1 婚約破棄パーティー
婚約破棄をさせた方、エヴィータ視点です。2話目以降、ホラー展開になります。
「カタリーナ・シャンデル! お前との婚約を破棄する!!」
王城の大広間に響き渡るレオナルド王子の声。
大勢の人がいっせいに私たちを見る。
いよいよ、始まったわ!
期待と高揚感でゾクゾクする。
私はレオナルド王子の腕をしっかりつかみ、可憐にぴたりと寄り添った。
そうそう、ちょっと不安そうな表情も忘れないように。
私は、エヴィータ・ヴァランシー。片田舎の男爵令嬢。
ピンクブロンドのふわふわの髪をなびかせて、ちょっと幼い無邪気な顔立ちに、パッチリとした大きな栗色の瞳。美人というより可愛い系。
ギリギリ爵位のある男爵令嬢だけど、暮らしはほぼ平民みたいなもの。貧乏暮らしも田舎暮らしももううんざり。王家の子女も通う王立学園に入って、玉の輿に乗ってやるって決めていた。
今夜は、その王立学園の卒業パーティーの舞踏会。特別に王城の大広間で開催される盛大な恒例行事。
私にとっても学園生活集大成の大舞台!
だって今夜は第一王子のレオナルド様が、私との婚約を発表するんだもの。
目の前では自分の名前を呼びつけられた王子の元婚約者、カタリーナ・シャンデル伯爵令嬢が呆然と突っ立っている。
いつものお高く止まった顔がみるみる青ざめていく。
ふふっ、うふふふっ、いい気味だわ。
なにしろ自分の婚約者が、別の女を連れて登場した上に、婚約破棄を宣言してるんだもの。
さすがに鉄面皮の伯爵令嬢様も、顔色変えるのね。
私はじっくり彼女の衣装を観察する。本当にきらびやかでうらやましい。
カタリーナの今夜の装いは、とっても上品な美しい赤いドレス。身分の高いものだけに許される、主役の色。そこに施された刺繍や身につけたアクセサリーは、レオナルド王子の髪色に合わせた金が基調の豪華なもの。
さすが本っ当に完璧で、とっても滑稽ね。
そんなにキチンと準備したところで、レオナルド王子にエスコートされて登場したのは私だったもの。
ちなみに私は、淡い水色の控えめなドレス。今夜は純情可憐な印象の方がいいから、まあいいけど。本当は私も豪華で真っ赤なドレスとか着たいのよ。でも、それは正式に結婚するまでの我慢、我慢。王妃になったらめちゃくちゃ贅沢してやるんだから!
「そして、新たな婚約者は私の隣に立つ、エヴィータ・ヴァランシー嬢とする!」
レオナルド王子が高らかに宣言し、大広間にざわめきが広がっていく。
みんな驚いて私を見ているわ。
ああっ、なんて最高の気分かしら!
「レオ様っ……!」
私はここぞとばかり、感激した顔で隣の王子様をすかさず見上げた。
レオナルド王子は「どうだ!」と得意そうな顔をして、私にウィンクして見せる。ほんと、単純。
この人、顔がいいから何でも許せちゃうけど、あんまり頭は良くないのよね。ま、私の言いなりだからちょうどいいわ。
二人の世界を作り出した私たちを見て、青ざめていたカタリーナの頬に、一瞬サッと朱色が差した。
ああ、本当にいい気味!
彼女が怒りを露わにするのは初めて見たわ。
いつもの綺麗な顔がみるみる歪んでいく。
あらら、泣いちゃう?
私がどんなにレオナルド王子と仲良くして見せたって、全然気にしてません、って澄ましていたのにね。眼中にもないって見下していた相手に、自分の立場を奪われた気分はどうかしら?
「殿下……、理由……理由をお聞かせいただけますか?」
あはっ、カタリーナったら、冷静ぶっているけど声が震えてる。
あらやだ、笑ってしまいそうなのを堪えるのって大変。私も怯えたふりして震えとこ。
私はここぞとばかり、レオナルド王子にしがみつく。
そんな私をいじらしいと思ったのか、レオナルド王子は私を見て微笑んでくる。
なんて頼もしい……って顔でウルウル見上げると、レオナルド王子はさらに機嫌を良くして、鼻の穴を膨らませ、カタリーナに向かって厳しく言い募る。
「理由だと? この後に及んで白々しい。お前が隠れてエヴィータ嬢を虐げていたことはわかっている! 姑息で心根の腐った者が、未来の王妃などとんでもない」
「殿下! 何か、誤解です! 私はエヴィータ様を虐げてなど」
「黙れ! すべて本人から聞いている。他の者の証言もあるのだ。知らぬでは通らんぞ!」
「ですが」
「うるさいっ! 言い訳など聞きたくもない! この恥知らずが!」
まあ、誤解どころか、全部嘘だけど。
私の取り巻きの男たちにも噂を流してもらったり、レオナルド王子に嘘の告げ口させてきたんだもの。カタリーナ一人がここで弁解したところで全然意味ないわ。
カタリーナが実際にしたことと言ったら、私に色々と注意をしてきたくらいね。淑女たるもの、どうのこうのって。上から目線のおせっかい。本当にそういうところが大嫌い。
「だいたいお前はいつもそうだ。私の決めたことにすぐ口を出したり、賢しらなおせっかいばかりでうんざりだったんだ」
ほらね。カタリーナは男に嫌われるタイプなの。
「お前のような品格のない者など、辺境送りの追放処分にしてやるから覚悟しておけ!」
「ま、まさか、こんな謂れのないことで追放など……」
あらあら、カタリーナへの追加ダメージはいいけれど、それじゃ私のシナリオが狂っちゃう。
だって私は王妃の仕事なんて面倒なことやりたくないの。そもそもできないし。私の予定では、私が正妃で、カタリーナが側妃。実際の執務はぜーんぶカタリーナにやってもらわなきゃ。
私は気の毒そうな表情でカタリーナを見つめてから、潤んだ目で健気にレオナルド王子にこう言った。
「レオ様、そこまでしていただかなくても……大丈夫です。私は、カタリーナ様に謝ってもらえればそれで十分です! きっとカタリーナ様も反省されていると思いますから……」
「ああ、エヴィータ、君はなんて思いやりのある人なんだ……!」
「そんな、当然のことですわ」
見つめ合う私たち。
私はチラッとカタリーナを伺う。
信じられないといった愕然とした表情。いいわ。いいわね。
さあ、私が主役のパーティーは始まったばっかりよ。もっと楽しませてもらわなきゃ。