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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死者を生き返らせたという理由で婚約破棄された令嬢ですが、理解ある幼馴染がいるので問題ありません!

作者: 幌あきら

「すみません、婚約(こんやく)破棄(はき)させていただきたい、と」


 急にグリーブル侯爵家から使者が来たので、ヘレワーズ侯爵家は(あわ)てて出迎(でむか)え、丁寧(ていねい)なもてなしをしたのに、グリーブル侯爵家の使者からもたらされた言葉は、非情(ひじょう)なものだった。


「何ですと?」

 ヘレワーズ侯爵は始め、耳を(うたが)った。


「申し訳ございません。どうぞ、こちらの書簡(しょかん)の方を」

 グリーブル侯爵家の使者も申し訳なさそうな顔しながら、ヘレワーズ侯爵に書簡(しょかん)を渡した。


 (ふる)える手で、その書簡(しょかん)一読(いちどく)したヘレワーズ侯爵は、顔を真っ赤にして怒った。

「うちは国王陛下と縁戚(えんせき)のある侯爵家ですぞ。このような理由で……」


「申し訳ございません! 私はただの使いの者ですので、そちらの書簡(しょかん)の内容も(ぞん)じておりません」

 グリーブル侯爵家の使者は(ちぢ)こまって、小声で言った。


書簡(しょかん)ね。とんでもない理由に、慰謝料(いしゃりょう)だの何だの、(かね)の話ばっかりだ。そもそも、なぜ本人が来ない? 使いの者を出しておしまいと言うのは、あまりにも無礼(ぶれい)ではないか」

 ヘレワーズ侯爵はうんざりした顔をした。


「はあ……」

 グリーブル侯爵家の使者は、頭を()いた。


 同席(どうせき)していたマリー・へリワーズ侯爵令嬢は、テーブルの上に投げ出された書簡(しょかん)を手に取り、さらっと一読(いちどく)した。


「なかなかすごい内容ですわね」

とマリーは逆に感心した。


「感心している場合か」

 ヘレワーズ侯爵はマリーを(たしな)めた。


「まぁ、でも、そういうことでしたら、私の方はあちらのおっしゃる通りで(かま)いません。勝手(かって)にしてくださいませ」

とマリーは、興味なさそうに言った。


「おまえ、それではこの書簡(しょかん)の内容が本当だと(みと)めたことになるぞ」

とヘレワーズ侯爵は、(けわ)しい声で言った。


「まぁ……そう(おっしゃ)りたい方は(おっしゃ)ったらよろしいのではないでしょうか。本当、馬鹿(ばか)げた内容。では、わたくしは、失礼いたします」

 マリーは立ち上がり、グリーブル侯爵家の使者に一礼(いちれい)すると、部屋から出て行った。


 もう、よいではないですか。こんなのは家同士(いえどうし)が決めた婚約。


 わたくしはただ、医務官(いむかん)として働くのが夢で、勉強を続けているだけ。


 婚約破棄されたのなら、(あこが)れの医務官(いむかん)にもなれる。


 本当に、馬鹿馬鹿(ばかばか)しい。


 わたくしが医術(いじゅつ)を学んでいるというだけで。

 わたくしの幼馴染(おさななじみ)多少(たしょう)強力な魔術が使えるというだけで。


 わたくしたちが、死者(ししゃ)を生き返らせた、などという馬鹿(ばか)げた(うわさ)


 死者(ししゃ)を生き返らせる医術(いじゅつ)などないし、死者(ししゃ)を生き返らす魔術(まじゅつ)などもない。


 少し考えたらすぐ分かるではないか。なぜ19歳の小娘(こむすめ)と、20歳の若年(じゃくねん)魔術師に、そんなことができる?


 わたくしはすっかり魔女(まじょ)(あつか)いですわね。


 そういうことなら、もう結構(けっこう)。出たくもない社交界に顔を出す必要もない。思う存分(ぞんぶん)医術(いじゅつ)の勉強をするだけ!


 自室(じしつ)に戻ったマリーは、窓から、グリーブル侯爵家の馬車が帰途(きと)()くのを見送った。


 マリー・ヘレワーズ嬢、19歳。こうして無惨(むざん)にも、婚約を破棄された。


********************


 翌日、さっそく幼馴染(おさななじみ)が、ヘレワーズ侯爵家に顔を出した。


「おい、マリー。婚約破棄されたんだって?」

 幼馴染(おさななじみ)が楽しそうに話しかけてくる。


「うるさいですわね! その話をするなら帰ってくださる?」

とマリーは顔を(しか)めた。


「なんだよ、(なぐさ)めに来たのに」

 幼馴染(おさななじみ)(くち)をとんがらせた。


 そもそも、あなたとよく一緒にいたからこうなったのに、とマリーは思った。


 ハリル・ヒアデス。国一(くちイチ)古い魔術師の家系の長男。


 王国の政務(せいむ)には一切(いっさい)(かか)わらず、王宮の深部(しんぶ)で行われる儀式(ぎしき)()り行う家系。


 しかし、その儀式の内容は多くが秘密に包まれている。国王とヒアデス家、そしてその他の中枢(ちゅうすう)の者しか知らない。


 ヒアデス家。謎が多く、王宮でも(くち)に出すことが(はばか)られるほどの家名(かめい)だ。


 だから、死者を生き返らす魔術が使える、と言われたら、信じる者は信じるだろう。


 本当にバカバカしい。


「アラン・グリーブル殿はもったいないことするなあ。マリーほどの令嬢は、なかなかいないぞ! 才色兼備(さいしょくけんび)ってヤツじゃん?」

とハリルは言った。


「アラン様は女性におもてになるので、わたくしなんか、別にもったいなくなんかないと思います」

とマリーはつっけんどんに言い返した。


「でもさあ、おまえ家柄(いえがら)もバッチリじゃん」

(なお)もハリルは言った。


 マリーの母は、前国王(ぜんこくおう)(すえ)の妹だ。つまり、マリーは即位(そくい)した現国王(げんこくおう)従姉妹(いとこ)ということになる。


「わたくしを怒らせたいの? そんな条件でも婚約を破棄するってことは、よっぽど気持ち悪いのよ、わたくしのことが!」

 マリーは苛立(いらだ)って、つい声を上げてしまった。


「は?」

とハリルは、急に真面目(まじめ)な顔になった。


「気持ち悪いって、どういうことだよ?」

とハリルは低い声で聞く。


「わたくしたち、死者を生き返らせたことになってるんですよ」

 マリーは、(あき)()てた声で言った。


「え? は? ええ?」

 ハリルは言葉を失った。


「で、そんな気持ち悪い女はごめんだ、ということです」

 マリーは辟易(へきえき)していた。


「はあ……。なんか、もう、すげーな……」

 ハリルは逆に驚嘆(きょうたん)の声を出した。


「わたくしも最初そう思いました」

とマリーは、ハリルの反応が自分と同じなのが、何か面白(おもしろ)くなって、ふっと笑った。


「なるほど、そういうことなのか。ああ、そりゃなんか……。うーん、俺も責任(せきにん)感じるな……」

 ハリルは自分の口元(くちもと)に手を持っていくと、何か考えた。


 それから、()(けっ)したようにマリーの手を取ると、

「なあ、マリー。婚約破棄されたんなら、俺がもらってやろうか?」

とハリルは、心配そうに()いた。


 マリーは、顔が赤くなるのを感じた。ハリルの優しさが心の底から(うれ)しかった。


「もう、ハリル様、あなたって、ほんとに……」

 マリーは心が(あたた)まるのを感じ、目の奥がじわっとした。


 ハリル様に(つま)にしてもらえるなら、どんなにありがたいことか。子供の頃からずっとそばにいて、(あこが)れていたハリル様。


 しかし、マリーは、ハリルには迷惑(めいわく)をかけてはいけないと思った。


「ハリル様、わたくしはこの貴族社会の魔女(まじょ)ですよ。相応(ふさわ)しくありません」

とマリーは、ハリルの目を見て答えた。


「そうか……? 別に、俺の家、(おもて)に出る家じゃないから、誰が(よめ)に来ようと問題ないし……。絶対だいじょうぶだと思うよ」

とハリルはマリーを安心させるように言った。


 マリーはハリルの気持ちが(うれ)しかったが、

「そんな(ふう)(おっしゃ)って下さるなんて、もったいなさすぎます」

と頭を()れた。


 ハリル様は、ヒアデス家の次期当主(じきとうしゅ)になられる方。(なぞ)が多い家柄。ハリル様がこう(おっしゃ)って下さるとはいえ、わたくしでは、きっと足を引っ張(ひっぱ)ることにしかならない。


「ハリル様、わたくし、婚約破棄されたので、晴れて医務官(いむかん)の道を歩もうと思っております」

微笑(ほほえ)んだ。


「別に俺は、おまえが結婚と仕事を両立してもらっても全然かまわないけど……」

とハリルは(なお)も言ったが、マリーの晴れ渡った顔を見て、彼女はだいじょうぶなのだなと(さと)った。


「まあ、おまえが前向きなら、それでいいさ」

 ハリルは、マリーが笑顔なのに安心したように言った。


*************


 その頃、アラン・グリーブルは、ジョゼフ国王陛下に呼ばれて、(こと)次第(しだい)を全部説明させられていた。


 アラン・グリーブル侯爵子息と、マリー・ヘレワーズ侯爵令嬢の婚約破棄の話は、一瞬(いっしゅん)で王宮中に広まっていた。


 数多(あまた)の貴族令嬢たちは大喜びしていた。アラン・グリーブルといえば、身分の高さもあれば、甘いフェイスに言葉に、紳士的な態度。女性にとっては、とても魅力的な男性だった。


 しかし、ジョゼフ国王の表情は(けわ)しかった。

「はあ? マリーが死者を生き返らせたから、だと?」

(あき)れ声を出した。


 そういえば、マリーは、他国(たこく)医術(いじゅつ)などにも興味を示していたな……。それか……? とジョゼフ国王はふっと思った。

 

「で、おまえは、そんな(うわさ)を、本当に信じているのかね?」

とジョゼフ国王はげんなりしながら()いた。


「いえ、えーっと、さすがにそこまでは……」

とアランは言った。


「では、信じてないなら、なぜ一方的に婚約破棄など? しかも、使者に書簡(しょかん)を待たせてお(しま)いだったらしいな」

とジョゼフ国王は、アランを(にら)みつけながら()()める。


「しかし、(のろ)われた令嬢など迎えては、我が家の名が(けが)れますので……!」

とアランは必死に(うった)えた。


(のろ)われた? どうせマリーが医術(いじゅつ)で人を助けた話に()ひれが付いただけだろう? おまえ、マリー・ヘレワーズ嬢の気持ちは、考えたのか?」

とジョゼフ国王はアランを凝視(ぎょうし)しながら()いた。


「もちろん考えましたとも、陛下! 彼女の夢は医務官(いむかん)として働くことでした! そちらの夢は(かな)うでしょう」

とアランは、(ひたい)から大量の(あせ)()らしながら答えた。


屁理屈(へりくつ)がすごいなぁ。おまえと話していると、苛々(いらいら)するよ。なぜ私は、マリーと君との婚約を許したんだろうね」

とジョゼフ国王はため息をついた。


「国王陛下! 私は至極(しごく)真っ当(まっとう)なことを申しております!」

とアランは、自分の正しさを主張(しゅちょう)したくてさけんだ。


「ああ、うるさい。おまえにとってはそうなのだろうな。だがもう、しばらく私の前に顔を出すな。私は不快(ふかい)だよ」

とジョゼフ国王はうんざりして言った。


「陛下!」

 アランは泣き出しそうな顔をした。


「もう下がりたまえ」

ジョセフ国王は冷たく言った。


 愛しのマリー。前国王が急に病気で崩御(ほうぎょ)したので、現在のジョゼフ国王は御年(おんとし)13で即位(そくい)した。急な王位の継承(けいしょう)から10年。()れない政務(せいむ)に、たくさんの儀式。(いそが)しさにかまけて、ここまで独身(ひとりみ)できてしまった。


 でも、たびたび会うマリーの笑顔に、どれだけ(いや)されていたことか。夢を語るマリーの努力に、どれだけ(はげ)まされていたことか。


 マリーはとっくにアランと婚約していたのに、ジョゼフ国王はずっとマリーのことが好きだったのだ。


 マリーは、一方的な婚約破棄で、どれだけ傷ついていることだろう。しかも、死者を生き返らせたなどという、不愉快(ふゆかい)(うわさ)まで流されて。


 明日、マリーに結婚を申し込もう。


 ジョゼフ国王は心に(ちか)った。マリーは受け入れてくれるだろうか。(むね)がぎゅっと()め付けられ、ジョゼフ国王は、はあっと息を()いた。


******************


 その日の夜のことだった。


 王宮から青い顔をして帰ってきたアランを優しく出迎(でむか)えて、グリーブル侯爵は、とりあえず今回の婚約破棄の一件(いっけん)片付(かたづ)いたと安堵(あんど)していた。


 死者を生き返らせた魔女などを、花嫁(はなよめ)に迎えるわけにはいかない。


 今後、社交界でどんな後ろ指(うしろゆび)をさされることか。


 国王陛下にアランが怒られたのは想定外(そうていがい)だったが。まあ、マリー・ヘレワーズ嬢は国王の従姉妹(いとこ)なのだから、そこは仕方(しかた)がないとして。


大変(たいへん)だったなアラン。だが忘れてよいぞ。必ずおまえに見合(みあ)う、良い婚約者を見つけてやるからな」

とグリーブル侯爵は、アランに優しく話しかけた。


「ええ」

とアランは、ぐったり疲れた顔をしながら答えた。


 半分苛立(いらだ)ってもいた。家同士が決めた婚約なのに、相手のとんでもない(うわさ)で婚約を破棄しただけで、こんなにも国王から怒られなければならないなんて。


 しかもしばらくは、王宮の社交界には顔出(かおだ)し禁止、とまで言われてしまった。パーティー大好きなのに。


「そんなに俺が悪いのか?」

とアランは(つぶや)いた。


「いや、おまえは悪くない、アラン。マリー・ヘレワーズ嬢に(かか)われば、グリーブル家が社交界で敬遠(けいえん)されるに決まっている」

とグリーブル侯爵は、アランを(なぐさ)めた。


(うわさ)さえなければ、悪い婚約ではなかったのだがな。だが、(うわさ)性質(せいしつ)があまりにも……」

とグリーブル侯爵は、少し残念そうな口振(くちぶ)りで言った。


 少し沈黙(ちんもく)が流れた。


 その時、急に外が(さわ)がしくなったかと思うと、使用人たちが廊下(ろうか)をバタバタと走り回る音が聞こえた。


 執事(しつじ)は、丁寧(ていねい)一礼(いちれい)して部屋の外に出ると、冷静さを(たも)ちながら、息急き切(いきせきき)った使用人から話を聞いた。


「なんだと!」

 執事(しつじ)の声が部屋の中まで聞こえてきた。


 執事(しつじ)が冷静に部屋に戻りグリーブル侯爵に近寄(ちかよ)ると、

「何事だ?」

とグリーブル侯爵は目を上げた。


御無礼(ごぶれい)失礼(しつれい)いたします。でも、大変(たいへん)です、侯爵。領内(りょうない)人喰(ひとく)(りゅう)が村を(おそ)ったとのことでございます」


「なんだと! 人喰(ひとく)(りゅう)? ここ最近聞かぬぞ。(うそ)ではないのか?」

 グリーブル侯爵は(うたが)いの目を向けた。


「いえ。マイルス森林地帯(しんりんちたい)の近くの村だそうです。すでに王宮の安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)に連絡はいたしましたが、何分(なにぶん)常駐(じょうちゅう)警備兵(けいびへい)がやや遠いところに駐在(ちゅうざい)しておりましたもので。到着に時間がかかったようです」

執事(しつじ)と一緒に入ってきた、伝令(でんれい)の者が説明する。


「なんだ。もう安全警備(あんぜんけいび)(へい)が行っているのか。ではもう大丈夫(だいじょうぶ)だな。そちらから報告が来るだろう」

とグリーブル侯爵はホッとした顔をした。


「しかし侯爵、領地のことでございますよ! 村の支援(しえん)に人を派遣(はけん)すべきかと思いますが」

執事(しつじ)は言った。


「いやいや、今すぐには必要ないよ。人喰(ひとく)(りゅう)の被害など、最近聞かないから、どの程度のものか全く予想がつかない。報告を聞いてから対処(たいしょ)した方が賢明(けんめい)だ」

とグリーブル侯爵は、のんびりと答えた。


*******************


 その(ころ)、マリーは、ヘレワーズ侯爵の兵士(へいし)数名と必死で馬を()け、マイルス森林地帯の村に着いた。


 ヘレワーズ侯爵家に人喰(ひとく)(りゅう)の被害の報告が入ったので、マリーは()ても立ってもいられず、馬を走らせたのだった。


 ヘレワーズ侯爵は、王宮の安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)の、国境警備(こっきょうけいび)総司令(そうしれい)だった。国内の人喰(ひとく)(りゅう)の被害は、ヘレワーズ侯爵にとっては直接の任務には当たらないが、二次的な影響は多々(たた)ある。


 それより驚いたのは、今回の人喰(ひとく)(りゅう)の数だった。10頭の(りゅう)が、小さな村を(おそ)ったというのだ。


「私はすぐ安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)のハーマン長官のところに行く」

 報告を聞いてすぐ、ヘレワーズ侯爵は伝令(でんれい)の者に言った。


 それからヘレワーズ侯爵は、マリーを見た。

「マリー。兵士を(とも)に連れて行くなら行ってもいいぞ。近隣(きんりん)常駐(じょうちゅう)の警備部隊は医務官(いむかん)を持たない部隊だ。おまえが実践(じっせん)で多少の役に立つ事は、私の部隊で実証済(じっしょうず)みだからな」


「はいっ」

 マリーは勢いよく返事をした。


 ヘレワーズ侯爵はニコッとした。

「すぐに正規(せいき)医務官(いむかん)をどこからか確保(かくほ)する。それまで、患者をもたせろ」


「でも、お父様。またわたくしに変な(うわさ)が立つかもと、お父様は気になさらないの?」

とマリーは父に確認した。


「気にするか、あほらしい」

 ヘレワーズ侯爵はさっさと任務(にんむ)用の服に着替えると、王宮の安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)へと向かった。


 そういうことで、マリーは兵士数名と必死で馬を駆け、マイルス森林地帯の村に来たのだった。


 そのときマリーは、その村で、やはり()けつけたばかりのハリルの姿を見つけた。

「ハリル様! 来られたんですか!?」


 ハリルは、秘密を(つらぬ)家名(かめい)のせいで顔がバレてはいけないので、仮面で目を(おお)っていた。


「ああ。近隣(きんりん)常駐(じょうちゅう)の部隊には魔術師が1名しかいない、と聞いたからな。一人で10頭の(りゅう)(きび)しかろう」

とハリルは言った。


 人間の武器は、(かた)(うろこ)を持つ人喰(ひとく)(りゅう)には歯が立たない。武器に魔力を(まと)わせなければ、(りゅう)とは戦えないのだ。


 つまり、警備兵には、(りゅう)を追い払うことはできても、殺すことはできないのだ。


 (りゅう)駆除(くじょ)には、魔術師が、()る。


「そうですね、応援も()けつけるはずですけれども」

とマリーは言った。


「ああ。だがこの状況、待ってられないだろう?」

とハリルは一歩()み出した。


「マリー、(りゅう)駆除(くじょ)する。少し離れてて。正直こんなもの、俺にはなんでもないんだ」

ハリルは、文字通り()()()()(あば)れまわる10頭の(りゅう)(にら)んだ。


 そして、村の背面(はいめん)にそびえる(がけ)を見ると、両腕を広げた。


 ガリガリ、ガリゴリ、ゴリ……


 ハリルの魔術。そして(がけ)にヒビが入ったかと思うと、(くだ)け、大きな石や岩が、百個ほどズズンと浮き上がった。


 マリーは息を()んだ。そして、ぞっとした。何という光景。


 人外(じんがい)の力。


 ハリルは、うっすらと()みを浮かべているようにも見える。


 ハリルは、浮かばせた大きな石や岩を、一つずつ正確に、ものすごいスピードで、それぞれの(りゅう)にぶつけていった。


 何頭かの(りゅう)脳震盪(のうしんとう)を起こしたいらしい。頭を一巡(ひとめぐ)りさせると、地面に(たた)きつけられるように落ちた。


「おまえは、そこの気絶(きぜつ)している(りゅう)の首を落とせ!」

 ハリルは、安全警備付(あんぜんけいびづ)きの魔術師に向かって(さけ)んだ。


 一人で10頭もの(りゅう)対峙(たいじ)しなければならないのかと、途方(とほう)()れていたその魔術師は、ハリルの言葉にハッとして(うなず)き、言われた通り、魔力を込めた(けん)気絶(きぜつ)した(りゅう)の首を落としに走った。


 さて、軽傷で()んだ(りゅう) は辺りを見渡し、ハリルの姿を認めた。そして恐ろしい(うな)り声を上げながら、(つばさ)目一杯(めいっぱい)広げ、ハリルめがけて飛んできた。


「そう。こっちだ」

 ハリルは、まるで調教師(ちょうきょうし)のように(うなず)いた。


 そして、先頭の四頭の(りゅう)がハリルめがけて突進してきたその瞬間(しゅんかん)、ハリルはニヤリと笑った。


 急に、ズザザザザッと、大地から、(するど)(こおり)(はしら)が何本も立ち(のぼ)った。


 ハリルに急接近(きゅうせっきん)していた四頭の(りゅう)は、あっという間に氷の柱で串刺(くしざ)しになっていた。


 大きな(りゅう)断末魔(だんまつま)が空中に響いた。


「ここの土は、水分を多く(ふく)んでいていいね」

 ハリルはふわりと舞い上がると、魔力を(まと)わせた(けん)をふるい、串刺(くしざ)しになり、瀕死(ひんし)の四頭の(りゅう)の首を、落として回った。


「さあ、残りは何匹だ?」

 ハリルは空を見上げた。


 途端(とたん)に、ハリルの真上に、真っ赤な瞳を見開いた三頭の(りゅう)陣取(じんど)り、連携(れんけい)を取るように、上空からハリル目掛けて一斉(いっせい)に炎を()いた。


「おっと……」

 三方向(さんほうこう)からの炎に、さすがにハリルも(いや)な顔をした。


 ハリルは(ひざ)()り、大地に手を当てた。


 (りゅう)の炎がハリルに遅いかかったその瞬間、大地から大量の水が、空に向かって()き上がった。


 (りゅう)の炎は、大地の水でだいぶ(いきお)いを()がれた。


 同時にハリルは急いで立ち上がると、左足を一歩(いっぽ)前に突き出し、渦巻き状(うずまきじょう)突風(とっぷう)を起こした。


 (いきお)いを()がれた炎たちは、風の力で霧散(むさん)し消えた。


 そして、そのまま突風は、(りゅう)(おそ)いかかった。吹き飛ばされ、うまく(つばさ)を使えなくなった(りゅう)は、何とか体勢(たいせい)を立て直そうと(もが)きつつも、そのままふらふらと地面に落ちてそうになった。


 その瞬間、先ほどと同じ、(するど)(こおり)(はしら)が、(りゅう)串刺(くしざ)しにした。


 (てん)をつんざく、(うめ)き声が上がった。しかし、土の中の水の量が十分(じゅうぶん)でなかったため氷の柱は細く、三頭の(りゅう)は、串刺(くしざ)しになりながらも、死ぬに死にきれていなかった。


 ハリルは、少し申し訳なく思った。魔力を(まと)わせた剣で、できるだけ急いで三頭の首を落とし楽にしてやった。


*******************


 こうして、人喰(ひとく)(りゅう)片付(かたづ)いた。ハリルは、さすがに大量の魔力を使ったため、(かた)(いき)をしていた。


 しかしハリルは、()()ってきたマリーの姿を認めると、

「マリー、怪我人(けがにん)手当(てあ)てだ!」

(さけ)んだ。

「この部隊に医務官(いむかん)はいるのか?」


「いないということですので、応援が来るまで、わたくしが、できるだけのことをいたします!」

とマリーは言った。


 ハリルはマリーに(うなず)き、それから安全警備付きの魔術師に向かって、

「君は(りゅう)(はら)()け。人が食われていないか確認しろ。もし人の肉片(にくへん)があれば、丁寧(ていねい)(あつか)え。遺族(いぞく)に返す」

と命令した。


 安全警備付の魔術師は、この人は誰だろうと思いながらも、すっかりハリルの魔術に心酔(しんすい)しており、

「はいっ」

と大きな返事をすると、()け出していった。


「村長殿は、怪我人(けがにん)をこちらの広場に連れてきてください」

とハリルは村長に言った。


「は、かしこまりました!」

 村長も、先程のハリルと(りゅう)との戦いをつぶさに見ていたので、ハリルに言われるがまま、急いで村人たちに指示を出した。


 10頭もの(りゅう)が、村で暴れたのだ。


 怪我人(けがにん)の数は(おびただ)しかった。


 マリーは、広場に集められた怪我人(けがにん)を順に()ていったが、やがて50名を超える怪我人が、広場に横たえられることとなった。


 惨憺さんたんたる光景だった。重度の火傷(やけど)で顔が半分なくなっている者。背中(せなか)一面大火傷(おおやけど)で、もはや皮膚(ひふ)の色が一面赤茶色(あかちゃいろ)になっている者。押しつぶされたのであろう、足の肉が(えぐ)られ(ほね)が突き出している者。おびただしい出血と共に、(かた)(りゅう)の歯形が付いている者。


 マリーは、一人一人怪我人の横を歩きながら、重症者、軽症者、と判断していった。


 そのとき、村長たちは、数名の、もう動かない者たちを連れてきた。心肺停止(しんぱいていし)の者たちだった。


「ハリル様……!」

 マリーはハリルを呼んだ。すぐに処置(しょち)をすればもしかしたら!


 ハリルはマリーの顔を見て、すぐに分かったようだった。


「七、八人か……。マリーだけじゃ無理だな。マリー、気道(きどう)を確保して回れ!」


「はい!」

 マリーは心肺停止(しんぱいていし)の者たちの体勢(たいせい)を整えて回った。


 ハリルは(てのひら)で魔力を()った(かたまり)をいくつも作ると、心肺停止(しんぱいていし)の者たちに放った。ハリルの魔力は、彼らの心臓に、とぷんっと入ると、ドクンッと刺激しはじめた。


 それから、ハリルは両腕を突き出し、広場の上に空気の(うず)を作った。ハリルは空気の(うず)(すご)いスピードで回転させていく。そして、その(うず)から心肺停止の者たちの気道(きどう)に、筋状(すじじょう)の空気を結びつけた。


 同時にマリーも、順々に心臓マッサージを行っていく。


「すみません、何をされているのですか!? この者たちの(むね)鼓動(こどう)は、もう止まっていました。死んでおります!」

と村長は(あわ)てて言った。


「いいえ! ショックで一時的に止まっただけであれば、また動き出すかもしれません! 今なら助かる者もあります」

とハリルは言った。


「え?」

と村長たちは(おどろ)いた。


(むね)鼓動(こどう)が再開するように魔術を(ほどこ)してあります。息をしていないと言う事ですが、空気も送り込んでいます」

とハリルは手短(てみじか)に説明した。


「それは死者を生き返らせる、と言うことですか!?」

と村長は不気味(ぶきみ)そうな顔をした。


「ちがいます! これは医術(いじゅつ)です!」

とハリルとマリーは、同時に(さけ)んだ。


「マリー、おまえはもういい。おまえは重症者の方にまわれ」

とハリルは言った。


「はいっ」

 マリーは、安全警備兵に薬などを持たせると、時間がものを言う患者を見定(みさだ)め、走っていった。


******************


「マリー、先日の(りゅう)の被害の件では、お疲れ様」

とジョセフ国王は言った。


 マリーはジョセフ国王にお茶に誘われ、テラスでゆっくりと話をしていた。


「ジョセフ様、内緒(ないしょ)ですよ。ハリル様が(りゅう)駆除(くじょ)してくださったのです」

とマリーは伝えた。


「それはハリルから聞いたよ。マリーもだいぶ怪我人(けがにん)手当(てあ)てをがんばったそうじゃないか」

とジョゼフ国王は目を細めて言った。


「わたくしなど。医務官(いむかん)の方が来てくださるまでですよ」

とマリーは謙遜(けんそん)した。


「でもその後も、医務官(いむかん)たちを手伝ったんだろう?」

とジョゼフ国王は感心したように言った。


「はい! それはもう、大変(たいへん)勉強になりました!」

 マリーは笑顔で答えた。


 ジョゼフ国王は、あちゃー、といった顔をした。


 それから、まごつきながら、

「マリーそのことなんだが……。君の夢は知ってる。それでも言うんだけど……。俺の(きさき)になってはくれまいか」

と顔を真っ赤にして言った。


「ジョセフ様の? ああ、わたくしの婚約破棄のことで、心配して下さってるんですね。まったく、みんな、お優しい……」

とマリーは微笑(ほほえ)んだ。


「みんな?」

とジョゼフ国王は(いぶか)しげな顔をする。


「はい。ハリル様も、もらってやろう、と言って下さいました」

とマリーは()れながら言った。


「あいつ……!」

とジョゼフ国王は(くちびる)()んだ。


「どうかなさいましたか?」

とマリーが不思議そうな顔で聞く。


「いや、こっちの事」

とジョゼフ国王は、ぶすっとしながら答えた。


「あの、それより良いのですか? グリーブル侯爵様の……」

とマリーは急に、今日の用件を思い出して言いかけた。


「ああ。あれは当たり前だろう。自分の領民(りょうみん)が苦しんでいるというのに、人を派遣(はけん)もせず、安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)にすべてを任せたのだから、領地を()し上げることぐらい」

とジョゼフ国王は真面目な顔で言った。


「でも領地は貴族にとって、大事な収入源ですから」

とマリーは、グリーブル侯爵を少し(かば)うように言った。


「だが領民(りょうみん)の危機に、すべて王宮の安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)に任せると言うのであれば、もはや天領(てんりょう)でよいではないか」

とジョゼフ国王は強い口調(くちょう)で言った。


「にしても、領地を()し上げすぎです!」

とマリーは(たしな)めた。


「いや、まぁ、それに関しては、これまで実はいろいろ報告も上がっていたんだよ。あまりきちんと領地が(おさ)められてなかったんだ。(りゅう)の事はきっかけに過ぎないよ。これに()りて、これからきちんと領地経営をしてくれると願っているよ」

とジョゼフ国王は説明した。


「そうですか。それなら……。でも、良いのですか、マイルス森林地帯とあの村を、ヘレワーズ家の領地に組み入れるというのは」

とマリーは聞いた。


「それは、あの村の者たちが願ったのだ。だから良い。彼らは村を()げて、おまえたちに感謝していたぞ。もう死んだと思っていた者を蘇生(そせい)させてくれたと。おまえたちが手を施した者の中には、小さな子供を持つ母親や、新婚の者がいたそうだ。私もホロリときた」

とジョゼフ国王は、マリーを(ほこ)らしげな顔で見た。


「よかったですわ。また死者を生き返らせたなどと言われずに済んで」

とマリーは笑った。


「いやそれは、王宮では多分(たぶん)言われてるんだけど」

とジョゼフ国王は苦笑した。


「え? まだ、やっぱり?」

 マリーも苦笑した。


「でも、この医術(いじゅつ)が広まって当たり前になれば、おまえの(うわさ)も消えるだろうよ」

とジョゼフ国王は(あわ)てて言った。


「いいんですよ、ジョセフ様。問題ありません。ジョゼフ様は理解してくださってるんですもの」

とマリーは微笑(ほほえ)んだ。


「そうかい? でもマリーは、俺の事は理解してくれないみたいだけどね」

とジョゼフ国王は言った。


「ジョセフ様のことを理解だなんて、(おそ)れ多い」

とマリーは首を横に振った。


「だよね。まぁいいよ、時間をかけてゆっくりと」

とジョゼフ国王はマリーの手を取った。


「ゆっくりと、何ですか?」

とマリーは手を引っ込めながら聞く。


「いや、これもこっちの事」

 ジョゼフ国王は、手を引っ込められたことに、少しショックを受けながら(つぶや)いた。


******************


 マリーがジョセフ国王とのお茶から帰ろうと、王宮の庭を歩いていると、遠目(とおめ)にアラン・グリーブルの姿が見えた。


 アランは誰か素敵な女性と歩いていたが、マリーの姿を認めると、顔青い顔をして、下を向いた。


 そう婚約中もこんな姿をよく見かけましたね、とマリーは思った。昔はそれなりに傷つきましたけれども。


 もう婚約者じゃありませんから、どこで誰と何をなさろうと関係ありませんけどね。


 でも、あれほど領地を削られては、爵位(しゃくい)に見合うだけの見栄(みえ)(たも)つのは大変(たいへん)でしょうね。


 まぁ、お金持ち貴族のご令嬢を花嫁(はなよめ)に迎えたらよろしいわね。


 マリーは、ふいっとアランから視線を(はず)した。


「おい、マリー、あれ、アランじゃね?」

と聞き慣れた声がした。


「だからあなたは、なんでいつも(いや)なタイミングで、わたくしの前に(あらわ)れるんですか!」

とマリーはハリルを(にら)んだ。


「なんだよ! 俺、結構(けっこう)あいつのああいうとこ見るの、胸糞(むなくそ)悪かったんだけど」

とハリルは言った。


「え、何でハリル様が?」

とマリーは、ハリルの思いがけない言葉に、どきっとした。


「おまえが傷つくのを見んのは、やだな」

とハリルは素直に言った。


「え……そんなふうに……」

 マリーは、胸の奥がじーんとした。


「ま、でもあいつ、もう、おまえの婚約者じゃないし、いっか」

とハリルは笑った。


「はい。もうすっきりした気分です」

 マリーも嬉しくて笑った。


「そっか」

 ハリルは微笑(ほほえ)んで、マリーの頭を()で、そのまま指でマリーの髪の毛をくるくる(もてあそ)んだ。


「ちょっと、ハリル様、何してるんですか?」

 マリーは顔を赤くした。


 ふふっと笑って、ハリルは手を引っ込めた。


(うわさ)の方は、相変(あいか)わらずみたいだけど」

とハリルは少し(まゆ)(ひそ)めた。


「それは、まぁ、この医術(いじゅつ)が広まれば、(うわさ)も自然に消えるだろうと、ジョセフ様が(おっしゃ)ってましたわ」

とマリーは気にしないように言った。


「何? あいつと会ってたの?」

とハリルは()いた。


「ええ。報告を()ねて」

とマリー答えた。


「そっか。あいつ、多分(たぶん)おまえのこと好きだと思う。婚約破棄されたことだし、おまえも俺じゃ(いや)だって言うし、いっそお(きさき)になっちまえばいいんじゃね?」

とハリルは提案した。


「それは嫌!」

とマリーは即答で(さけ)んだ。


「え、(いや)なの? なんで? おまえら、仲いいじゃん」

 ハリルが理解できない、といった顔をする。


 わたくしは、あなたのことが好きなんです。


 マリーは言葉にできない(おも)いを飲み込んだ。


「それにハリル様のことを(いや)だなんて言った事はありません!」


「えー! だってこの(あいだ)、俺のプロポーズ断ったじゃん」

とハリルは心外(しんがい)そうな顔をする。


「だってそれは……」

 マリーは答えられない。


 あなたはこの国の(いしずえ)である、ヒアデス家の長男。私は(かな)わない(おも)いを抱えて、別の男性と婚約もしたし、満たされない(おも)いで医務官(いむかん)になる夢も持ったんです。


 最初は少し不純(ふじゅん)だったけれども、医術を学んでよかった。ハリルは少し、わたくしのことを認めてくれるようになった。


 (かな)わないこの(おも)いがいつか消えるまで。


 わたくしはもう誰とも婚約はしません。わたくしは医務官として働きます。


 わたくしはまだ19歳。もう少し大人になれば、この王国の仕組みが少し分かるかもしれない。何が秘密にされているのかも。


 そうしたら、ハリル様のことも分かるかもしれない。ハリル様、あなたが何者なのかも。わたくしがそばにいてもいい方なのか……。


 わたくしは自分の足で立ち、わたくしは自分の目でこの国を見る。


 しかし、マリーの目の前で、ハリルの美しい、少し長めの黒髪が()れた。


 ハリルは、ずいっとマリーに顔を近付けて、

「だってそれは、の続きは何?」

とマリーの耳元で(ささや)いた。


「ハリル様、ちょっと!」

 マリーは、手で耳を押さえると、退()けぞった。


 しかし、ハリルは、そのマリーの手首を(つか)んだ。

「ねえ、一応聞くけど、おまえ、もしかして俺のこと……?」


 マリーは真っ赤になって、ハリルの手を振り払った。


 そして、マリーは、ツンとすましてぷいっと顔を(そむ)けると、何も言わずに、ハリルに左手を差し出した。


「へえ……」

 ハリルはニヤッと笑った。


 ハリルは(ひざまず)き、マリーの手を取ると、手の(こう)(うやうや)しくキスをした。


 そしてそのまま急に、グイッとマリーの左手を引っ張った。


「きゃっ」

 マリーがよろめいて倒れ込む。


 ハリルはそのマリーを抱きとめ、

「だったら素直になればいいのに……」

(てのひら)でマリーの(ほお)を包み込んだ。


「だってハリル様がハリル様だから……」

とマリーは顔を真っ赤にして、慌てて口走(くちばし)る。


「意味わかんない」

 ハリルはそっと(くちびる)をマリーの(くちびる)(かさ)ねた。


 ハリルの黒髪が、マリーの(ほお)や耳に()れる。

 

 それから、すっとハリルはマリーの体を離した。マリーとハリルは見つめ合った。


 ハリルはふっと笑った。

「ハリル様が、とか言って。なんか、おまえ、難しく考えてんだろ。残念ながら俺は王宮魔術師なんで、ずっとここにいる。ずっと、だぞ。だから、おまえが納得するまで、待ってやるよ」


 はい。わたくしは必ず……あなたに相応(ふさわ)しい人になります。

 マリーは、目の奥が熱くなるのを感じた。

日間短編ランキング、87位、どうもありがとうございます!たいへん感動しています!


連載中の、「竜のいない夜に〜薬師の村娘ですが、最強の魔術師とこの魔術界を終わらせることになりました〜」のスピンオフです。


10年くらい前のマリー・ヘレワーズ嬢が主人公。


連載の物語には直接関わらないのですが、世界観は一緒です。


読み切り短編小説として、これだけで物語が完結するよう気をつけて書きましたが、世界観で分かりにくい点がありましたら、申し訳ございません。


(投稿時より、ラスト少し変更しました。)

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≪イラスト&作品紹介♪!≫

【全14話・完結】離婚の慰謝料は瞳くりくりのふわふわ猫でした!』(作品は こちら

至上最愛の白モフ様
イラスト: ウバ クロネ
― 新着の感想 ―
[良い点] 書簡での最低婚約破棄は新しいですね。よいですぞ~。 フラれても、幼馴染みも国王さまも惚れてるとか、ニヤニヤものですね。 幸せになれてよかった!
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