狡猾な天才令嬢と真っ直ぐな太陽令息
数日後。ラ・レーヌ学園の人気のない裏庭にて。ガゼボには3人の令嬢と3人の令息が集まっていた。全員不機嫌そうな表情である。
「何かさ、最近ナゼールの奴調子に乗ってるよな」
ダゴーベールはガゼボのテーブルを指でトントンと叩きまくっている。苛立ちを隠せていない。
「ナゼール殿の分際で僕達に口答えするなんて」
「本当に生意気ですよね」
ゴドフロアとジョリスも不快な表情をしている。
「あら、そちらもでございますのね。最近こちらもミラベル様の反抗的な態度に辟易しておりますの」
バスティエンヌは眉間に皺を寄せてため息をつく。不快感を露わにしている。
「算術の課題だって引き受けてくれなくなりましたわ」
「私の刺繍の課題だって」
苛立ちを隠さないマドロンとアベリア。
ダゴーベールは苛々しながら立ち上がる。
「あの二人さ、オレリアン殿とかラファエル殿とかさ、飛び級のサラ嬢と一緒にいることが増えてるけどさ、虎の威を借る狐かっつーの」
ダゴーベールは近くにあった石を蹴り飛ばした。
「……良いことを思い付きましたわ」
バスティエンヌがニヤリと口角を上げた。中々嫌な笑みである。
「バスティエンヌ様、何を思いついたのです?」
マドロンは興味津々な様子だ。
「ナゼール様は今技術室で何か機械を弄っておりますわ。それに、聞いたところミラベル様は植物研究室で香水を作っているとか。二人が手がけている機械や香水を壊したり盗んでしまいましょう」
バスティエンヌはクスッと笑う。
「バスティエンヌ嬢、名案ですね」
ゴドフロアがククッと笑う。
「流石バスティエンヌ様でございますわ。ナゼール様とミラベル様が愕然とする姿が目に浮かびますわ」
楽しそうに笑うアベリア。
「奴らはやっぱり僕達の下でないと」
ジョリスも乗り気である。
「そうだな。調子に乗った奴らを懲らしめるとするか」
ダゴーベールはニヤリと笑った。
しかし彼らはその会話を誰かが聞いていたことなど全く気付いていなかった。
「そうはさせませんわ」
サラは物陰からダゴーベール達を睨みつけている。アクアマリンの目は、絶対零度よりも冷たくなっていた。
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その日の放課後。
(ダゴーベール・ウスターシュ・ド・ペリニョン、ゴドフロア・アムラン・ド・ブロス、ジョリス・マンフロワ・ド・レーマリ、それからバスティエンヌ・ジネット・ド・ゴビノ、マドロン・オランプ・ド・ヴィルパン、アベリア・テロワーニュ・ド・モローグ……全員取るに足りない方々ね。いえ、ナルフェック王国の貴族としてはああいった方々は有害だわ。……今のうちに排除しておいた方が良いかもしれないわね)
サラは今日聞いたダゴーベール達の企みを阻止する為に色々と考えていた。
「サラ嬢?」
不意に声をかけられ、サラはハッとする。
「ラファエル様……」
「どうかしたの? 何か考え事?」
ラファエルは優しげな表情である。ペリドットの目は真っ直ぐサラを見ていた。
(……一人では難しいから、ラファエル様にも協力を頼みましょう)
サラはほんのり口角を上げる。
「ラファエル様、ナゼール様がもうすぐ改良を終える紡績機を別の部屋に運び出し、技術室にはダミーを置こうと思っているのでございます」
「え? どうしてそんなことを……?」
ラファエルは困惑気味に微笑んでいる。
「実は……」
サラはダゴーベールやバスティエンヌ達の企みをラファエルに話した。するとラファエルは怒りの表情を露わにする。
「それは許せないね。つまり、サラ嬢はナゼールの紡績機を守る為に僕に協力して欲しいということだね」
「左様でございますわ。ミラベル様の香水は私が預かっておりますので守ることが出来ますが、ナゼール様の紡績機は私一人では難しいのです」
「分かった。それについては協力するよ。ただ……サラ嬢は他にも考えていることがあるよね?」
ラファエルは少し困ったように微笑む。ペリドットの目は、真っ直ぐサラのアクアマリンの目を見据えている。
(……正直に話さなければ解放していただけなさそうね)
サラは苦笑した。
「ええ。このようなことを考える者達は、この国を害する存在でございますわ。ですので、これを機に排除することを試みております。恐らく彼らは技術室にあるダミーの紡績機を壊したり、植物研究室に保管してある瓶に入った香水を盗むなり割るなりするでしょう。ナゼール様やミラベル様がお持ちの技術や知識は国を発展させるものであり、現在国王陛下や王妃殿下が注目していらっしゃいます。本物は無事ですが、それぞれのダミーを壊すことで、あの者達は国の発展を目指す王家を邪魔したとも言えますわ。少し無理はございますが、後は私が色々と彼らの悪事を追加して王族妨害の罪を着せて追放すれば良いのでございますわ」
ここでサラは一呼吸置く。
「それに、ヴァンティエール侯爵領はペリニョン侯爵領と隣接しております。ペリニョン侯爵家の後継者は今のところダゴーベールでございますわ。あのような方がペリニョン侯爵家を継いだら碌なことが起こらないでしょう。ヴァンティエール侯爵領の民に被害が及ぶ前にダゴーベールと、ついでに他の者達も排除しておく必要がございますの」
サラの計画を聞いたラファエルは困ったように苦笑する。
「やっぱり……。サラ嬢、ナゼールやミラベル嬢を守る件には大賛成で協力したい。だけど、ダゴーベール達の追放には協力出来ない」
ラファエルは真っ直ぐサラを見ていた。
「確かに、彼らの態度には問題がある。でも僕は、どんな人にも更生の機会を与えるべきだって思っているよ。情状酌量の余地がない重罪人が処刑されるのは仕方がないとは思うけれどね」
ラファエルは最後苦笑する。
「それに、サラ嬢のやり方は他者の恨みを買ってしまうよ。恨みに支配された人間は、何をしでかすか分からない。それこそ、サラ嬢に復讐してくるかもしれない。僕は……サラ嬢が危険な目に遭うのは嫌だよ」
ラファエルのペリドットの目はどこまでも真っ直ぐで、サラの身を案じていた。
「……やはりラファエル様ならそう仰いますか」
サラはラファエルから目を逸らし、苦笑した。
(敵にも情けをかけ、私の心配をなさる……。少し甘さがあるけれど、ラファエル様の真っ直ぐさには……敵わないわね)
サラは軽くため息をついた。
「承知いたしましたわ。計画を変更いたしましょう」
諦めたように微笑むサラ。
「ありがとう、サラ嬢」
ラファエルは太陽のようにパアッと明るい笑みになった。
(ラファエル様は……私にとっては眩し過ぎるお方だわ)
サラは切なげにラファエルを見つめていた。
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一方、ダゴーベール達はナゼールが改良中の紡績機を壊そうとしたり、ミラベルが開発中の香水を盗もうとした。しかし、事前に計画を知っていたラファエルとサラにより目当てのものはダミーにすり替えられていた。それだけでなく、現場を張っていたラファエルとサラに厳重に注意され、この件から身を引くしかなくなったのだ。
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どんな手を使ってでも邪魔者を排除しようとするサラ、どんな人でも更生の機会与えるラファエル。正反対な2人ですね。ラファエルは本当に父親には似ませんでした。
ちなみに、今回ようやくミラベルとナゼールを馬鹿にしていた令嬢令息達のフルネームが判明しましたね。一応全てのキャラはフルネーム込みで設定しています。




