1.そうだと思ってた
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こんなにも胸が締め付けられ、涙する日がくるなんて思わなかった。
誰のことも好きにならないと決めていたのに、どうしてわたしはあの人を好きになってしまったのだろう。
恋焦がれる準備を、あの時からしていけなればならなったのに、あの日の自分に「覚悟しろ」と伝えても、「嘘つかないでよ」と一蹴されて終わる気がする。
ヒロインでなくなってしまったわたしの最初で最後の恋しい人。
あの人への想いが嬉しくて幸せで痛くて苦しくて、わたしは涙を溢さずにはいられない。
***
庶民のわたしからすれば、お城と変わりない豪奢な建物である王立ブルーム魔法学園を見上げた。
空に突き刺さるように伸びている小塔には、遠くまで音を響かせそうな鐘や、どこからでも時間を確認できそうな時計が付いていて存在感を放っている。屋根の形は基本三角形で、重厚感たっぷりな厳かな建物だ。
王立ブルーム魔法学園に通うのは、16歳から18歳の3年間になる。今は圧倒されていても、卒業する頃には見慣れているだろう。
本日入学式が行われるとあって、わたしと同じ新入生だろう人達が、敷地内の道を堂々と歩いている。横行闊歩している人達の顔にも、肩肘が張っていそうな人達の面持ちにも、輝かしい学園生活を夢見ている様が浮かんでいる。
彼ら彼女らが歩いている通路の両脇には桜が咲き誇り、新入生を歓迎しているように思えた。
わたしは学生寮でお世話になるので、王立ブルーム魔法学園の大きな門をくぐったのは数日前のこと。関係者以外立ち入り禁止と明示しているような強固な門を通り抜けた時は、喜びと期待、そして少しの不安から大きく深呼吸していた。
今日は、その感慨深かった門を、校舎の陰から眺めている。入学式が始まる前に、どうしても確認しておきたいことがあるからだ。
周りから奇怪な視線を向けられても関係ないよ。この学園で友達ができるなんて思っていないからね。虐められなければ何でもいい。
ん? だったら、頭がおかしな人のフリをしていいかも。「近付かないでおこう」ってなった方が、平和な学園生活を送れるかもだな。ちょっと考えてみよう。
平静を装いながら手に汗を握って待っていると、お目当ての一行が姿を現した。
この国の第一王子で王太子でもあるイキシア・キリ・クレロデンドロン。白髪に青緑色のメッシュが入ったニュアンスパーマで、青い瞳をしている。体躯はスラっと伸びていて、どの角度から見ても見目麗しい。きっと無駄な脂肪は1グラムもないだろう。
その王子様に付き従うように歩いているのは、侯爵令息で宰相を父にもつローダンセ・コムラサキ。薄ピンク色の髪をセンター分けにしていて、赤色の瞳をしている。制服をピシッと着こなしている姿からも、生真面目そうな顔からも、曲がったことが嫌いだろうと予測できる。
ローダンセと並んで歩いている男の子は、2人いる。
1人は、公爵令息のクフェア・ノースポール。赤みがかったピンク色の短髪に、赤色の瞳をしている。やんちゃそうな見た目だが、体が引き締まっている様が制服の上からでも窺える。彼の父は騎士団総長だ。彼もきっと、騎士になるべく精進しているのだろう。
もう1人は、女の子と間違いそうなほど美人顔のアセビ・サンスベリア。肩まである薄紅色の髪を編み込みしていて、青紫色の瞳をしている。こちらもまた、伯爵令息で魔導師団師団長の父がおり、すでに彼は次期魔導師団師団長だと言われている。
そんな彼らと共に登校し、イキシア殿下と寄り添うように歩いているのは、公爵令嬢のアマリリス・ディセルファセカ。腰までの真っ赤なストレートヘアで、紫色の瞳をしている。つり上がっているが、瞳が大きいので決して怖い印象は覚えない。体は成長しきっているのか、とても魅惑的だ。艶やかで美しく、周りの視線を掻っ攫っている。
だよね。だよねぇ。そうだと思ってた。やっぱりだよねぇ。
わたしは、予想をしていたことが現実だと突き付けられ、盛大にため息を吐いて肩を落とした。項垂れながら、入学式が行われる会場に向かって歩を進める。イキシア殿下とアマリリスが微笑み合っていた姿が目に焼き付いていて、気を抜いたら泣いてしまいそうだ。
わたしの名前はフリージア。貴族ではないのでファミリーネームは無い。胸までの鮮やかな黄色の髪は、ふわっとしている。大きな瞳は少し垂れており、守ってあげたくなるような可憐な見た目をしている。そう、声を大して言えるほど、わたしは物凄く可愛い。そして、今現在唯一だろう緑色の瞳をしている。
この世界では、魔力の保有量によって瞳の色が変わってくる。上から、緑・紫・青・赤・桃・橙・黄・黒になる。
青い瞳の子供が生まれると歓喜され、一定数いるが赤色でも喜ばれる。ほとんどの人が桃色と橙色で、次に多いのが黄色。青色と並ぶくらい人口が少ないのは、魔力を持つことができなかった黒色の瞳になる。そして、青色や黒色よりも希少な瞳が紫色になる。紫色の瞳の子供が生まれると、狂喜するらしい。
アセビの青紫色は、紫色に近い魔力を保有しているということになる。同じ色の括りでも、色合いが多少異なってくるのだ。イキシア殿下は綺麗な濃い青色だから、アセビはイキシア殿下よりも魔力が多いということになるのだ。
周りから「あの子って」というヒソヒソ話が聞こえはじめた。
今は肩を落としている場合じゃないと姿勢を正し、顔を上げる。弱そうに見えてはいけない。鴨にされないように胸を張らないと。
紫色以上に珍しい緑色の瞳は、歴史上の中でもクレロデンドロン王国を建国した、初代国王陛下しか存在していない。そのため平民にはその知識が薄れていて、小さい頃は虐められていた。
有り難かったのは、異彩を放つ瞳でも捨てられることはなく、穏やかな両親に愛されて育てられたことだ。本当に両親には、心の底から感謝している。
転機が訪れたのは、神殿に足を運んだ時。絶句した神官達が凄まじい勢いで駆け寄ってきて、わたしを崇めはじめた。奇怪な光景に両親と抱きしめ合っていると、大神官様が現れて瞳の説明をしてくれた。
瞳の色区分の中でも魔力保有量が異なると、この時に教えてもらい、大神官様の勧めで魔力量を計ることができた。調べられる限界を超えた魔力数値に、家族全員で驚喜したものだ。大神官様も神官達も万歳をして喜んでいた。
この時にようやく、この世界が前世で遊んでいた乙女ゲーム「花束をあなたに」にそっくりだと気付いた。
前世の記憶は、3歳の時に近所の子供に突き飛ばされたことがキッカケで思い出していた。たぶん転んで頭を打った痛みが、前世死ぬ間際に受けた衝撃と似てたんだと思う。
両親の結婚記念日のプレゼントを買いに行った帰り、わたしの車に信号を無視した暴走車が突っ込んできた。きちんとシートベルトをしていたから、頭だけが大きく動いてヘッドレストに頭をぶつけた。だけど、その時に痛みを感じたのかは分からない。覚えているのは、突っ込んでくる車と、その車を運転していた人がうつ伏せになっていたことだけ。そこで、プツンと記憶は途切れている。
思い出した時は、大声で泣くだけ泣いた。「死ぬなら1人で死んでよ」と怒りが収まらなかった。今世の両親が心配して強く抱きしめてくれていなかったら、もしかしたら病んでいたかもしれない。それほど悔やんでしまう死だった。
前世の死のショックもあって、まさか自分がヒロインの乙女ゲームだとは露にも思わなかった。「花束をあなたに」は学生生活メインの物語で、主人公の幼少期に関する場面はなかったから。
少しでも言及されていたら、記憶が蘇った時に気付けていたかも……と思う。だって、本当に過酷ないやがらせの数々だったから。前世の記憶がなかったらボコボコにやりかえs……失礼しました……心を強く持てなかったと思う。
優しくて温和だったあの子は、幼少期までもこんなに苦労していたのかと、人知れず泣いたものだ。
6話まで投稿します。