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2 帰り道

 その夜、王城からの帰り道。


 私は暗い夜道を馬車に揺られながら、舞踏会での出来事を何度も思い返してニヤニヤしていた。思い出し笑いが止まらない。


 馬車に乗っているのは、私一人。


 レオナルド王子は私を屋敷まで送ってくれるはずだったけど、急遽、国王に呼び出されてしまった。王城の馬車乗り場まで来てくれてたけど、大至急で! と侍従がわざわざ呼びにきたので仕方ない。そうだ。私が新しい婚約者になったってこと、すぐに報告できるからちょうどいいわね。


 それに一人きりの馬車なら、思う存分、今夜の舞踏会を思い出して楽しめる。

 


 婚約破棄は大成功だった。

 いつもお高く止まっていたカタリーナの鼻は、みる影もなくポッキリ折れて惨めなものだったわ。


 それに私を見る大勢の令嬢たちのうらやましそうな顔ったら。

 みんな私に「おめでとう」って祝福の言葉を言いながら、ずるい、うらやましい、妬ましいって顔に書いてあるの。

 もう最っ高だった。


 それにしても、あんな大勢の前で泣き崩れたカタリーナったら。

 目も当てられないみっともなさだったわ。完全に私の勝ち。


 でも、予想外だったのは第二王子のアラン様が彼女を支えて退出していったことね。あれは面白くなかったな。

 堅物の第二王子は、カタリーナみたいにお堅い女が好みなのかしら。まあ、私の本命は第一王子のレオナルド様だから、別に今はいいけど。でも万が一、カタリーナが第二王子にもらわれちゃったりしたら、私の計画が台無し。


 今度はアラン様の方にもアプローチしなくっちゃ。ちょっと無愛想で強面だけど、ああいう人は距離を詰めてふところに入っちゃえばこっちのものだし。カタリーナには側妃として、私の下で王家の雑務をしっかりやってもらわないとね。それにまたカタリーナから男を奪ってやったら、女としての上下関係は決定的なモノになるもの。うふふふっ、楽しみになってきちゃった。



 ガラガラガラガラ、ガタン、ガタン、



 ……それにしても道が悪いのか、ずいぶん馬車の揺れがひどくて、車輪の音もとてもうるさい。

 揺れるたびに体が浮いちゃうから、何度もお尻が硬い椅子にぶつかって痛くなってきた。


 浮かれた気分に水をさされるような揺れのひどさに、私はちょっとイライラしてきた。

 王城御用達の馬車にしては、ずいぶん乗り心地が悪いわね……


 そういえば、乗り込んだ時は気付かなかったけど、レオナルド王子が寄越してくれた行きの馬車よりなんだか小さいし、内装も結構古びている……お城の馬車、こんなだっけ?


 車内にかけられたカンテラも、よく見れば錆だらけで光は弱いし、ガラスはひび割れているみたいだし……



 ガラガラガラガラ、ガタン、ガタンッ、ガタ、ガタン



 作りの雑そうなカンテラが、カチャカチャと音を立ててゆらゆらと揺れるたび、影も大きくゆらめいてなんだか気味が悪い。


 それに、お城を出てから随分と時間が経っている。

 男爵家は決して城から近い屋敷ではないけれど、こんなに時間はかからなかったはず。馬車の速度は遅くないし……ううん、むしろ速すぎない?


 私は、馬車の窓にかかっているカーテンを少しひいて外を見た。


 外は、街灯も家の灯りひとつもなく、真っ暗の闇が広がっている。馬車の先頭につけているカンテラの灯が届く範囲の景色だけが、飛ぶように過ぎていった。


 でも。

 それでもはっきりとわかった。



 ――行きと、道が、違っている。



 ドクッ、と心臓が嫌な音を立てる。



 というか、全く知らない道じゃない?

 そもそも道と言っていいのかわからない。

 真っ暗な森の中だわ。うっすら霧が出ているのか、湿っぽい感じもする。

 急にあたりがひんやりしてきて、体中に鳥肌が立つ。



 ――なに、ここ……どこなの?



 思わず窓を開け、身を乗り出して御者を怒鳴りつける。


「ちょっと! 全然道が違うじゃない! あなたどこを走っているの?」


 御者はスピードを落とさずに、首だけグルンと後ろに向けた。

 夜だというのに、妙につばの広い帽子をかぶっている。

 馬車の先頭につけられたカンテラが逆光になって、顔は真っ暗な影。



「帰り道、でございますよ」



 随分歳をとった、かすれた老人の声だった。低く、感情のない声。


 姿ははっきり見えない。

 カンテラの光を背負って、小柄で背中が醜く曲がった影がゆらめいている。

 城で馬車に乗り込んだ時、御者はこんな男だったかしら……


「帰り道って、私、こんな場所知らな……っ」


 ガタンッ、ガタンッッ


 また馬車が大きく揺れて、私は舌を噛みそうになった。

 御者は平坦な声で言う。馬車を走らせ続け、ずっとこっちを向いたまま。


「ご存知だと思います。モールテッドの古森、でございますよ」

「モールテッドですって……!?」



 帰り道なんかじゃない。

 通り道ですらない。


 それどころかモールテッドの古森といえば、呪いや死霊の溜まり場として多くの昔話に語られている場所……


 全身に冷や水を浴びせられたように、寒気が走る。


 それは幼い頃、メイドたちがこっそり教えてくれた幽霊話によく出てきた場所だった。


 モールテッドの古森には、呪いや死霊が集まっている。非業の死を遂げた王女様に、深い呪いを溜めた魔術師の亡霊や、血まみれの狂戦士の骸骨がさまよう闇の土地……近づいてはいけない不吉な古い森。


「モールテッドの捨て子にするよ」とは、悪さをした子供を罰する決まり文句で、私も何度も脅されてはその度に泣いて謝った。



 それが、モールテッドの古森。



 私が窓から身を乗り出したまま言葉を失っていると、


 ガタッ、ガタンッ


「きゃっ」


 馬車がまた大きく揺れ、私は体勢を崩しそうになった。御者は変わらず感情のない声で言う。


「危ないですから、窓から顔、出さんでください……おや」


 御者は何かに気づいたようで、急にスピードをゆるめた。


「少し行ったら、止めます」



 もう訳がわからない。真っ暗な森の中で止めるって、一体どういうつもりなのよ……。

 文句を言おうとして御者の方をにらみつけ、私は言葉と悲鳴を飲み込んだ。



 ――なに、あれ……



 ふと移した視線の先、馬車の進行方向の奥の方。

 暗闇の続く森の中で、ボウッと佇む白い影。


 馬車は並み足になって、ゆっくりとその白い何かに近づいていく。



 ――まさか、人……?



 馬車はゆっくりと近づいていく。



 ――ううん、なにか布とか見間違って……違う、やっぱりあれは人だわ……白い、ドレスを着た女の、人…………



 どう考えても真夜中の森の中に、一人で立っているドレス姿の女なんておかしい。

 鼓動がさらにドクドクと速くなる。恐怖で喉が詰まって、息がしづらくなっていく。


 馬車はゆっくりゆっくり、白いドレスの女に近づいていく。


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