EP1 『目が覚めると聖女になっていた』
「──────お嬢様!シンクレアお嬢様!」
遠くに聞こえる声。
ゆっくりと目を開けた私は見知らぬ天井を見つめていた。
「シンクレアお嬢様!?」
よかった。意識が戻ったんですね、と安堵するような男性の声。
目の前に居たのは背の高いスラリとした黒髪の男性だった。執事のような服を着ているのが妙に似合っている。
「……ここは?」
私が尋ねると執事のような男性は柔らかく微笑んだ。
「お嬢様のお部屋ですよ。記憶が混乱しておいでのようですね」
私は身体を起こし、周囲を見渡す。
カーテンの着いた設えのゴージャスなベッドに私は横たわっていた。
部屋にはマントルピースやアンティーク風のミニテーブル、ライティングデスクなどが見える。
ネットの画像で見ては溜息ばかりついていたような高級家具。こんな部屋って現実にあるんだな、とぼんやりと考えた。
そこで私はある違和感に気付く。わたし、妙なドレスを着てる!?
ドレスどころではない。両手のひらを見たわたしは驚いた。
手のひらだけではない。その腕も……真っ白で透き通るような艶やかな肌になっている。
「……わたし?……え?」
ベッドから身体を乗り出すと部屋に掛けられているロココ調の鏡に全く見知らぬ少女が映し出されているのが目に飛び込んできた。
金の長い髪に青い瞳。陶器のような白い肌は純白のシルクのドレスに包まれている。
どう見ても鏡の中の人物は10代の少女そのものだ。
「……!?」
私は驚きの余り声を失う。そんなはずはない。わたしは──────アラサーの冴えないOLだった筈だ。
まさか、と私は記憶の糸を辿った。
ブラックな職場での連日深夜までのサービス残業。惨敗し続ける婚活。返しきれない奨学金。
救いの手を求めてメンタルクリニックに相談をしようにも、予約は数ヶ月先まで埋まっている。
わたしのプライドはズタズタで心身もボロボロだった。
満身創痍。内気な性格が災いして彼氏も出来ず、親しい友人もいない。
これ以上どうやって頑張って生きていけばいいっていうの?
この世の全てが嫌になったわたしは────ネットのオカルト掲示板で見た『異世界に行く方法』を気休めで実行したんだっけ。
本当に異世界転生したっていうんだろうか。そんな、まさか。あり得ない。
わたしは縋るような気持ちで執事の男性の顔を見た。
だが、この男性から発せられた言葉はわたしに更なる混乱をもたらした。
『全く急なお話なのですが──────今からお嬢様には1000人の王子と子作りをして頂かなくてはなりません』