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青山は無職になった。

作者: じゃろけ

 青山は仕事をやめた。青山は仕事ができない。新卒採用されてこれまで3年と半年働いてきたが、丁度3年たった頃には「給料泥棒」の汚名を授かった。青山は稀に聞こえてくる「給料泥棒」という言葉が自分に向けられたものだとわかっていた。

 

 青山にとって悪く言われることはそれほど辛いことではない。もちろん言われたいわけではないけれど傷はつかない。ただ、褒められることがなかった。褒められることがない青山は少しずつ形を失っていくようだった。青山を形成しているのは他人からの褒め言葉だった。


 青山にとって職場はお金を稼ぐところではなかった。自分を形成するための場所だった。最初の一年はとにかく褒められた。小さい会社というのは新人がいない。青山が入社したときには同期はいなかったし、前の年は新入社員が一人もいなかった。まるで赤ちゃんのように、何かができるとそれだけで褒められていた。2年目になると、誰もが心の片隅に浮かび始めていた。「青山くんは仕事ができない」と。そして、誰かが口にしたことをきっかけに、そこにいた全員が「わかる」と言う。ある人は笑いながら。ある人は真剣な表情で。


 青山は仕事を辞めると何をすればいいのかわからなかった。趣味は字幕の洋画を見ることくらいしかなかった。洋画を見ても満たされることはない。彼にとっては映画というものは満たされてから見るものだった。洋画は青山を見ない。洋画は青山を褒めない。


 仕事をやめてから3日がたった頃には、自然と洋画を見なくなっていた。持て余した時間で散歩をするようになった。同じようなところばかり歩いていてもすぐに飽きてしまい、電車に乗る。耳にイヤホンをいれ、スマートフォンで音楽を再生する。特に好きな音楽のない青山は、一週間ランキングをシャッフル再生した。


 聞いたことのない駅名で降りて、駅のホームでキョロキョロと周りを見る。周囲には背の低い建物が2つあるだけで、ほかには民家のようなものも見えなかった。改札を通るとすぐにわかる。「あぁ、田舎だ」青山はそう声に出した。


 改札をでて左に曲がる。曲がって数歩あるくとパコっと音がなる。青山の左足がペットボトルを蹴っていた。意図的ではなかった。「こんな田舎でもポイ捨てする人がいるんだな」

 青山はそう言って、転がるペットボトルを歩いて追う。ペットボトルは少し転がるとすぐに勢いを落とし、青山はすぐに追いつくことができた。腰を折り曲げてペットボトルを拾う。本が一冊だけ入っているリュックサックを両肩から外して地面に置くと、ジーっという音を鳴らしながらチャックをスライドさせた。リュックサックは口の部分が開くと、だらしなく垂れ下がった。青山は拾ったペットボトルをリュックサックにいれた。

「えらいねぇ」

 青山は声の方へ振り返る。駅の方からお婆ちゃんが歩いてきていた。

「若い人がいいことをしていると嬉しいねぇ」

 お婆ちゃんは笑顔で言った。

「当然のことをしただけですよ」

 青山は今までしたことなんてなかったのに当然のことだと言い切った。お婆ちゃんはそれを聞いて嬉しそうに歩いて去っていった。

 青山は後悔していた。なぜ今までこんな素晴らしいことをしていなかったのだと。これまでを取り戻すかのように青山はゴミを拾いつづけた。リュックサックがゴミでいっぱいになった頃、空の色は赤く染まっていた。

 帰りの電車で今日あったことを思い返す。ゴミを拾い褒められた。ゴミを拾い、ゴミを拾い、ゴミを拾い、褒められた。ゴミを拾い、ゴミを拾い、ゴミを拾い、褒められた。青山は大体3回ゴミを拾えば一回褒められるんだなと確信した。帰りの電車では青山はイヤホンを耳に入れることはなかった。


 次の日から青山の日常は一変した。

 朝起きて自宅の周辺地域のゴミを拾う。褒められる。コンビニで弁当を買って家で食べる。褒められない。電車で適当な駅に降りて、またゴミを拾う。褒められる。駅に戻る途中にあるお店で夜ご飯を食べる。褒められない。電車で最寄り駅まで行く。褒められない。最寄り駅から自宅まで遠回りをしてゴミを拾う。褒められる。


「青山くんっていたのおぼえてる?」

「あー、いたね。10ヶ月くらい前だっけ。そのくらいに辞めた人だよね」

「このまえ家に帰ってるときに最寄り駅にいたんだけどさ、なんかゴミ拾ってたの」

「えーめっちゃ偉いじゃん」

「そうなんだけどさ、今日は朝最寄り駅のあたりで見かけてさ。またゴミ拾ってるの」

「えー、なにそれ。仕事とかしてないのかな?」

「でも、スーツは着てたんだよね」

「あーじゃあ会社に行く前にゴミ拾ってるのかな、すごいね」

「ね、でもそんな頻繁にゴミ拾ってるってなんか気持ち悪いよね」


 青山はゴミを拾う。朝も、昼も、夜も。もういつからかご飯も食べなくなっていた。

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