10.隠れ攻略対象キャラ
午後の授業が始まり、教室内が騒ついているが気にしないことにした。こっちをチラチラ見ながら何か囁かれているけど、こういうのは気にした方が負けだ。それに、何に対して言われているのか聞こえなくても分かる。
昼食後、アセビも一緒に教室に戻ってきた。一緒に居たのだから、別々に戻るなんて空気を壊すようなことはしない。虐めに遭いたくないわたしが、虐めみたいなことをするのは言語道断だ。
教室に入り、アセビに手を小さく振ったのに、笑顔のアセビは何故かそのまま、わたしの横の空いている席に座ったのだ。
教室の机は、4人横並びで着席できる長机になる。ツワブキ・ガーベラ・わたしの順番で座り、わたしの左隣はいつも空いている。皆それぞれ、もう席は固定されていた。空いている席は誰も座らない、という認識になっている。
なのに、アセビはそれを覆した。平民の隣に、楽しそうに天才が腰を掛けている。クラスメート達が気にして見てくるのも納得だ。
だが、Sクラスの担任で、魔法学を教えてくれているシオン・オドントグロッサムだけは、興味すらないように感じる。
彼が隠れルートの攻略キャラのはずだが、左手薬指に指輪がはめられている。指輪に気付いた時に記憶違いかと思ったけど、絶対に先生が攻略対象で間違いない。
紫色の瞳の教師は、イキシア殿下達4人のルートにも出てきた。王立ブルーム魔法学園の教師で、紫色の瞳は持つのはシオン・オドントグロッサムだけ。薄紫色のツイストパーマの髪型で、紫色の瞳からは大人の色気がダダ漏れしている。
名前をド忘れしていたが、見た目は覚えていた。だから、隠れキャラで合っているはずなのに、指輪をしているとは……。忘れられない人がいるとか、モテすぎて困るから女避けとか、本当に結婚しているとか。
色々考えてみたけど、隠れルートをやっていないのだから、考えるだけ無駄だったと早々に諦めた。先生と生徒なだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。指輪をしている理由が何であろうと、わたしには関係ない。
「今日の授業はここまでだ。次回から通常通りの授業をしながら、魔法研究をしてもらう。魔法研究は、1年の後半の授業で発表してもらうからな。共同作業をするのなら6人まで。1人がいいなら1人でしていい。ただ、絶対に魔法についてだ。そこだけは間違うなよ」
教室を出ていくシオン先生を見ながら、ハッと思い出した。育成パートだ。
育成パートはリズムゲームで、アマリリスに邪魔をされながら魔法のレベルを上げるというもの。アマリリスの邪魔は、流れてくる玉が時々見えなくなるという可愛い意地悪だ。基準数値を超えなければ失敗で、アマリリスが「オホホ」と笑う。
「花束をあなたに」は、好感度と魔法のレベルによってエンディングが変わってくる。育成パートで魔法を習得しないと発生しない好感度イベントがあるから、疎かにできないパートになる。
現実のアマリリスは「オホホ」って笑わないし、巻き髪でもないけどね。これ、確実に違う人だよね。
ゲームでは、攻略対象4人とフリージアの5人でグループを組んでいた。でも現実では、わたしはガーベラとツワブキとでグループを組むし、イキシア殿下達のグループはわたしの代わりにアマリリスとカルミアが加わった6人グループになるだろう。
これもゲーム通りじゃない。本当に、もう気にする必要はないかもな。青春しよう。
「何の研究にしようか?」
胸を弾ませているアセビに問われ、勢いよくアセビを見てしまった。燦然とした笑顔に、視界が眩むほど目を刺激される。前世なら「目が、目がー」と超有名な台詞を言って、笑いを誘っている場面だ。
「アセビ様、うちらのグループでいいん?」
ビックリしたから見ちゃっただけで、アセビとも研究できれば間違いなく楽しい。疑問もすぐに解決しそうだし、満足する発表もできるはず。でも、イキシア殿下達の方がアセビと仲良いと思うから、天才を取っていいのかと悩む。だから、ガーベラも確認したんだと思う。
「当たり前だよ。私は、絶対にフリージア達と研究をするよ」
絶対になのか。まぁ、誰と組むかは本人が決めることだし、言い切られて悪い気はしない。むしろ嬉しい。必ず良いものにしよう。
「4人でグループを組むなら、昼食時に話していた話題はどうかな? 研究材料としてなら本当の理由を言わなくていいから、シオン先生に意見を聞きやすいと思うんだよね」
妙案だと思って提案したのに、ガーベラとアセビが声を上げて笑い出した。無言で頷いてくれるツワブキに、「だよね」と抱きつきたくなる。
ノリで「そんなに笑うんだったら、さぞかしもっといい題材あるんだよね」と尊大な態度を取ろうとした時、こっちに向かってくるイキシア殿下とアマリリスの姿がアセビ越しに見えて、視線を投げてしまった。
アセビが振り返ったと同時に、イキシア殿下とアマリリスが到着した。
「アセビ。その様子だと、そっちのグループに入るんだね」
「え? そうなんですか?」
「うん、ごめんね」
アセビの顔は見えないが、声からは申し訳なささなんて微塵も感じられない。イキシア殿下は「そうだと思ったよ」と微笑んでいる。
この会話だけで仲の良さが分かるほど、2人の間には和やかな空気が流れている。
アマリリスは、わたしと同じグループ編成を考えていたのだろう。目を見開いて両手で口元を隠した後、寂しそうに俯いたから。
「アセビ様も一緒に研究できたら楽しいですのに。残念です」
素直で表情豊かな綺麗な女の子だと思う。ゲームの世界だと知らなければ、「悪役令嬢のポジションにいるのはアマリリスかぁ。傲慢じゃないから、この世界はゲームでも小説でもないな。よかった」と安心していたはずだ。それほどに、アマリリスに悪役令嬢は似合わない。
「どっちが楽しい研究を発表できるか、勝負しようよ。私がいなくても、アマリリス嬢がいれば奇想天外なテーマを研究できるだろうからね」
「奇想天外とは失礼ですわ。私は思い付いたことを話しているだけですのに」
どうでもいいけど、他所でやってほしいと思うのは、わたしだけだろうか。間近でイキシア殿下の声を聞いて、泣かないように我慢するのは大変なんだよ。この幸せな苦労、分かってくれるよね?
「アセビ達は、何を研究するかの候補はあるの?」
ほら、物凄く素晴らしい声だ。録音ができるなら録音したい。
「ほぼ決まってるよ。フリージアがそれがいいって。ね? フリージア」
拝聴と心のアルバムへの保存に集中していただけに、話を振られて体をビクつかせてしまった。笑顔になりたいのに、泣かないように力を入れていたせいで、顔の筋肉が固まってしまっている気がする。