転校生、面倒でしかない。
恋愛とは、不確かなものだ。普通に過ごしているだけではそれが成立することはない。
「俺は普通に暮らす。別にラノベみたいな展開、望んでなどいない。」
今日も普通に高校生をやる。それが俺、家入俊光の日常だ。
「おはよう!」
普通に挨拶をする。特殊な行為には走らない。休み時間には友達と話す、何処にでもいる一般市民だ。
「近本、お前野球部優勝に導いたんだってな。」
「あぁ。俺はキャプテンとしてみんなを導いた。でも、野球部のみんなが頑張ったから優勝できたんだけどな。」
ここで話しているのは野球部キャプテンの近本虎太郎。はっきり言う、イケメンだ。陽キャの塊だ。
「お前ぐらい聖人君子ならモテるんだろ?」
「生憎、今は彼女いないんだけどな。」
笑いながらそう呟いたが、周りの女子は目つきを変えて彼の方を見ている。ほれみろ、これがモテる奴だ。リア充だ。
「お前ら席につけー!転校生の紹介だ。」
転校生、それは一つの転機だ。ただ俺は興味無し。別に恋愛をする気はない。だから転校生が例え美少女であっても、どうでもいい。
「天風結衣です。よろしくお願いします。」
その少女は黒髪ショートの正しくヒロインと言える存在だった。でもどうでも良い。まぁ簡単に考えて近本の新しい彼女に収まるのが一番良さそうだ。
「じゃ、家入の横、空いてるからそこに座ってくれ。」
…だから俺は別に望んでないんだって。美少女が隣に座るとかどうでも良い。興味がない。
「よろしくね、家入くん。」
「…あぁ、よろしく。」
こっちを見つめてる。あぁ、面倒だ。面倒この上ない。
帰り道、普通に友達と一緒だが…
「何故ここに…」
天風はニコニコしながら俺たちのグループに入ってきた。このまま恋に発展するという展開、俺はごめんだ。恋愛なんてして何になる。時間の無駄だ。孤独を望むわけではないが、彼女ファーストなんて器用にできるわけがない。
(家帰って、アニメかな。)
俺の家はマンション、親はいない。一人暮らしだ。
すぐにテレビをつけてアニメを観る。人には内緒にしているが、俺には二つ趣味がある。アニメと将棋だ。家では曝け出す…というわけではないが、素の自分でいられる。邪魔されない平和な日々を過ごせる。平穏な日常はこれだ。
「異世界を現実世界っぽく…って、なんでこんなもんまで出すんだよ。」
この時間が至福のひとときといえるものなのだ。
ある程度アニメを観終わったら次は将棋だ。別にプロレベルに強いってわけじゃない。だからプロを目指しているわけじゃない。ただ趣味として遊びでやっているだけだ。
(…その点、あの人はすげぇよな。)
翌日、朝。あの転校生には邪魔されないように少し道を変えて登校する。
「羽川…そうだ。」
羽川家の前で歩みを止め、チャイムを鳴らす。
家から出てきたのは羽川咲、俺の幼馴染だ。隣のクラスなのでなかなか学校では話していないが、まぁ言うなれば唯一趣味とか色々知っている深い仲ってものだ。
「やっぱりまだ学校行ってなかったか。」
「珍しいね、俊光が私と登校なんて。」
「まぁ転校生とかいう奴の厄介払いには丁度いいと思ってな。」
「…モテてるね。」
「別に望んでないんだから、咲もそれぐらいは知ってるだろ。」
「それで天風結衣さんって子が隣の席に来たんだ。」
「あぁ。何故か俺の方を見てはニヤニヤしている。気持ち悪い。」
「…それ、恋心じゃない?」
「はぁ?転校していきなり好きになりましたとかあり得るかよ!」
「まぁ確かに…?」
正直、咲が隣の席ならかなり楽しい学校生活だったかもしれない。深く知っているということはその人のなりを知っているということ。気が楽で本当に良い。
あの一人暮らしの家に呼んだのは近本とかの友達と咲だけ。他の奴は呼んでいない。
「また遊びに行って将棋指したいな。」
「いいぜ、いつでも来い!」
咲も将棋を指している。というよりあの一家は将棋一家だ。父親はかつて将棋界で一世を風靡した天才棋士羽川善晴、兄は養成機関という将棋棋士を目指す機関であと少しでプロ入りというところまで進んでいる羽川聖、そして妹としてこの咲がいる。まぁ父親の善晴は将棋界でかなり揉めた騒動の件で逮捕されて今は家にいないが、そのことを気に留めている様子は、少なくとも今はない。兄の存在が大きいのか、将棋が嫌いになることもなかった。
まぁ俺が将棋好きなのは、間違いなく羽川家の存在あってのことだしな。
学校について教室に入ると挨拶を受ける。
「おはよう、俊光くん。」
昨日は家入くんと呼んでいたはずの天風が、もう名前呼びしていた。
「あぁ、おはよう。」
挨拶を返さないのはまぁ流石に失礼なので、一応は返したが、それが嬉しかったのか、結構グイグイ来ている。
(面倒だ。実に面倒だ。)
ただここまでされると仲良くせざるを得ないのだろう。
あぁ、本当に、転校生なんて来なくて良いのに…