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精霊神の試練——称号付与者候補を対象とした、精霊神による選別の儀。別名、精霊神の暇つぶし。
称号を授与されるためにはいくつか条件があり、精霊神が試練を与えるのは、条件の七割以上を達成している者だけ。
試練達成の暁には、世界より称号を授かり、精霊神より精霊器と呼ばれる特殊なアイテムが授与される。
精霊器——精霊の視認や意思疎通を可能にするアイテム。精霊から信頼されることで力を貸してもらえる、いわゆる精霊術が行使可能になる。形状に縛りはなく、本人の希望に沿った物になる(指輪やペンダントのような小物から、剣や槍、斧、盾や鎧などの武具類も可)
魂に紐付けされているため、授与された本人にしかその精霊器は使用できない。また、精霊器を授与された時点で、精霊神との知己であるとみなされ、精霊たちの好感度を上げやすくなる。
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現実感が薄い。ある程度、安定した生活をしている者ほど、そんな光景を目の当たりにすることは少ない。その点、ファルデア王国の第一王女はどうだろうか。
(噂には聞いてたけど……)
今年二十五歳のミネルバ、幼少の頃から国内の巡察、ファーディス学習院中学部時代にはアルマーダ森王国への留学、卒業後は外交官として、ファルデア王国の同盟国を行き来するなど、同年代のものと比較して、安定こそしていても中々に刺激的な日常ではあった。命を狙われたことは何度もあり、実際に身柄を囚われたこともあったのだから。
(あのアーヴィンが、こんな——)
彼女と、アーヴィン=フィネスとの付き合いは長い。フィネス男爵家の次男としてファーディス学習院大学部騎士学科を卒業、騎士団入り。その後、半年に一回行なわれる近衛選抜にて優秀な成績を収め、近衛騎士となったのが十八年前。配属先は、第一王女の護衛隊。
ミネルバとアーヴィンは、実に、十八年もの付き合いなのである。
ミネルバは、アーヴィンを始め、護衛となってくれた近衛騎士を通じて、武というものに幼い頃から触れてきた。それに加えて、ファーディス学習院時代に、剣術や槍術、馬術などの騎士に必要な総合的な必修科目は受けてきているため、ある程度は、ミネルバも心得ている。
しかし、それでも精々が、シルバー級の傭兵や冒険者程度の力量。アダマンタイト級傭兵すら凌駕する、称号付与者候補のダグラスやアーヴィンとは比ぶべくもない。そのことは、ミネルバ自身が最も理解している。先ほどの朝稽古を見て、アーヴィンと互角であろうダグラスの凄さもなんとなく理解している。
だからこそ、驚きを隠せない。
(お伽噺なのかと思ってた——)
何の変哲もないただの木の枝で、ダグラスとアーヴィンの猛攻を何事もなかったかのようにあしらい、精霊神ソーマが飄々悠々と佇んでいるのだから。
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精霊神の試練開催に大声で喜ぶダグラスと小さくガッツポーズを取るアーヴィン、キョトンとしているミネルバ。そんなミネルバにアーヴィンが事の経緯を説明する。
アーヴィン曰く、アーヴィンとダグラスが称号を授かるのはおそらく数年後、これから課される試練を越えれば、今日、称号を授かることが叶うのです、とミネルバは聞かされた。
そんなことを聞かされたミネルバの脳裏に浮かぶのは、お伽噺にも似たこの世界に生きる者に共通する、ある認識。
「……えい!」
「ああ!ボクのキノエーダが!?」
ミネルバが、ソーマから受け取った木の枝を地面に叩きつけ、見事に破砕する。
「何するのさ、ミーちゃん!」
「えーと……な、なんとなく?」
「なんとなくかー……うん、それじゃあ、しょうがないよね♪」
キョロキョロと周囲を見渡し、指を鳴らすソーマの手元には、振り回すに手頃な長さの木の枝。ミネルバは、ジーッとそれを見ていた。
精霊神にまつわる逸話は、実にさまざま。
曰く、木の枝で大地を一刀両断する。
曰く、ある大国を木の枝一本で壊滅。
曰く、大陸最強の竜を木の枝で討伐。
こういった逸話、噂話は他にも存在するが、その多くに共通してるのが、ただの木の枝で成し遂げているということ。
当然、かどうかはさておき、疑念を抱かれてもおかしくはない、精霊神世界最強説。その説を支えてる要因のひとつが、木の枝にある。
長年、研究対象にもされている精霊神の木の枝の秘密、興味が無いわけではないミネルバは、即座に行動に出る。
巷で出回る『実は木の枝に見せかけた魔導武具説』を検証すべく、精霊神ソーマに木の枝を見せてほしいと頼み、思い切って地面に叩きつけ、粉々に砕いたわけである。
精霊神ソーマの木の枝は、紛れもなく、本当に、ただの木の枝なのである。
しかし、ただの木の枝で何ができるのか、と、ミネルバは素直に思う。鉄の剣とただの木の枝、どちらが丈夫かと問われれば、鉄の剣と答える者が大多数である。確かに、一部の樹木型の魔物などの素材であれば、ただの鉄より硬いものは存在する。
ただ、精霊神ソーマの木の枝は、本当にただの木の枝、非力な女子供ですら折ることが可能な木の枝である。それは、ミネルバ自身がつい先ほど証明してみせた。
ならば、目の前の光景は一体なんなのか、とミネルバは思わざるを得ない。
破滅級の魔物にすら深手を負わせるアーヴィンの剣を、渾身の刺突を、木の枝の先端でピタリと止めてしまう精霊神ソーマの剣をどのように理解すれば良いのか、ミネルバはわからないでいた。いや、だからこそ、納得した。
そして、精霊神に対する共通認識に対して妙にしっくり来ていたミネルバが、そのことを、ボソッと口に出していた。
「……世界最強」




