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コメディ系短編小説

ヒーローの初変身は怖い

作者: 有嶋俊成

【登場人物】

 マコト

ヒーローに変身する力を与えられたごく普通の冴えない青年。


 高湊

悪の組織から世界の平和を守る組織のメンバー。マコトにヒーローに変身する為の道具を与える。


 ライオン怪人

悪の組織の幹部。マコトたちの前に立ちはだかる。


 戦闘員たち

ライオン怪人が率いる部下。

「さあ、あなたが立ち向かうのよ。この危機に。」

 スーツを着た若い女がそう言った。

「本当に俺でいいのか?」

 女より少し年下の冴えない青年が不安気な表情を浮かべる。

「あなたは選ばれし人間なの。この世界の平和を守ることが出来る人間なの。」

「戦ったことなんてないよ…」

 そう呟く青年の前に異形の存在が立ちはだかる。

「なんだお前らは⁉ まさか俺たちの邪魔をする者たちか?」

 胴体は装甲に覆われ、ライオンのような顔をしたその怪人は青年に尖った剣先を向ける。怪人が従える異形の戦闘員たちも青年を睨みつける。

「さあ、行くのよ!」

 女は青年の肩を叩く。

「待って、待って! 丸腰じゃ絶対にやられるって!」

「安心して。これを使って。」

 女が青年に差し出したのは色と大きさの違う3つのケースとメカを凝縮したかのようなベルトのバックルだった。


 *


 女から得体の知れない道具を渡された青年・マコトは、どうすればよいのかわからなかった。

「それは私たちの組織が秘密裏に開発していた戦闘装置。あなたはそれの適合者よ。」

 悪の組織から世界の平和を守る正義の組織のメンバーだという女・高湊たかみなとは、淡々とマコトに説明した。

「適合者って…」

 困惑するマコトをよそにライオン怪人は唸り声を上げる。

「邪魔者ならばこの場で潰す!」

 怪人や戦闘員たちの剣幕に気圧されるマコト。

「マコト! そのベルトで“変身”するのよ!」

「変身⁉ あーこうか?」

マコトがベルトのバックルを腹部にかざすとバックルの横から帯が飛び出し、マコトの腰に巻き付いた。

「その“ガッツドライバー”に”ガッツコンポーネント”を装填することによって”ガッツエナジー”を解放し、戦闘スーツが生成され、それを身に纏う事によって装着者の力を最大限に引き出すことが出来る。」

「ガッツ?がっつ?GUTS?」

「ガッツという言葉が多すぎたわね。さあ、変身よ。」

「変身? どうやって?」

「まず、黒いケースの中に入っている『ガッツメモリ』を『ガッツドライバー』の右側に装填し、次に桃色のケースに入っている『ガッツカード』を『ガッツドライバー』の左側に装填し、最後に『ガッツドライバー』右側面にある鍵穴に橙色のケースに入っている『ガッツキー』を差し込んで回転する。そうすると『ガッツエナジー』が開放され、体全体を覆う戦闘スーツが生成される。」

「……お、おう!」

「さあ、変身するのよ。」

「うおぉぉぉっ!」

 マコトは勇ましい雄叫びを上げて気合いを入れる。

「まず…ガッツパワー? を? 開放して…?」

「ん?」

「ん?」

 マコトは黒いケースを見つめながら、高湊はそんなマコトの様子を見ながら「はて?」というかのような顔をしている。

「いきなりガッツパワーは開放出来ないわ。まずは『ガッツメモリ』を『ガッツドライバー』に装填しなさい。」

「あーそうだ! 『ガッツメモリ』だ!」

 そう言ってマコトは橙色のケースを開ける。

「これが、『ガッツメモリ』か。」

「それは、『ガッツキー』よ。」

 橙色のケースに入っているのはカギ型のアイテム「ガッツキー」だ。

「『ガッツメモリ』は黒色のケースの中よ!」

「そうだった! 『ガッツメモリ』!」

 マコトが黒色のケースを開けると、中にはUSBメモリに似たアイテムが6本、差込口に挿入されていた。『ガッツドライバー』の正面の部分にはそれを挿入するのであろう差込口がある。

「そしてこっちが『ガッツカード』!」

 桃色のケースを開けると10枚のカードが束になって入っている。

「このアイテムをベルトに1個ずつ装着するんだな。」

 マコトは2つのケースの中を凝視する。そして「ガッツメモリ」が入る黒いケースを一旦、地面に置き、桃色のケースから「ガッツカード」の束を取り出す。

「…あー…なるほど…はいはい。」

 カードを一通り確認すると腰をおろして地面に置いた黒いケースから「ガッツメモリ」を取り出し、眺める。

「どういうやつなんだ? これは?」

「何やってるの! 早く変身しなさい!」

 背中を丸めているマコトに高湊が叫ぶ。

「どれを使えばいい?」

「は?」

「どれをどう組み合わせればいい?」

「とりあえずどれかしらを装着してみればいいでしょ!」

「正しい組み合わせとかは無いんですか?」

「組み合わせによって開放される『ガッツパワー』の性質が変わるの!」

「あーそういうことなんですね!」

「そういうことよ!あなたまだ戦う決心がついてないの⁉」

「不具合が起きたら怖いじゃないですか!」

 二人が言い合っていると金属がぶつかるような音が響いた。ライオン怪人が剣先で固い地面を突いたのだ。

「相手にするまでも無いようだな! この俺が跡形もなくお前たちを消し去ってくれるわぁ!」

怪人が剣を振ると刃に炎が帯びた。

「待て待て待て! 変身するから!」

 マコトは適当に選んだ「ガッツカード」1枚と「ガッツメモリ」1本を手に持ち「ガッツドライバー」に振り下ろす。

 ―ガチャガチャガチャガチッガチガチガチャンッガチッガチャッ……

 しかしなかなか挿入できない。

「マコト! 『ガッツドライバー』をよく見て!」

「へ?」

 マコトが目を下にやると「ガッツカード」を「ガッツメモリ」の差込口に、「ガッツメモリ」を「ガッツカード」の挿入口に入れようとしていた。

「あ、ヤッベww」

「ちゃんとして!」

「ついカッコつけようとしちゃってw」

 マコトは照れくさそうに「ガッツカード」と「ガッツメモリ」を持ち替え、正しい位置に装填した。

(こいつ相手になるのか?)

 そう思ったのはライオン怪人だった。

「よし、それじゃ行くぞ変身!」

 マコトは「ガッツキー」をドライバーに装着して回転し、ついに初変身を遂げると思われた。

「あ、待って。」

 マコトは装着したガッツキーを握ったまま動きを止める。

「ねぇ、高湊さん。」

 マコトは高湊の方に振り向く。

「何?」

「生成される戦闘スーツって、サイズどれくらい?」

「…サイズ?」

「僕、服着てるでしょ? その上にスーツが覆いかぶさるってことでしょ? パッツパツになるって。」

「もう大丈夫よ! それを想定して設計されてるから!」

「それじゃ、服の上からでも丁度良くフィットするってこと? それでも服かさばって動きにくくない?」

「それは私たち組織の独自の科学力で服の上からでもかさばらずにしっかり体にフィットするようになってるの! 特撮番組見たこと無いの⁉」

「あれは作り物でマジで変身してるわけじゃ…」

 その時、ドスの効いた低い声が周囲に響く。

「おいィ! お前らァ! このまま葬り去ってくれるわァ!」

 ライオン怪人がいきり立っている。

「待って!待て! 今変身してやる! 行くぞ!」

 マコトは「ガッツドライバー」に差しっぱなしの「ガッツキー」に手をやる。

(マジでコイツ大丈夫か…?)

 マコトを内心、憂慮しているのはライオン怪人だった。

「変身!」

 ついにマコトは変身する…と思われた。

「…の前に、高湊さん! これ!」

 マコトは履いているベージュ色のチノパンのポケットの中から”ある物”を取り出し高湊に差し出した。

「これは…ハンカチとティッシュと携帯電話…?」

 高湊の手に渡されたのは外出時の必須アイテムたちだった。

「ちょっと持ってて! スーツに締め付けられた時に肌にめり込んで痛そうだから!」

「…うん。注意深いのね。」

 高湊は困惑しつつもマコトのマメなところを褒めた。

「さぁぁぁぁぁ行くぞぉぉぉぉぉ! 変!身!」

 マコトは「ガッツキー」を握り手前にした。すると「ガッツドライバー」から光が放たれ、マコトの腕や足に光のラインが引かれていく。

「うおぉ…なんだこれ…」

 自分の体に起きている非科学的な光景に魂消(たまげ)るマコト。

「あーッ!」

 マコトの脳裏にそれ以上に魂消ることがよぎった。

「ちょっと! なんで変身解除してるの!」

 高湊が叫ぶ。マコトは突然、「ガッツキー」を変身時と逆方向に回してしまったのだ。

「変身を解く時ってどうするんですか?」

「今やったじゃない!」

「あ、本当だ!」

 条件反射というのか、「ガッツキー」という鍵型のアイテムを変身時と逆方向に回せば変身解除できるという事を知らずとも、マコトは自然と解除出来ていた。

「これでちゃんと変身も解けるな。あ!そうだ!」

「今度は何⁉」

「俺…閉所恐怖症だった…。」

(コイツ、マジか…)

 そう思ったのは、ライオン怪人だった。

「安心してマコト。そのスーツはそういった人にも合わせて開発がされているわ。」

 高湊はマコトから預かった物を(ふところ)にしまうと、反対の懐からタブレット端末を取り出した。

「我々が開発した戦闘スーツは、独自の技術を利用して衣服の上から装着しても形状を記憶した状態で衣服を圧縮し、装着者の皮膚にしっかりとフィットして体を守るわ。」

 高湊はタブレット端末の画面を慣れた手つきで操作し、スーツの設計図や立体イラストなどを表示した。

「そして首から上を守るマスク部分。これも組織の独自技術で装着者の気分を害さないように作られているわ。視界は良好、換気も抜群。まるで何も身に着けていないような…」

 ―ボウッ‼ ズドドドドドガァン‼

 周囲に爆音が響いた。ライオン怪人が武器の剣から赤い光弾を大量に放ち、アスファルトの地面にぶつけて爆破させたのだ。

「遅いぞお前ら! 見ろ! 俺の戦闘員達を! 先程まで戦意に満ち溢れていたが、もう腕を組んだり、腰に手を当てたりしてお前らを見て律儀に待っているぞ。武器の手入れを始めているヤツもいるぞ。」

 ライオン怪人はついに本音を言った。戦闘員達の士気がこれ以上に下がってしまっては、戦いすらまともに出来ずに敗北し、幹部を務める悪の組織内での影響力が落ちてしまう。

「俺はお前と一度真剣勝負をしてみたい。無論、ここで抹殺させてもらうがな。」

「うるせーよバーカ! 悪人は黙っとけ!」

(えぇ…)

 ヒーローに変身する男からの心無い一言に少しだけ戦力を削がれるライオン怪人。

「高湊さん、アイツやかましいからそろそろホントのホントに変身してぶっ倒してきます。」

「そうね。私もついつい我が組織の発明を誇示したくなってしまったわ。」

 マコトと高湊は神妙な面持ちに切り替えた。

(この二人…揃ってポンコツだ…。)

 ライオン怪人は確信した。

「変身‼」

 マコトは「ガッツキー」を握りしめ、一気に手前に回す。「ガッツドライバー」から光が放たれ、腕や足、胴体に光の線が引かれる。線から更に光が拡散し、マコトの体全体を包んだ。光が消えると全身はシルバーをメインカラーとするスーツに包まれていた。そして顔を守るマスクの目の部分が青く光った。

「これが…戦闘スーツ…すげぇ…。」

 自分の体が突如現れた未知の装甲に包まれている。不思議な感触をマコトは感じた。そして自分がヒーローの姿になっていることに感激も覚えていた。

「高湊さん…」

 マコトは背後にいる高湊に呼びかける。

「何?」

「写真、撮ってくんない? さっき、俺の携帯預けたでしょ?」

 鏡が無い今、マコトはヒーローになった自分の姿が見えない。早く自分のカッコよくなった姿を見たい。

「おいおいおい待て待て待て。」

 ライオン怪人が口を開く。

「お前これから戦うんだろ? 俺と。 命を賭けて戦うんだろ? 先に戦おうよ。その後でも取れるでしょ? 写真は。」

「いいわよ。写真撮ってあげる。」

「はーーーーーーーーーーっ⁉」

 高湊のまさかの発言に度肝を抜くライオン怪人。

「我が組織の努力の結晶が今、ここに現れた。この記念は残しておかないと。」

(コイツらマジか…マジか!マジか!マジか!)

 二人がポンコツだというライオン怪人の予想は大当たりだった。

「待て! 頼むから戦い終わってから撮影してくれ! いくらでも写真なんて撮れるだろ!」

 ライオン怪人がそう言うと眉間にしわを寄せたマコトがこちらを睨みつける。

「うるせぇなぁ悪人がよぉ! 戦い終わってからじゃスーツが汚れるだろうが! それにお前、さっき俺のことを『無論、抹殺する』とか言ってたろ! 生かすつもりは無いんだろ? ならその前に撮っておく方が良いだろうが! この〝百獣の卑賎〟がよぉ!」

(あーもうコイツらヤダ。)

 ライオン怪人の戦意はもうゼロに近い。

「じゃ高湊さんお願い。」

「はいチーズ。」

 敵を前にして写真撮影を始める二人。一方はヒーローとなった自分に酔い、もう一方は自分と仲間達が生みだした成果の出来栄えに酔っていた。

 その様子を魂が抜けたような顔をして眺めているライオン怪人。そんな彼に戦闘員の一人が話かける。

「ア、アノゥ…モウコイツラコノママフクロダダキニシテモヨイノデハ…?」

 ダミ声で話す戦闘員にライオン怪人は淡々と答える。

「それはしない。それは卑怯だ。悪の組織が言うのもなんだが。それに『戦意が無いままの相手を倒した』では戦績にはならん。」

 ライオン怪人は悪の人間ではあるが、戦う人間としてのプライドはある。

「よし、これだけ撮れば十分だ。」

 満足したマコトはようやく撮影を終えた。因みに途中で高湊の携帯でも撮影していた。

「ようし! おいライオン野郎! お前をここで退治してやる! 桃太郎のように!」

 ライオン怪人はマコトの決めゼリフのことは取り敢えず置いておいた。

「やるならやってやる。お前たち、行くぞ。」

 ライオン怪人の棒読みの指示で戦闘員たちは、武器を構える。先程までのこともあってか本当の戦いとは思えないほどの緊張感の無さだった。

「マコト、武器は左腕についているスイッチで召喚出来るわ。」

「左腕のスイッチね。これか。」

 高湊の説明でマコトは左の手首の辺りに装着されている3つのスイッチをまさぐる。

「適当にこれだ!」

 マコトは銀色のスイッチを押した。するとマコトの手に光の柱が現れる。そして光は剣に変化した。

「うおぉ! すげぇ!」

「その剣は斬撃の勢いを向上してくれるわ。」

「そうか。行くぞぉ!」

 マコトは剣を手にライオン怪人に向かって駆ける。

「やっとだよ…ハァッ!」

 ライオン怪人は、武器の剣を横に構えて攻撃に備える。

「おりゃぁぁぁぁぁ!」

 ―スンッ

 マコトの振り下ろした剣は、ライオン怪人の剣のスレスレを通り過ぎ、空を切る音だけが響いた。

(マジかコイツ…)

 ライオン怪人はマコトが物凄く下手なのだと思った。

「高湊さん!」

 マコトは後ろを振り向く。

「コイツ殺しても犯罪にならないよね?」

(もうヤダ…)

 ライオン怪人の戦意がゼロになった瞬間だった。



  ――続く(?)

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