。魔法はね、使ってみたい好奇心があるから積極的なだけでね。薬学の勉強はね、将来必要だからやっているだけでね。
だから、たぶんローダンセとの勉強熱とは、差があると思うんだよね。後、もう大丈夫と思っていても、これ以上攻略対象者と仲良くなりたくない。
「なるほどね。ローダンセも治癒師を目指しているから、フリージアが薬草を纏めている姿に刺激を受けたんだね」
ん? 殿下ってば、その話からアセビにしたの? わたしが泣いたことはオフレコだよね? バレてもいいんだけど、ちょっと恥ずかしいかな。
って、ローダンセも治癒師!? え? え? ゲームでそんな情報……
あ! あれだ! 確かローダンセの姉が難病を患ってしまって、フリージアと薬を作るイベント! 薬草を一緒に栽培するやつ! ローダンセルートの3年生の時に起こるイベントで、どんなに好感度が高かろうが、この薬草の成功なくしてハッピーエンドは迎えられなかったはず。
「はい。私も、もっと勤勉になるべきだと思ったんです」
「それで、同じ目標を掲げているフリージアとなら、切磋琢磨できると思ったんだね」
微笑みながら頷くローダンセは、本当に攻略対象キャラだ。窓から差し込む光を浴びながら微笑するなんて、今スチル獲得でもおかしくなかった。マジで、みんな顔がいい。
もちろん声もいいんだけどね。わたしの好みがイキシア殿下ってはっきりしてるから、物足りないんだよね。ごめん。
「わたし、地味に薬草を纏めているだけなんですけど、それでもよろしいのですか?」
ここ重要。本当にコツコツと纏めているだけなので、疑問が生まれるわけでも、納得があるわけでもない。だから、教え合ってみたいな勉強法は難しい。そもそもわたしに、ローダンセに教えられるほどの知識は無いと思う。
「はい。時々、息抜きに、こうやって会話をするだけでいいんです。頑張っている人が目の前にいると、負けられないって刺激をもらえますから」
「仕方ないね。私達の勉強組に入れてあげるよ」
アセビが答えるの? というか、図書館に来るのは今日だけじゃなかったのね。ローダンセと2人で勉強するよりかは、アセビもいた方がいいんだけどね。攻略対象2人と勉強会……わたしにも2人にも下心はないから、友情ルートってことでいいのかな。たださ、虐められない? 大丈夫かな?
「ありがとうございます。アセビがいれば疑問をどんどん聞けますね」
「私は薬学に詳しくないよ。だから無理。ただ面白そうな内容だったら調べてあげる」
まぁ、いっか。起きるかどうか分からない虐めを気にしてばっかって、よくないよね。もう2人は乗り気だし、変に理由付けて断って傷付ける必要ないもんね。それに、わたしも同じ目標の人と勉強できるのは嬉しいし。
仲良くなれたら、先行してローダンセの姉が罹る病気に必要な薬草の話を切り出してみよう。3年生まで待つ必要ないんだもんね。
楽しそうに小声で話し合っている2人を眺めながら、今年か来年には取り掛かれるかもなと、薬草の栽培に思いを馳せていた。