オオカミの憂鬱〜因果応報で酷い目にあいがちだけど偶にはいいじゃない〜
ある晴れた日のこと
「むかし、あるところに可哀想なオオカミがいました。ちょっとした勘違いで酷い目にあったのです」
柵に肘をついて寄りかかるようにしながらオオカミはため息混じりに独り言を言っていました。
「おーい、ポチー!おいでー!ポチー!」
少し離れたところからオオカミを呼ぶ声がします。
「ワタシ、オオカミダカラニンゲンノコトバワカラナイ……」
声のする方にオオカミが不貞腐れたように言いました。
「……そういえば、冬用に新しい毛皮が欲しかったんだっけねぇ?」
声の主はズンズン近づいて来ました。
「ああぁぁぁっっ!わかるようになったかも!姐さん!わかります!はい!今行きますよ!へへっ、へへへへっ、へへっ…」
苦笑いのオオカミは焦りながら忠犬のように声のする方に走り出しました。
「いい子だポチ。今日はおばあちゃん家に行くよ!」
声の主は機嫌が良さそうに言いながらオオカミの首輪に縄を付けていきます。
【はぁ……また行くのか…誰かタスケテ…】
気の乗らないオオカミは声の主を背に乗せて森を進むのでした。
それは少し前の出来事
旅に出ていた1人の少女が実家に帰ってきた事から始まりました。
少女の名前はアシュリー。腰まである長い金髪を背中側で結えている、快活で多くの人が見惚れるような笑顔の似合うかわいい女の子。
久しぶりの帰郷に自然と心躍るというところでした。
「ただいまー!母さまー!」
実家の扉を開けると元気な声で言いました。
「あら、アシュリーおかえりなさい。最後に手紙が届いたのが三ヶ月も前だったから心配してたのよ。でも、よかったわ。元気そうじゃない♪」
声を聞いたアシュリーの母は部屋の奥から優しい笑顔でアシュリーを出迎えました。
アシュリーは冒険者として仕事をしていましたが、休暇をとって帰ってきたのです。
久しぶりの再会につもる話もありその日は家族で団欒を楽しみました。
「アシュリー、おばあちゃんも会いたがってたからこのケーキとワインを持って会いに行ってあげてね」
母からケーキとワインを受け取ると久しぶりに会うおばあちゃんの事を思い出し、アシュリーは懐かしみながらおばあちゃんの家がある森へと向かいました。
景色を楽しみながら二十分ほど森を進むとそこには一匹のオオカミがいました。
白い綺麗な身体に右の前足の肩までピンク色の縞模様が入っているオオカミはこちらに気づくと驚いたような顔をした後、笑顔でこちらにやってきました。
【かっわいい!目がくりくり大きくて…食べちゃいたい……つーか食べるね。さて…どうしましょうかねぇぇ……っへっへっへぇ】
「そこのかわいいお嬢さん。どちらへ行かれるのですかな?」
アシュリーの全身をそれとなく観ながら、オオカミは人懐っこい様子でアシュリーに話しかけてきました。
「久しぶりにおばあちゃんの家に向かっているのよ」
【ばあさん?この辺りにいたかな?】
「久しぶりに会うのかぁ。おばあちゃんも嬉しいだろうなぁ……。そうだ!この先にある花畑でお花を摘んで編んで行ったらどうだろう?すごく喜ぶと思うなぁ……」
オオカミは想像するように上を向きながら目はアシュリーの様子を窺いました。
「それもそうねぇ…。オオカミさんありがとう!」
そういうとアシュリーは花畑の方へ歩いて行きました。オオカミは笑顔で手を振りながらそれを見送ると急いでアシュリーの向かっていた先に先回りしようと走り出しました。
【まずは、前菜にばあさんからいただくか】
オオカミは凶暴な笑顔で先を急ぎます。
それから三十分ほど進むと一軒の家が見えてきました。
「や、やっとついた。あぁー疲れた。思ったより遠かったな…。家が無かったらどうしようかと不安になっちゃってたよ」
荒くなった息を整えてオオカミは準備を始めました。
「あー…アー…あー…アー…うん。獣臭いかなぁ…。まぁ……いいか。よしっ!」
両手で顔を挟むようにして気を取り直すと
「おばあちゃん久しぶり!来ちゃった。テヘッ♡」
オオカミは扉をノックしながらアシュリーの声真似をしました。
しかし、少し待っても応答がありません。
【あれ?なんだよ…けっこう似てたと思うのにリアクションないんかーい…】
オオカミは少しがっかりしつつも中の様子を伺いながら扉を押すと、扉は簡単に開きました。
【なんだよ、不用心だなぁ。悪いオオカミとか入ってきちゃいますよーっと】
オオカミは家の中に入るとおばあさんを探し始めました。すると奥の部屋で寝息を立てているおばあちゃんを見つけました。
【寝てるし……まぁ、いいか。後でゆっくり味わうとして……とりあえずは…】
そうしてオオカミは寝ているおばあさんを丸呑みにするとおばあさんの服をタンスから出し変装を始めました。
「あとは…人化して待つだけだな」
着替えが終わったぴちぴちの装いのオオカミが人化の呪いを自分にかけるために両手を合わせたところで玄関の扉を開ける音がしました。
「おばあちゃん久しぶり♡来ちゃった。てへっ♡」
どうやらアシュリーが着いたようです。
【げぇぇっっ、早すぎるだろ!けっこう急いだんだぞ!?どうなってんだ?】
焦るオオカミはとりあえずそのままベッドの中に潜り込みました。
「おばあちゃん?どこかな…。おばあちゃん?」
オオカミは息を整えて布団の中から様子を伺っていると程なくしてアシュリーが部屋に入ってきました。
「ここに居たのね、おばあちゃん。部屋の中が真っ暗だし扉が開けっ放しだったから心配したのよ!?」
アシュリーは厚手のカーテンを開けて、ベッドの近くに椅子を置いて座ると心配そうな顔でおばあちゃんの様子を伺い始めました。
「心配してくれてありがとう。少し横になってただけだから大丈夫よ。ふふふっ」
口元まで布団をかけてオオカミはおばあさんのような声で言いました。
【だ…大丈夫。バレてない……バレ…て…ない?】
オオカミは内心ドキドキしながらも努めて冷静にことを運ぼうとしています。
「そうなのね…。それにしても少し会わない間におばあちゃん……ずいぶんと毛深くなったわね。ケモミミまで着いてるし…」
アシュリーは怪訝な面持ちでおばあちゃんに言いました。
【う…疑われてる?バレてる?あぁぁ〜ドキドキするぅ…】
「そ、そうかしら?ケモミミがかわいいとお…思って…それにワカメ食べてたら…コウナッチャッタノヨー」
おばあちゃんは焦りながらも取り繕うように言いました。
「ふーん…。そうなのね…でもケモミミは確かにかわいいかなぁ…。なんだか目も大きく見えるし……」
アシュリーは観察するようにおばあちゃんを観ながら感想を話していきます。
「ソ、ソウ?オオキイメッテカワイイデショー?」
段々と汗の止まらなくなってきたおばあちゃんは喋り言葉が怪しくなってきました。
「口も大きいのねぇ…。そんなに大きかったかしら?」
アシュリーは目を細めながら疑っています。
【これはもういくしかない!バレてる!】
おばあちゃんに寄せたつもりのオオカミは覚悟を決めてアシュリーに向き直ると
「口が大きいのはねぇ……お前を!たぁぁーーー……えっ?」
と勢いをつけてアシュリーを襲おうとしましたが、そのタイミングで開いた扉に目が離せなくなりました。
なんとそこには筋骨隆々の大男がいました。
「久しぶりだな、アシュリー。ばあちゃんも」
アシュリーは大男に向き直ると
「あら、ガッシュ兄さん。久しぶりね!」
満面の笑みでガッシュと呼ばれた大男に抱きつきました。
【え?一人じゃなかったの?兄さん?兄妹?あんなにでかいのに?似てないよ?】
どうしたらいいかわからなくなったオオカミは二人を観ながら惚けています。
ガッシュは部屋を見回すと状況を察したのかオオカミに近づいて行きました。
「ばあちゃん、またやってるのか………」
ガッシュは呆れ顔でオオカミに近づき肩に手を置きました。
惚けていたオオカミは急な出来事にドギマギしていると…
「少し苦しいぞ……。ばあちゃん!おい!ばあちゃん!!」
ガッシュがそう言うとなんだかオオカミの顔色が悪くなっていきました。
【痛っ……いたたっ…なんか苦しくなってきた】
オオカミが苦しそうにしていると急に口が大きく開かれておばあちゃんの顔が出てきました。
それを観たアシュリーはお腹を抱えて笑い出しました。
「お、おばあちゃん…ふふっ……オオカミ着てるみたい…ふっ…顔もドゥルッドゥルだし!あははっ」
オオカミの口の中から顔だけ出したおばあちゃんは孫二人を見つけると笑みを浮かべます。
「久しぶりねぇ、二人とも。少し調子が悪かったのだけどオオカミの中で少し休んだら元気になってきたわよ!」
ドゥルッドゥルのおばあちゃんはそう言うと器用に口から這い出てきました。
「少し臭うかしらねぇ…」
薄れゆく意識の中でオオカミはここに来たことを後悔しました。
【あぁー悪い夢でも見てたのかな。心が安らぐ…。なんだか気持ちいいなぁ……】
徐々に意識を取り戻しそんな事を考えながらオオカミはゆっくりと目を覚ますと、おばあちゃんの家の床でガッシュに介抱されていることに気づきました。
「お!起きたか。気持ち悪くないか?もう、大丈夫だからな」
ガッシュは慣れた手つきで仰向けに寝ているオオカミの胸毛をもふもふしています。
その状況を理解するのにオオカミは一瞬固まりますが、もふもふの心地良さに負けてうっとりし始めました。
【やだぁ………この大男優しい……】
オオカミの大きな瞳が潤み始めたところでアシュリーとおばあちゃんが部屋に入ってきました。
「起きたみたいね。イタズラするからそういう目に遭うのよ…ふふふっ」
アシュリーはニヤニヤしながらオオカミに言いました。
「まぁまぁ…。おかげであたしゃも調子が良くなったからねぇ。お礼をしたいくらいだよ。ふぉっふぉっふぉっ」
おばあちゃんもアシュリーに続きます。
「まぁ…でも、ばあちゃんのところにオオカミが来るのって久しぶりじゃないか?だいたいは逃げ出すのに…」
オオカミはされるがままの状況ではあるものの、三人が気になる話をしていたのでうっとりしつつも話を静かに聞いていました。
「あんたどこから来たの?この辺のオオカミじゃないわよねぇ?」
アシュリーはだらしない顔になってきているオオカミに話かけましたが、オオカミは耳を伏せて聞いてないという態度を見せつけます。
「………あんた…いい度胸してるわね」
アシュリーは無言でオオカミの額に手をやると思いきり力を込めます。
「……痛い!いたたっ…どこにこんな力がっ……いたたたっ…は、離して!言うから!言うからぁぁぁぁ!」
気が済んだアシュリーは手を離すとオオカミの前で腕を組み仁王立ちで見下ろしました。
敵わないと思ったオオカミは渋々言うことを聞くことにしたようで、自分がどうやってここまで来たのか説明をしました。
「……なるほど…。あの『悪食』の豚のところからねぇ…。よく逃げて来れたもんだ…」
おばあちゃんは関心したように言いました。
「そうだ!あんたうちの子になりな!」
「「「ええぇぇぇぇーー!」」」
「………という事があってね。今に至るという事です…はい……」
「あんた、さっきから誰に言ってるの?それ…」
トボトボと歩いてるポチの上からアシュリーは不思議そうにポチを見ています。
「そうだ!そういえば、今日は兄さんも来るって言ってたよ!?」
「へ…へぇ…そうなんだ……ふーん」
アシュリーはニヤニヤしながらポチの反応を楽しんでいます。
【この子、尻尾が反応してるの隠せてると思ってるんだろうなぁ…。しばらく楽しめるな。ふふふっ】
こうしてオオカミはそんなに酷い目には遭わず、なんやかんや大事にされて幸せに暮らせましたとさ。
おしまい
ありがとうございました。