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<4> 邪王の正体 1


 地下牢で何者かに襲われていた劉秀。短刀を握る細い腕を掴み、腹のあたりを強く蹴りこむ。


「……がはぁっ」


 うずくまり、うめき声をあげる黒衣の人物。劉秀はその布をはぎ取ろうとするが、するりと身をかわされて、そのまま相手は暗闇の中に姿を消した。


「魅音! 無事か? 春依様は!?」

「公主様……劉秀、アンタ、何言って……」


 振り返ると、そこに春依の姿はなかった。先ほどまで一緒にいたはずなのに……あれは自分の幻覚だったのか。劉秀は戸惑いながらも、魅音が閉じ込められている牢の錠を壊し始める。何度も強引に揺さぶり、拳で殴りつけてようやっと錠は壊れた。牢を開けると、魅音がすぐさま劉秀の胸のあたりに飛び込んでくる。劉秀はそれを受け止め……肩を掴み、すぐに自分から引き離した。


「……すまない」


 劉秀はそのまま地面に座り、額を押し付けるように勢いよく頭を下げた。


「劉秀……知っていたの? 自分の家が何をしていたのか……私は、少し前にアンタの兄貴に教えられてこんなところに押し込まれたけど、もしかしてアンタも……」

「知ったのは先ほどだ。だから俺は皇帝陛下の宝を盗み出して売りさばくなんてことに加担なんてしていない! それは本当だ……」


 信じてほしいなんて甘えたこと、言えるはずもない。頭を下げるだけですべてが許されるなんて思っていない。


「すべては皇帝陛下に委ねる。俺がどんな罪に裁かれるかも、陛下次第だ。でも、きっともう魅音と会うことはないだろう……それで、どうか俺のことを許してほしい。本当に魅音には申し訳ないことをした、俺は償わなければいけないんだ……お前に対して」

「この腑抜けの大馬鹿! なによ、それ!」


 魅音は声を張り上げた。劉秀は唇を噛む。ここに残るのは危険すぎる。まずは魅音を安全な場所まで連れて行って、また王宮に戻って、それから……と考えを巡らしていると、襟のあたりをグッと強く引っ張りあげられた。顔を上げると、今にも泣きそうな魅音と目があう。


「私は絶対に許さないから! そんなこと……」


 そうだろう、と劉秀は微笑んだ。そうだ、すべての憎悪を自分にぶつけてほしい。しかし、彼女が今『許さない』と言っているのは沈家の悪行ではない。――劉秀の身勝手だ。


「私に申し訳ないっていうなら、償うっていうなら! 手伝いなさいよ、万家の復興を! 私のすぐそばで!」


 劉秀は唇を噛む。


「何も知らなかった者への罪は軽くしてほしいって、私から皇帝陛下にお願いする。だかその代わりに、アンタは私にその身を一生捧げなさい! この万家総領娘・万魅音に!」


 天龍の首飾りを取り戻して、その汚名もすすぐことさえできたら、次に待っているのは万家を再び盛り立てること。芸事の万家という名を取り戻して、名声と共にその名をこの国中に知らしめること。そして、100年後も200年後も、ずっと永遠にそれを残すこと。やるべきことはいっぱいある。魅音一人の手では到底足りないのだ。


「返事は!」


 劉秀がなかなか返事をしようとしないので、魅音は堪らずその頼りない頭頂部を殴りつける。


「痛い! 何するんだ、お前!」

「あら? そんな口をきいていいのかしら? 今日からお前の主は私よ?」


 微笑み、劉秀に向かって手を差し伸べる魅音。その小さな手だけで、彼女の目標は果たすことができるだろうか? きっと幾多の困難が待ち受けるに違いない。もし許されるならば、彼女が許してくれるのであれば……自分はその盾になりたい。劉秀はその手を取る。満面の笑みに変わる魅音。今度こそ、と彼の胸に飛び込んだ。劉秀はおずおずと、彼女の背中に手を回そうとするが……。


「いや、こんなことをしている場合ではない! 春依公主様を探さなければ! ここは危険だ!」

「また変なこと言っている。ここに入ってきたのはアンタ一人だったのよ?」


 魅音は春依の姿を見た覚えもない。二人は外へ出るための階段を昇りながら言い合いを続ける。


「でも、春依様には、ここに太子様の薬があると言われてきたんだ! 間違いない!」

「ここは後宮の中よ? アンタみたいな不審な男、すぐにつまみ出されるに決まってる!」


 言い返そうとしたとき、劉秀の足の先に何かが触れた。シャラン、と涼しげな音が聞こえる。二人は足もとに灯りをかざす。そこにあったのは金色のかんざし。


「これは春依様のかんざしね」


 そのかんざしを見て、ようやっと魅音も劉秀のことを信じたようだ。しかし、かんざしだけが残りその姿はかけらすらない。二人は外に出る、春依を探すよりも先に皇帝に告発するべきかと迷っていた劉秀は、ピタッと足を止めた。


「ちょっと、なに?」


 彼の背中に鼻先をぶつける魅音。劉秀に文句を言おうとしたけれど、彼は空を見つめ、大きく目を丸めている。何があったのか、と魅音も空を見上げた。


「……なによ、これは」


 空には真っ暗な夜空よりも真黒な雲が立ち込めている。王宮を中心として、どんどんと四方八方に広がっていく禍々しい雲。


「……邪王が復活するとでもいうの?」


 ハッと魅音の横顔を見る劉秀。先ほどから、得体のしれない恐怖が足元から伝ってきているような気がする。魅音は縋るように劉秀の手を握った。


「頼んだぞ、朱亜」


 彼は同じく得体のしれない【100年後からやってきた邪王を討つ者】に願う。どうかこの闇を打ち消して、明るい未来をもたらしてほしい、と。


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