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ダスクード大陸南部。そこはかつて、二十以上の国々に分かれ、群雄割拠の様相を示していた。現代に至るまで、国々の興亡が成されたその地域は、今現在、四つの大国によって治められている。
東——リガルメア連邦
西——ラ・シーナ魔道国
南——ファルデア王国
北——ミーティアル帝国
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「——ネルス公国……公国ってなんですか?」
精霊神ソーマの柔らかな銀髪を優しく撫でながら、狐耳金髪メイドのレナが、向かい側に座る第一王女ミネルバに問いかける。それは、政治などに疎い者からすれば、当然の疑問である。
「そうね……レナさんは、カレンちゃ、んっんっ……アーフェンボルク公のことを知ってるわね?例えば、彼女の家がファルデア王国との関係性を保ちつつ独立国家を建立した場合、それはファルデア王国公爵家の国家となり、周囲の国からは公国と見做されるの。もちろん、国の名前は変えられるけどね」
「なるほど……」
「他にも、かつてのファルデアがそうだったように、敗戦国に対して公爵の地位を与えて公国を名乗らせる、っていう形もあるわね」
「それじゃ、この国は、どちらだったのでしょうか?」
「ふふ、どっちだと思う?」
ふぇぇっ!?と困惑するレナを含めた精霊神さま御一行は、現在、ファルデア王国から見て西方に位置する国——ネルス公国にやってきた。
対ミーティアル帝国軍事同盟における主要国は、以下の三カ国である。
盟主国であり、対ミーティアル帝国軍事同盟における主戦力、ファルデア王国。同盟における兵站役——軍需物資の大部分を担う、リガルメア連邦。そして、ファルデア王国と共に、ミーティアル帝国との戦いに身を投じている、ラ・シーナ魔道国。
ネルス公国は、ネルス大公によって治められている国であり、ラ・シーナ魔道国の属国。
そして、ミーティアル帝国と国境を接しており、今なお帝国との争いが絶えない国であり、魔道国の盾と称されている国である。
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悲鳴と怒号、それをかき消す爆発音。断続的に鳴るそれらが止む気配は無い。
「——妙だな」
城壁上にて、眼下の戦況を眺めている老騎士は、訝しむ。
「アイツらが妙なのは元からでは?」
老騎士のやや後ろにて、同じように眼下の戦況を眺める小豆色の髪の軍服少女が口にした言葉に、老騎士が返答する。
「……流れが変わっておる」
「ほ……?ああ、確かに……勢いづいてる?と、いいますか……単純に、なんか増えてません、アイツら」
「……伝令だ」
「はっ!了解でーす!」
タッタッタッ、と軽快に駆けていく軍服少女を横目に、老騎士は思索する。
(戦力の増強……焦り、それとも——)
「——お待たせしました!」
「うむ……我が軍はこれよりイスター城砦に後退、明朝までには到着せよ……疾く向かえ——」
軍服少女が連れてきた軽装の軍人たちが慌てた様子で駆けていく。それを確認した老騎士が、軍服少女に向かって口を開く。
「わかっておるな?」
「はーい!」
「…………」
「も、もちろんであります!」
「ふん、わかっておるなら良い——」
老騎士が、城壁の端に片足を乗せる。
「儂らが殿を務める以上、一兵たりとも死なすことは許さん、よいな?」
「もっちろん!……で、あります!!」
その日、ネルス公国最北に位置するアルヘア砦が陥落、ミーティアル帝国によるネルス公国侵攻が本格化。精霊神さま御一行が、イスター城砦に到着する二日前の出来事である。
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「——委細承知した」
「ご理解いただき、感謝いたします」
イスター城砦、執務室。そこでは現在、軍議が執り行われていた。議題は二つ——
「再度確認ですが……それが、ファルデアの総意、ということで間違いないのですな?」
「はい、間違いなく」
「あい、わかった。ならば、まずはアルヘア砦を奪還せねばなりませんな」
「え、と——」
「ここからは私が——」
「うむ、よろしく頼む、アーヴィン殿」
当面の課題は、アルヘア砦奪還。そのための策を募る場に集まったのは八名。
ファルデア王国側から、六名。執務室のソファでくつろぐ精霊神ソーマ、精霊神ソーマに膝枕している狐耳金髪メイドのレナとレナの肩の上で眠る三ツ首の小さな黒龍ベルヌス。ファルデア王国第一王女ミネルバ=ド=ファルデア、近衛騎士団団長アーヴィン=フィネス。傭兵団『赤き餓狼』団長、赤狼のダグラス。
そして、ネルス公国側から、二名。小豆色の髪色の軍服少女と、同じく、小豆色の髪色の老軍人の二名。
「それでは、アルヘア砦を——」
「はいはーい!」
「……どうした?」
軍服少女が挙手、老軍人から許可を得たことで、彼女は素直な思いを吐露する。
「精霊神さまがおられるなら、全部お任せしたら良いと思います!」
「…………」
「あ、あれ?何か変なこと——」
彼女の発言に場の空気が凍りつく中、当の精霊神が大笑いし始める。
「あははははっ!いやー、素直で良い子だね!ゲオルンの育て方が良かったのかな?」
「いえ、ご冗談を。中々のじゃじゃ馬で、私もほとほと困っております」
「え、どういう——」
「よいか……精霊神さまを始めとした最高神の方々には、制約があると云われておる。だからこそ、請願という形でこちらの想いを伝え、その想いに応えていただくための対価をお納めすることで、制約を解除し、動いていただけるわけだ」
「う、うん——」
「勘違いしてはならぬ。本来、精霊神さまに拝謁させてもらえること自体が奇跡なのだ。それは、神々への祈りが届いたことで叶う奇跡に等しい。精霊神さまは、日頃から我々の前に姿をお見せくださる寛大な御方で だからこそ勘違いされやすい。だが、精霊神さまへの命令やそれに類する言動は、天に唾吐く行為と大差ない。言ってる意味がわかるか?」
「えっ、えっ——」
「お主の浅慮な言葉によって、精霊神さまがネルス公国を滅ぼす可能性が生まれたということだ!しばし、黙っておれ!」
「——っっっ!?」
老軍人、激怒。軍服少女、涙目。
「——お見苦しいところを」
「いいよいいよ、気にしないで。まだ若いのに頑張ってるんでしょ?効率的な手段があるなら使いたくなるのが、軍人ってものさ♪」
「寛大な言葉に感謝いたします——」
老軍人の威厳ある風貌と言動に、場の空気が引き締まる、が、それも当然。ネルス公国のみならず、ラ・シーナ魔道国全体で見ても、この老軍人以上の猛者はいない。そして、この老軍人に頭を下げさせる者もまた、ラ・シーナ魔道国にたった一人だけ。
老軍人の名は、ゲオルグ・ラ・ネルス。その名は、ネルス公国の国主たる大公の名であり、黒雷公と謳われし古兵の名。
そして、世界から『雷王』の称号を授かりし超越者、ラ・シーナ魔道国最強にして、ダスクード大陸最強の魔道士の一角——最強の魔道騎士の名である。
ちなみに、つい先程一喝した小豆色の髪の軍服少女——アンナ・ラ・ネルスの祖父の名でもある。




