貧民街出身の聖女
私はずっと努力を続けてきた。聖女としての力があると言われて、貧民街の片隅にいたのを拾われたときから。
あの生活には戻りたくない。食べることさえ命がけだった、あんな生活には戻りたくないから、私は努力を続けた。出身をあざ笑われても、嫌がらせをされても、それでもあんな場所に戻るよりはずっとマシだった。
――だから。
「聖女カタリナ。あなたを位一位と認めます。どうか、これからも研鑽に励んで下さい」
国中から集められた聖女たちの中で、私がトップなのだと。一番力が強いのだと、認められても驚かなかった。
驚いたのは、次の言葉だった。
「同時に王太子ルキウス殿下の婚約者となりましたので、ご承知おき下さいますよう」
「……はい?」
知らなかったわけじゃない。聖女の中で一番力の強い女性が、王太子の婚約者となる決まりがあることを。
けれど、それは形骸化しているはずの決まりだった。今の王妃陛下も含め、婚約者として選ばれているのは、貴族の女性ばかりだ。だから、私が婚約者になることなどないだろうと思っていたのに。
「よろしく、カタリナ」
果たしてどう思っているのか、王太子殿下は私に笑顔で手を差し出したのだった。
***
嫌がらせは、その夜から激化した。
集められた聖女は神殿の中で生活をしている。身分は貴族から平民まで様々だけど、神殿内では力の強さが全てだ。
一位の位についたことで、私には一番いい部屋が与えられた。……のだけど、いざ部屋に入ってみたら、部屋は泥だらけだった。シーツはビリビリに切り裂かれて、ついでに私物の洋服もボロボロだった。
力の弱い聖女たちが、私の世話係に任命されていたけど、来る気配もない。決まりだからと思って待っていたけど、バカバカしくなった。食べる物を何か調達しようかと部屋から出て歩いていたら、クスクス笑い声が聞こえた。
次点、二位の位であるエルフェミニア様だ。そしてその周囲にはたくさんの聖女たちがいて、その中に私の世話係に任命された人たちもいた。
「何か私にご用ですか?」
わざとらしく笑顔で問いかけてやれば、エルフェミニア様の顔が引き攣ったのが分かった。お怒りなのだろうが、すぐその顔を引っ込めてこちらもわざとらしい笑顔を浮かべた。
「あなたが一応一位の位を獲得しましたから、こうしてわたくしも答えますが、勘違いなさらないことね。本来なら、たかだか貧民街出身の小娘が、わたくしの顔を直接見て話をするなど、あってはならないことなのですから」
「ご心配なく、勘違いなどしておりませんよ。私が並みいるご貴族様出身の聖女様方を押さえて一位になりました。たかだか貧民街出身の小娘に、情けない。いつも威張っていらっしゃる割に、たいしたことないのですね」
言い返してやれば、何とか取り繕っていた笑顔は簡単に崩れた。
「なんですってっ!?」
本当に、貴族出身という方々は沸点が低い。この程度、聞き流せなくてどうするのか。周囲の取り巻き聖女が慌てたように宥めているのを見ながら、私は身をひるがえした。こんな茶番に興味はない。
すると、背後から叫び声が聞こえた。
「いい気になるのも今のうちよ! あんたみたいな小娘を、ルキウス殿下が相手にするはずないわ!」
それに関しては全く同感、と思いながら足を止めることはなかった。ただ、エルフェミニア様が王妃になるのもどうなんだろうなぁ、とは思うけど。
その足で厨房へいって、無事食事にはありつけた。とはいっても、残飯だけど。
私の分は世話係へ渡したと言って、それ以上はくれなかったのだ。ニヤニヤ笑っているから、多分分かった上で言っているのだろうけど。
で、そんなにがっつきたいなら残飯を食べろと言われて、遠慮なく食べさせてもらった。厨房の人たちは信じられないという顔で見ていたけど、いい加減学習した方がいいと思う。
貴族の人たちの残飯なんて、貧民街出身者からみたらごちそうなのだということを。
部屋へ戻った後は、適当に泥を拭いて床に寝た。何の問題もなくグッスリと眠って、翌朝。
「おはようカタリナ、朝から押しかけてすまないね」
私の目の前には王太子がいた。
神殿長が慌てたように私を呼びに来たことを思い出す。いいから早く行けと、問答無用で部屋から連れ出されて、応接室に行ったら王太子がいた、という感じだ。
ちなみに神殿長は、エルフェミニア様の叔父か何かに当たるらしい。よって、私への当たりは強いし、嫌がらせも見て見ぬ振りだ。けれどさすがに、王太子には逆らえないということなのだろうか。
「とんでもありません、王太子殿下。おはようございます。お待たせして申し訳ありません」
貧民街出身であっても……いやだからこそ、礼儀作法はしっかり学んだ。そうじゃないと聖女として生きていけないことが分かったからだ。単にあの場所に戻りたくないというだけで学んでいた様々なことが、今想像もしていない場所で役に立っている。
「気にしなくていいよ。押しかけたのは僕のほうだからね。それに言われるほど待ってもいない」
王太子殿下は笑う。その笑顔が、少なくともわざとらしく作られたものではないことが分かって、私の方が戸惑った。
「婚約者の君のことを、知りたいと思って来たんだ。できるだけ毎日押しかけてこようと思うんだけど、いいだろうか」
「ええと……」
王太子殿下はそれを本心から言っている。聖女としての力なのかはよく分からないけど、相手の言葉が嘘なのか本当なのか、それが何となく分かるのだ。彼は"善い人"だ。彼から感じるものは、とても心地いいから。
でもだからこそ、戸惑いは強くなるばかり。
「……その、殿下は私が婚約者でよろしいのでしょうか?」
「どういうこと?」
「ご存じとは思いますが、私は貧民街の出身です。殿下の妃になるのであれば、貴族ご出身の方がよろしいのではないかと思います」
殿下がジッと私を見てきたため、私も見つめ返す。そこにある殿下の感情は分からないけれど、緊張しているように見えた。
「――例えば、エルフェミニア嬢のような?」
「あの方が王妃にふさわしいかと問われれば、疑問ですが」
殿下の例えに素直に思ったことを返すと、その肩が震えた。口から堪えきれない笑いが漏れている。
「僕も同感だ」
その笑いを抑えようともせずに、殿下は口にした。
「正直、彼女が位一位を獲得したらどうしようかと思っていたんだ。だから、君がいてくれて良かった。出身など関係なく、君が婚約者で良かったと思っている」
「そうなのですね」
それが紛れもなく殿下の本心なのだと分かる。けれど、何かが引っかかった。
「王妃になるのは、貴族の女性だと決まっているわけではないんですか?」
「単に、位一位を獲得したのが貴族だというのが続いていただけだ。決まりはないよ」
やはり言葉に嘘はない。でも引っかかる。きっと、殿下は私に何かを隠している。
「――あ、そうだ」
殿下が笑顔で、何かを企むように笑った。
「こんなことを言うのは失礼なんだけど、カタリナの部屋、見せてくれないかな」
「部屋、ですか?」
泥が大量にまかれて、シーツがボロボロになっている、あの部屋を?
「母上から伺ったんだ。位一位の部屋は王城にも劣らないくらいにいい部屋だと言っていて、興味があったんだ。中に入れろとは言わないから、見るだけ。駄目かな?」
「…………」
返事に悩んだ。興味があることは嘘ではなさそう。でも、やっぱりそれ以上に何かがありそうだ。
少なくとも、現状のあの部屋は"いい部屋"などではない。あんな部屋を見せるのはダメだろうと思うのだけど……。
「どうかな?」
笑顔で返事を待っている王太子殿下を見て、私は頷いた。少なくともエルフェミニア様を疎んでいるらしい殿下相手なら、悪いことにはならないはずだ。
「かしこまりました、ご案内致します。――ですが、見ても驚かないで下さいませ」
「おや、それは逆に楽しみだ」
本当に殿下は楽しそうだ。大丈夫かなと思いながら、殿下を伴って応接室を出る。そして、自分の部屋へ歩き始めると、すぐ神殿長が寄ってきた。
「これはルキウス殿下、こちらは神殿内部でございます。お帰りの方向は別でして。この娘にはそれが分からぬようですから、私めがご案内を」
「不要だよ、僕がカタリナに頼んだんだから。さ、行こう、カタリナ」
「かしこまりました」
そしてさらに内部に進んでいく。殿下、やっぱり何かを勘付いているんだろうか。受け答えがそっけない。一方の神殿長は慌てたようについてきた。
「な、なにを頼まれたのでしょうか。ご用であればこんな娘ではなく、私めがお伺い致しますので」
「カタリナだ、神殿長」
「……は?」
「先ほどからこの娘だのこんな娘だの言っているが、名はカタリナだ。まさか、位一位を獲得した聖女の名を、知らぬとは言わないだろうな?」
「そ、それはもちろん存じておりますが、しかし所詮は貧民街出身で……」
「それはおかしいな。神殿内ではその出身は問われず、聖女としての力の強さで見られるはずだ」
ジロッと殿下に睨まれて、神殿長は黙り込む。殿下さすが、と心の中で親指を立てていると、「さぁ行こう」と促されてさらに進む。
神殿長は懲りずについてきた。
「ど、どこに行かれるのですか?」
「カタリナの部屋だよ。一位の聖女が入る部屋に興味があってね、一度見てみたかったんだ」
「ヒィッ!?」
神殿長が悲鳴を上げた。その反応で、私の部屋の惨状は彼も承知の上であることが分かった。そして、殿下の目が何かを見透かそうとしたのか、細くなった。口元の端が面白そうに上がった。
「何か、問題でも?」
「い、いえ、その、その……へ、へやは……」
「ルキウス殿下~!」
どもる神殿長の言葉を遮るように、何やら甘ったるい声を出して殿下を呼び止めたのは、もちろんエルフェミニア様だ。つーか、殿下の前だとこんな媚びるような声を出すのか。
「こんなところでお会いできるなんて。わたくしに会いに来て下さったのですね!」
なんでそうなるんだろうか。隣にいる私のことはガン無視か。まあ別にいいけど、殿下の表情をよく見た方がいい。
「会いに来たのは、婚約者となったカタリナだよ。君じゃない。邪魔しないでほしいな」
「……まぁ殿下、お可哀想に」
ムッチャ笑顔だけど、どこからどう見ても怒ってる殿下に、なぜかエルフェミニア様は同情の顔だ。
「よほどの運に恵まれてこの度は一位となりましたが、この娘は貧民街の出身に過ぎません。そのような相手が婚約者など、お気持ちお察しいたします。ですがご安心下さいませ。運で一位となったものは、いつまでもその地位にいられません。必ずこのわたくしが、この娘を追い落としてみせますので」
殿下を気遣う素振りを見せつつ、自分はいいことを言った、と得意げにしているのが分かる。……ふーむ、エルフェミニア様は本当に心の底からそう思ってるんだな。これはもう、話をして分かってもらうとか、そういうレベルじゃない。
さてこれはどうしたらいいんだろうか、と思って殿下を見たら、その殿下と目が合った。
「カタリナ、部屋はどこだ?」
サラッと無視したな、殿下。エルフェミニア様はポカンとしている。無視された事実をきっと分かってない。
「こちらです、どうぞ」
だったら私も無視しようと思って、指し示す。部屋はすぐそこだ。
「まっ……! 殿下、おまちを……!」
我に返ったように神殿長が叫んだけど、時遅しだ。私は扉を開けた。そしてそこに見えたのは、大量の泥……私が部屋を出たときよりも、さらに増えている。ついでに言えば、まだ生きてる虫もたくさんいる。どこから調達してきたんだろうか。
「――なるほど。カタリナ、これは驚くなという方が難しいよ」
「そうですね、私も少し驚きました。殿下がいらっしゃる前よりもさらに汚れているので」
「おやおや、それは」
そう言って、殿下は真っ青な顔をしている神殿長に笑いかけた。
「これは、どういうことかな?」
うん、顔だけは笑ってるように見えるけど、目つきが怖い。神殿長の目が泳いだ。
「こ、これは、これはその……」
「この娘が自分でやったのですわ。貧民街出身ですので、この部屋の価値を何も分かっていないのです」
神殿長とは違って、堂々と私に罪を押しつけてきたのは、エルフェミニア様だ。いや、まったく意味が分かりませんけど。
「へぇ。カタリナ、彼女はそう言っているけど?」
「身に覚えはありません。最初に私が部屋に入った時から、泥まみれに切り刻まれた惨状でした」
「嫌だわ、卑しい小娘が。嘘まで言って」
フンと鼻で笑うエルフェミニア様を見ていると、気分が悪くなる。平然と嘘を言っている人を前にすると、いつも私はこんな感じになってしまう。
――肩に手が置かれた。温かい手だ。殿下が私の肩に手を置いている。大丈夫だと、そう言うように。
「ではしょうがない。僕の秘密を明かそうか」
その殿下が、イタズラっぽく笑った。
「僕はね、聖女と似たような力を持っているんだ。相手の発言が真実なのか嘘なのか、それが分かるんだよ」
「――え?」
エルフェミニア様がポカンとした。神殿長は、何か言いたいのか口をパクパクしている。
「だから僕に嘘は通じない。エルフェミニア嬢、あなたの言う、カタリナがやったというのは、嘘だ」
「……そ、それは、そんなはず、あるわけが」
「じゃあ僕が嘘を言っていると?」
「……い、いえ、その」
エルフェミニア様の勢いが弱くなった。うつむきながらも必死な形相をしているのは、何か言い訳を考えているのか、どう私に責任を押し付けようかと考えているのか、そんなところだろうか。
聖女という言葉通りに、その力を持つのは女性だけだ。男性にその力が現れたという例はない。ただ、王族というのは代々位一位の聖女を妻としているので、聖女以上に聖女の血が濃い。力が必ず遺伝するわけではないけれど、遺伝する例が多いのは確か。
なので、「実は、王族は男性であっても聖女としての力を持っているのではないか」という噂があると聞いたことがある。エルフェミニア様も神殿長も否定できないのは、その噂のせいだろう。
ただ残念だけど、殿下の発言は嘘だ。殿下に聖女の力などない。文字通りに嘘を言っているんだけど、エルフェミニア様は分からないようだ。自信満々に断言されて、違うと言えないのは分かるけど。
でも私は何も言わず、ダンマリを貫く。ここでわざわざ、この人たちのフォローをしてあげる必要性は感じない。聖女の力があろうがなかろうが、私がやっていないのは本当のことだ。
「これをやったのは、エルフェミニア嬢だね?」
「――ヒィッ!? い、いえ、違いますわ!」
「嘘だね」
「嘘ですね」
私の殿下の声が揃った。違うというなら、せめて悲鳴くらいは抑えた方がいいと思う。
「神殿長も、知っていながら見て見ぬ振りをした?」
「――ヒィッ!?」
エルフェミニア様と同じような悲鳴を上げて、そのまま床に座り込んで震え出した。それを見て、殿下が口の端を上げたのが見えた。
「実はもう、外に兵士を呼んであるんだ。このまま城に連行して、そこで詳しいことを聞かせてもらうよ」
「ル、ルキウス殿下、お待ち下さいな! そんな貧民街の小娘など、ジャマなだけ……!」
懲りることなく私を貶める発言をしたエルフェミニア様を見た殿下の目は、ひどく冷たかった。
「エルフェミニア嬢。なぜ聖女が集められているのか。そして神殿が優遇されているのか。その理由を述べろ」
「え?」
「どうした、言ってみろ」
「そ、それは、聖女の力を持つ貴族女性が進む道で……」
「呆れたな。知らないのか」
私もさすがに驚いた。当たり前の常識じゃないかと思うのに。
「……まあいい。思った以上に下だったというだけだ。期待していたわけでもないから、別に構わない」
殿下は冷たく突き放すように言って、一転私の手を取ったときは笑顔だった。
「カタリナも僕と一緒に王宮へ行こうか」
「は?」
なぜ、と聞く間もなく、殿下は私の手を引いて歩き出す。
「いいだろう? だって君は僕の婚約者なんだから」
「えっと……?」
いいんだろうか、それは。今後のスケジュールなんかは、王族と神殿側が話し合って決めていくという話だったはず。ああでも、神殿側が話をするのは不可能だろうから、王族の独断で決められるということだろうか。
そんなことをグルグル考えているうちに、神殿を出てしまった。そこに馬車が止まっているのは、殿下が乗ってきた馬車だろう。そして、発言どおりに兵士たちが大勢いた。
「ルキウス殿下」
その兵士の一人が、殿下に何かを問うように名前を呼び、そして殿下も頷く。
「神殿を囲め。誰一人として逃すな。そして、神殿長とエルフェミニアを捕らえろ」
「かしこまりました」
兵士の一人に殿下が指示を出して、殿下は馬車に乗る。そして私に手を差し出した。
「どうぞ、カタリナ」
「は、はい……」
ここまで来て、否定もできない。その手につかまって馬車へと乗る。ガタゴトと動き出した馬車の中、澄ました顔をしている殿下に私は問いかけた。
「殿下、最初から神殿長とエルフェミニア様を捕らえるために、いらしたのですか?」
「カタリナに会うのが、一番の目的だったよ。正直に言って、初日に現場を押さえられるとは思っていなかった」
嘘はない。けれど、これだけでは分からない。
「現場とは?」
「カタリナが嫌がらせをされている現場。証拠を掴むためには、どうしてもその場を見なければならなかったから。長期戦になっても、絶対に見つけてやるつもりでいたんだけど」
早く見つけられて良かったと、殿下は笑う。けれど私は戸惑った。色々と疑問が沸いてくる。
「その……なぜ嫌がらせをご存じだったのですか? 例えそうだとしても、私がそれをされるのは必然です。気にされる理由が分かりません」
神殿内では身分は関係ないという建前はあっても、それでも完全に拭いきれるものじゃない。どうしたって貴族が優先されてしまうものだ。
それなのに貧民街出身の私が、そんじょそこらの貴族以上に力をつけてしまったから、目をつけられても仕方がない。嫌がらせはされて当然だと思っている。
「必然であってはいけないだろう。神殿が権力闘争の場になっては、国を守ることもできない。そのための神殿であるから、身分ではなく力の強弱がものを言うんだ」
この国は常に瘴気にさらされている。一定以上の瘴気を浴びると、人は生きていけない。農作物は枯れてしまい、動物は何故か凶暴化する。
聖女の役目は、それらの瘴気からこの国を守ること。守れなければ、滅びるしかない。聖女としての力を持つものを集めるのは、そのためだ。そして、その聖女たちが集まって暮らしている場所だからこそ、神殿はあらゆる面で優遇されている。
「つまりは、強い力を持つ私が嫌がらせをされているから、なんとかしようとして下さったのですか?」
ある一定の年齢に達するまでは、聖女はあくまでも"聖女候補"だ。位を授けられて初めて、正式に"聖女"になる。でも、候補の段階でも力の優劣は明確に現れるし、その報告は王家にも当然いっているのだろう。
国として、力の強い聖女は絶対に守らなければならない存在だ。だというのに、それが嫌がらせされていれば、何かしらの対策を考えてもおかしくない。
「……あーうん、それも、あるんだけど」
殿下が目を泳がせた。それもある、ということは他にもあるんだろうか。そういえば、殿下は何か隠し事をしていた。それは、神殿長とエルフェミニア様を捕らえることだと思っていたんだけど、もしかして違うんだろうか。
「殿下?」
「――ああもうっ、では正直に言うよ! 一目惚れ、だったんだ!」
「はい?」
聞き慣れない単語が飛び出して、聞き返すことしかできない。
「だから! 小さい頃に母に連れられて神殿に来たとき、君を見たんだ。練習の時間だと言いながら、他の候補たちは僕の周囲に集まったのに、君はずっと集中して練習してた。その時の君がとても神秘的で綺麗で……目を離せなかった。何度も何度も練習して、努力家なんだなと思ったら……好きになってることを自覚した!」
殿下が来てたことなんてあったっけ? と現実逃避のように考える。
「つまりだから、その時から僕はずっと君を好きでいたんだ。そしてそれはあっさりと母上に気付かれて、父上にもバラされて。……そのつまり、常に君の情報は手に入れていたというか、その何というか……」
殿下が赤くなった顔を逸らす。ようやく私も話が飲み込めてきた。聖女の力がなくたって、殿下が本心を……隠すことなく本心を言っているのが分かった。
「……まぁそのそうしたら、色々神殿内部の問題にもぶち当たって。なかなか干渉も難しいんだけど、あの神殿長を何とか捕らえられるように、情報集めも始めたんだ」
「そ、そう、ですか」
つまりは嫌がらせの発覚が先ではなく、私のことを好きになった方が先だったということで……。
ボンッ、と顔が熱くなった。
「だからつまりそういうことだから。本当に、君が婚約者で嬉しい」
「そ、そうなのですね……」
殿下が私を見た。赤い顔をしているけど、その目はなんだか蕩けそうなくらいに優しくて……恥ずかしくなって目を逸らす。
「君ともっと仲良くなりたいから。よろしく、カタリナ」
「……は、はい」
こうして私は王城に迎え入れられた。
どうやら、貧民街に戻ってしまうかもしれない心配はしなくて良くなったらしい。その代わりに……。
「好きだ、カタリナ」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
王太子殿下に愛を囁かれて、心臓が飛び上がる日々を過ごすことになったようだった……。