ワンダーボーイ
ワンダーボーイ
メザキ エイコ
1
朝、高校生の一日は、はじまる。
「ね、数学の宿題やった? むずかしかったよね。」
百合に聞かれる。
「やったけど…。写す?」
私が答える。
「サンキュー、恵梨って、やさしいね。」
私が数学のノートを出して、百合に渡す。
「あっているか、わかんないよ。」
「いいの。いいの。やってあれば…。」
調子いいな、百合は。私が数学が得意なのを知ってて言ってくるんだから。
「今日、学校へ来る時、公園で光る物体を見かけたんだ…。」
答えを写しながら、百合が言う。
「UFOかな…。」
二人で顔をあわせる。
「そんなわけないか…。」
二人で笑った。
ガラッ
担任の先生が教室に入ってきた。百合があわてて、ノートを戻す。まだ半分しか写してないけど、大丈夫かな?
「はい、みんな席について。今日は転校生を紹介します。」
先生が大声をあげると、みんな、それぞれの席についた。
転校生が入ってきた。みんな、びっくりする。だって、ここは女子高なのに、男の子が入ってきたからだ。
「みんなも知っていると思うが、来年度から共学になる。一足先に男の転校生が来たわけだ。」
田中 学
と、黒板に先生が書く。
「田中 学です。よろしくお願いします。」
彼がお辞儀したとき、ボールがたくさん飛んできた。私は思わず、よけた。ほかのボールはみんなの体の中に吸い込まれるように、入っていった。
なに? 今の?
「柏木どうした?」
先生に聞かれた。
「いえ、何でもありません。」
私は答えた。目の錯覚だったのかな?
「柏木、君の席の後ろが空いてるから、そこに田中君を座らせて。…田中君あそこだ。」
田中君が歩いて、私の後ろに座った。みんなひそひそ話しをしている。転校生で、男の子だから珍しがっているのだろう。と、私は思った。
2
「田中君って、かっこいいね。」
休み時間に百合が言い出した。私の後ろにはみんなが田中君に話しかけていた。田中君って美男子でもないし、勉強ができるのか、スポーツ万能なのかわからないのに、何で?
「そうかな」
私は百合になんていっていいか、わからなかった。
「君、柏木さん。どうして?」
田中君がびっくりしたように、私に言う。
「そうよ、柏木さん。なぜ、田中君の良さがわからないの?」
クラスで一番色っぽい坂田さんが言った。
「ま、いいわ。ライバルは少ないほうが、いいしね」
「ライバルって?」
私が坂田さんに聞き返す。
「もちろん、恋のライバルよ」
? 私はびっくりした。坂田さんって、彼氏がいるはずじゃなかったけ?
「坂田さんには素敵な彼がいるじゃない。」
百合が大声をだす。田中君を囲んでいたみんなも「そうよ。そうよ」とうなずいた。
「君、彼氏いるの?」
田中君が坂田さんに聞いた。それから、坂田さんの方へ手をかざしたら、朝見たボールが坂田さんから出てきた! 田中君はボールをポケットへしまった。
「いるわよ。年上の彼が…。」
坂田さんがそう言うと、田中君から離れていった。
「田中君、今のボール何?」
私は思わず聞いた。田中君は驚いた顔した。
百合が私の肩をたたく。
「何を言っているの。ボールなんて、体育の授業の時にしか使わないじゃない。今、ここにあるわけないでしょ。」
百合が言った。
見間違い? いや、確かに私はボールを見た。
坂田さん以外の他の子はまだ、田中君を取り囲んで、話をしている。
「恵梨、どうしたの。考え込んじゃって?」
百合が心配そうに、言ってきた。
「あ、聞いた? 田中君ってテニス部に入るって。…恵梨、私たちと同じ部よ。」
百合がうれしそうに叫んだ。
私の心配してたわけじゃないんだ…。しっかり、みんなの話しを聞いてたわけね。
3
昼休み。私は田中君に学校の屋上に呼び出された。クラスのみんなはきつい目で、私を見た。どうもみんな、彼に夢中のよう。私としても例のボールの件で田中君に話があった。
「学校にはなれた?」
私がまず聞いた。
「ああ、トイレが職員室近くしかなくて、…後は工事中だもんな」
男子トイレのことね。
「柏木さんって何者なんだ?」
……?
「これ、見えるんだろ?」
彼がポケットからボールを出す。
「そうよ。これ、何なの?」
ボールを田中君から取ったが、嫌な気がして、すぐに返した。
……
「いや、なんでもない。」
少し間を置いて、田中君はボールをしまった。
「それより、坂田さんみたいに彼氏がいる子知っている?」
私は何でそんなことを聞くのだろうと思ったが、知っている範囲の5人の子の名前を挙げた。
「ありがとう」
そう言うと、田中君は屋上から去っていった。
彼こそ、何者なんだろう。女子高に転校して来るなんて。
4
次の日、私の知っている5人は田中君のそばには来なくなった。あのボールはもしかしたら、惚れ薬かもしれないと、私は思った。私は一晩考えた結果、田中君は何らかの理由で、彼女を探しているのだと思った。
それなら、わざわざ女子高に来たのにも納得できるし、転校したての田中君が、百合とかみんなにちやほやされているのにも納得できる。ただ、私にだけボールが見えたのはなぜだろう。田中君も不思議そうにしていたし…。
考えながら学校の授業を受けていると、百合から手紙が回ってきた。手紙には「田中君は斉藤さんと付き合うことになったから、みんなは手を引くように」と書かれてあった。斉藤さんはおとなしくてあまり目立たないほうの子だった。
私は隣の席の子に手紙を回した。
5
斉藤さんと田中君が付き合うようになっても、田中君の人気はおさまらなかった。しばらくすると、斉藤さんをいじめだす子が出てきた。
私はなぜか田中君にまた呼ばれた。
「なぜ、斉藤さんにいじわるをするのだろう?」
田中君が私に聞く。
「そりゃ、みんな田中君のことが好きで、うらやましいからでしょ」
「え?」
田中君はポケットから例のボールを出した。
「これ、もう取り消したはずなんだけれど、…故障したかな?」
は?
「だいたいそのボールなによ?」
「この星では惚れ薬とでもいうものかな。…柏木さんって不思議な力を持っているみたいだから話そう」
不思議な力なんて持ってないと思うけれど、このボールは他の子には見えてないみたいだし…。
「ぼくはね、宇宙の星からやってきたんだ。任務は花嫁を探すこと。僕の星は何かの影響で、女の子の出生率が極端に少ないんだ。」
「なにそれ、SF小説?」
「…信じてもらえないか。じゃ、僕の家に来るといい。UFOもあるから」
なに?なに?
「じゃ、行くよ」
田中君はポケットから、大きなボールを出した。人が入れるくらいの大きさの!
「なにそれ、よくポケットに入るわね!」
田中君は何も言わずにボールの中に入って行って、手招きをした。私は何がなんだかわからなかったけれど、とりあえずボールの中に入ってみた。すると、飛行機でもないのに空を飛び、田中君の家?まで、すぐについてしまった。
私はボーゼンとしたが、今ので田中君が普通の人ではないことがわかった。彼が言った宇宙人っていうのは、信じがたいが、そうなのかもしれないとも思った。
「さ、中にどうぞ」
田中君は鍵を開けて、入っていった。
「ちょっと待ってよ」
私は思わず、大きな声をだした。
男の子の家に入るなんて、小学生のときぐらいだし、宇宙人らしき人の家に入るなんて抵抗がある。ただ、田中君になんて、説明しよう。
「どうしたんだ?」
田中君が玄関から顔を出す。
「いきなり、人の家に入るのは、ちょっと…」
「斉藤さんも同じことを言ってたな…。この星のルールはよくわかんないや」
………。
「じゃ、ちょっと待って」
田中君は家に入った。そして、だいぶ(5分くらいかな)待たされて、ビデオカメラをもって出てきた。
それから、ポケットから大きなボールを出した。
「この中で、話しをしよう」
田中君はボールの中に入っていく。私もボールの中に入った。田中君はビデオを私に見せてくれた。そこには地球が映っていた。
「僕が、宇宙船から、撮影したものさ。僕の星だよ」
「て、これ地球でしょ」
「いや。違うよ」
ビデオは、アニメや映画でやるワープのような映像が出る。それから、理科の教科書で見た月がでてきて、また地球が映った。
「これが、君たちの星」
特撮映画にしてはリアルで、私は何も言えなかった。
「信じてもらえた?」
田中君は真剣な目で私を見た。
「…う・ん」
何とか答えた。
「花嫁を探してるって言ったわよね? 斉藤さんを花嫁にするつもり? あの星へ連れて行くの?」
私は質問した。
「そんな、いっぺんに質問されても困るんだけど。…斉藤さんを選んだのは、女ばかり4人姉妹の末っ子だからさ。柏木さん、君のところも姉妹だから考えたんだけど、2人より4人の方が女の赤ちゃんが、産まれる可能性が高いだろ」
「確かに家は女系家系で、親戚中もほとんど女姉妹だけど…」
「ほんとかい?」
今度は田中君が大声を出した。
それにしても斉藤さんて姉妹が多いんだ。
「じゃ、君が僕の花嫁になってくれないかな?」
は?
6
次の日、斉藤さんは学校に来なかった。そして、田中君は{私とつきあう}とみんなに言い出した。{斉藤さんとのつきあいはやめた}とも言った。
百合が私に話しかけてきた。
「恵梨は田中君のこと好きだったけ?」
怒ったように言っている。
「私はなんとも思ってないから、つきあわないわよ」
田中君、勝手に変なこと言いふらさないで。
「本当? そうよね。恵梨は田中君に興味ないよね」
百合が笑った。
「僕はつきあうつもりだよ」
田中君が大声で言う。
「花嫁にして、女の子を産んでもらうんだ」
田中君がそう言うと、教室にどよめきがおきた。
「勝手なこと言わないで!」
私はずかずかと田中君のそばに行った。田中君のことをにらむ。
「あなたは女の赤ちゃんが欲しいだけでしょ。百合だって女の子を産むかもしれないじゃない。斉藤さんだってかわいそうよ」
「木村さんってお兄ちゃんとふたりだし……」
え! そんなこと知らない。百合って女の子を産めない?
「私、女の子を産むまでがんばるわ。だから、私とつきあって」
百合が言うと、他の女生徒達も{わたしも…}とか口々に言っている。それにしても、田中君ってクラスの子の家族のことなんで知っているのかしら……。
「だめだよ。確実に女の子が欲しいんだ。それに僕は柏木さんが好きなんだ」
急に田中君が私の肩を抱いてきた。
「えー!」
教室に叫び声がこだまする。私は田中君の足をおもいっきりふんずける。
「私はつきあわないから!」
大声で言って、教室を出ようとすると、先生にばったり会った。
「どうした?」
「あの、気分が悪くて…」
私はごまかした。
「じゃ、保健室に行ってこい」
先生にそう言われて、私は保健室に向かった。
7
私は結局熱が出ていて、早退する事になった。お母さんが迎えに来るのを断った。
「自分で、帰ります」
そう担任の先生に言うと、かばんを持って、学校を出た。すると、斉藤さんにばったり会った。斉藤さんは小声で、
「おはよう」
と言った。私も
「おはよう、どうしたの?」
と言った。田中君にふられたのによく学校これたな。斉藤さんは偉いな。
「……田中君って、宇宙人なんだって。あなたもつきあうなら、気をつけたほうがいいよ…」
ぼそぼそと、斉藤さんが言う。
「……」
「驚かないんだ?」
私はうなずいた。とたんに斉藤さんが泣き出した。
「じゃ、もうエッチしたのねー」
うずくまって、ないている。
? エッチしたって、何で?
「そんなこと、してないわよ。」
斉藤さんの耳には入ってないみたいに、えんえんと泣いている。
「落ち着いて、斉藤さん」
私が斉藤さんの肩に触ると、斉藤さんの体から、例のボールが出てきた。私は蚊を捕るようにバンとわった。斉藤さんが、急に泣き止んだ。
「私、みたのよ」
斉藤さんが言う。
「何を?」
「モノがふたつあるのを…」
「モノって?」
私が聞くと、斉藤さんは顔を赤くした。そして、小声で、
「おちんちん……」
と言った。
「えー」
私は驚いて、大声を出した。
「だから、……つきあわないほうがいい…よ」
そう言うと、斉藤さんは学校へ早足で入っていった。
田中君と斉藤さんはそこまでいってたんだ…。私はなんともいえない気持ちで、家へ向かった。
8
次の日も熱が出て、私は学校に行けなかった。病院では風邪といわれた。でも、ここのところ、いろんなことがあって熱が出たような気がする。
夕方、チャイムがなった。パートを休んでくれたお母さんがでた。
「はい、どなた?」
「田中といいます。柏木さんの見舞いに来ました」
え? 田中君? 今、会いたくないんだけど…。
「あら、男の方? …あ、転校生ね」
「はい」
「恵梨は熱があるんで…」
お母さんは抵抗があるようだった。
「じゃ、これ学校からのプリントです」
田中君はお母さんに封筒を渡した。
「ありがとう。恵梨に渡しておくわ」
田中君は帰っていった。お母さんが私の部屋に封筒を持ってきた。
「はい、恵梨、学校からだって」
「うん」
私は封筒を開け、プリントを見た。田中君からの手紙も入っていた。
「さっきの転校生って、変ね」
お母さんが言う。
「宇宙人じゃないかしら?」
?
お母さん、どうしてわかるの?
「…まさかね。あなた、あまりかかわらないほうがいいわ。…お母さんの子だから…」
そう言うと、部屋を出ようとした。私は、
「そうなの、田中君は宇宙人なの!」
誰かに言いたくても、言えないでいたことが、口から出た。お母さんなら話してもいいと思った。そして、田中君がどういう事情で、地球にいるのかを、説明した。お母さんは黙って、聞いていた。
「ふーん。……そこまで事情を知っているなんて、やっぱりお母さんの子ね」
「信じてくれるの?」
「お母さんもね、その田中君の言う不思議な力、カンっていうか、持っているのよ。あなたが見えて、他の人が見えないボールは、お母さんも見えたと思うわ」
ESP?
「そんな、テレビに出てくるような人たちみたいな力じゃないわ」
お母さんは、テストの山が当たるとか、その程度のもんだ。と説明した。そういえば、私もそんなことあるわ。お母さんは急に険しい顔になった。
「その田中君の星って、本当に深刻な問題をかかえているわね。……事情を知っているあなたが、花嫁に選ばれているのね」
何でわかるの?
「私は花嫁になんか、まだならない。地球にいるわ」
「そう。でも……」
お母さんは言いかけて、口をつぐんだ。
「でもって、何?」
「ううん、なんでもないわ」
ちょっと、気になるな。
「熱が下がったら、宿題をやりなさい。…そのプリントは宿題でしょ」
お母さんの言うとうり、宿題もあった。お母さんは部屋を出て行った。
9
田中君からの手紙はこうだった。
君には本当に驚かされる。斉藤さんが僕のことを、なんとも思わなくなったようだ。柏木さんが、何かしたんだろう?
そんな柏木さんが僕は本当に好きだ。
最後の文は読まなかったことにしたい。
斉藤さんに何かしたって? あ、斉藤さんの肩に触れたら、ボールが出てきて、バンとわったっけ。惚れ薬が、あれで壊れたのかな。じゃ、他のみんなの肩も触って、ボールが出てきたら、わればいいんだ。私はそう考えると、明日は学校へ行けるよう、宿題にとりかかった。
10
次の日、私は熱が下がり、学校へ行くとみんなの肩をかたぱっしから、触った。思ったとうり、ボールが出てきて、私はバンバンわっていった。すると、田中君の人気は、下がっていった。百合のボールもわったが、百合の態度は変わらなかった。百合は本当に田中君のことが好きらしい。
「百合、何で田中君が好きなの?」
私は聞いてみた。
「テニスやっているところかっこいいし、それに私も彼氏が欲しいんだもの」
そっか。彼氏が欲しいんだ。私は田中君のところに行った。
「私は田中君のことなんとも思ってないから、百合とつきあってあげて」
大きな声でそう言った。田中君はしばらく間をあけて
「分かった。そうする」
と言った。
「恵梨、ありがとう」
百合が私に抱きついてきた。
「よかったね」
私は百合の肩をポンポンたたいた。
「うん。うれしい」
百合は、ほろりと涙ぐんだ。…うれしそうにしている百合を見て、ちょっと複雑な気持ちになった。だって、田中君は女の赤ちゃんが欲しいんだもの。百合が産めなかったら、どうなるんだろうと考えた。それに、宇宙人だから、百合を自分の星へ連れて行くのだろうし…。百合はなれない環境で、やっていけるのかな?
11
一週間ぐらい百合と田中君はつきあい、別れてしまった。百合の言い分だと、
「田中君はおかしなことばかり言うのよ。{自分は宇宙から来た}とか{女の子を産むまで、子育てをがんばれるのか}って、あたし、子供は一人っ子がいいって言ったら、怒るし、もうわけわかんないわ」
ということ。
「恵梨のところだって、お姉ちゃんいるから、兄弟の大変さって、わかるでしょ? …家のお兄ちゃんとは意見が合わなくて、あたしはしょっちゅうけんかしているもの」
百合は前に女の子産むまでがんばるっていったはずだけど…。私がボールをわって忘れたのかな?
「田中君の言っている事は本当のことよ。…ほら、田中君が転校して来た日、百合とUFO見たでしょ。あれに乗ってきたのよ。彼の星は女の子の出生率がひどく少なくて、女の子を産める花嫁を探しにきたのよ」
私は田中君が以前に言ったとうりに、百合に説明した。
「くわしいのね。…やっぱり、恵梨が田中君を助けてあげれるんじゃない?」
「私だけ、みんなみたいにならなかったから、田中君に聞かれたから、知っているだけよ」
「そうじゃなくて、花嫁を連れて帰らないと、田中君の星で罰をうけるそうよ」
うそ。
「え? どんな罰?」
「知らない。田中君に聞いてみれば?」
そう言うと、百合は私のそばから、離れていった。
罰か…。
私が田中君の人気を、なくしちゃったから、ちょっと責任感じちゃうな。
私は田中君の所に行った。
「百合から、聞いたんだけど、罰をうけるって、本当?」
「本当だよ」
なんだか、田中君は怒っているみたい。ぶっきらぼうに答えた。
「…もしかして、怒ってる?」
「…当たり前だろ。…ぼくは君にふられたんだ。怒らないわけないだろ」
そうね。
「ごめんなさい」
私は謝った。みんなのボールをわったのだって、田中君にとっては、都合の悪いことだったはずだし、私は彼にとって、悪いことしたんだ。
「…もう、そんなに時間がないんだ…」
田中君がつぶやいた。
「早く、花嫁を探さないと…。期限がきちゃう…」
…………
「私が花嫁になるわ」
小さい声で言った。
「は? …本当に?」
田中君はうれしそうに、私の目を見た。私は顔が赤くなった。
「うん」
私はうなずいて、下を向いた。
「やった! 柏木さん、ありがとう。ぼく、君を大切にするよ」
田中君は子供みたいに喜んでいる。
12
私は家に帰ると、お母さんに今日のことを説明した。
「…やっぱりね」
お母さんが言った。
「そうなるような予感がしたのよ。…恵梨、あなたは二人は女の子を産めそうよ。三人目は…男の子かもね。…あなたは、責任感から花嫁になるって言ってたけど、それは違う。あなたは、田中君を愛しちゃったのよ。…だから、環境の違う星の花嫁になろうと思った。そうでしょ?」
………
お母さんに言われたことは自分でもよくわからなかった。
「今はわからないか…。でも、そのうちわかるときがくるわ。…恵梨を生んだとき、この子は遠くにお嫁に行くと感じたけど、まさか宇宙とはね…。…さびしくなるけれど、あなたなら、りっぱに役目を果たすと思うわ」
私は泣き出してしまった。
「お母さん」
お母さんに抱きついた。
「田中君が{君の気が変わらないうちに}って。だから、今夜、出発するの」
「そう」
「…おどろかないの?」
「予感よ。予感。……そんな予感がしてたわ」
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。きっと、田中君だ。
「ほら、お迎えでしょ? 着替えてきなさい」
お母さんに言われ、私は自分の部屋に行き、着替えをした。それから荷物をまとめて、リビングに下りてきた。田中君はタキシードを着て、たくさんのバラを抱えて、座っていた。その姿に、私は思わず笑った。
「恵梨にプレゼントですって」
お母さんもくすくす笑っている。
「恵梨さんをぼくにください。きっと、幸せにします」
田中君は大真面目に言った。
「…わかりました」
お父さんに説明しなくていいの?
「恵梨、お父さんは田中君がポケットに忍ばしているボールで、あなたのことを忘れちゃうわ」
え?
「田中君、私にはきかないわよ。だから、たまに恵梨と会わせてね」
お母さんが言う。
「…さすが、柏木さんのお母さん、…じゃ…」
田中君はポケットからボールを出すと、家の外に出た。私もあわててついていく。田中君はボールを空に向かって投げた。ボールは、上空まで行くと、分散しあっちこっちに飛んでいった。
「今のは?」
私は田中君に聞いた。
「忘れるボール。みんな、君の事を忘れちゃうんだ。…そうすれば、安心だろ」
私が行方不明者にならないため?
しばらくして、大学生のお姉ちゃんが帰ってきた。
「お姉ちゃん、おかえり」
「あなた、だれ?」
お姉ちゃんが言う。
「恵梨だよ。妹の…」
私が言った。
「私は妹なんていないわよ」
そう言って、家に入っていった。入れ替わりに、お母さんが出てくる。
「恵梨、元気でね。…幸せになるのよ」
そういいながら、私の荷物を持ってきてくれた。
「田中君、恵梨をよろしくね」
田中君は深くうなづいた。それから、私にバラの花束をわたして、かわりに私の荷物を持った。こんなにたくさんのバラをもらったのは、初めてだ。ちょっと、うれしい。
「ありがとう」
私はお礼を言った。家の中からお姉ちゃんの声が
「お母さん、おなかすいた」
とひびいてきた。お母さんは、家に入っていった。田中君はポケットから、大きなボールを出し、その中に入った。私もつづけてはいった。
そして、私は地球をあとにした。