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第2話 占いの館にやって来る人々

 お昼の時間になって、私が1人で食事を取っていると、隣の部屋を使っている占い師のラウーラさんがやって来た。

「ラウーラ」さんって言っても、生粋の日本人だけど。


「YUKIちゃん、私も見てきたわよっ!」

 開口一番そう言うと、私の正面のイスにどっかりと腰を下ろした。


 恰幅のいい、大ベテランの占い師さん。

 この館の主ってところ。

 それを本人に言うと殺されると思う。

 ラウーラさんの首元や両手首、そして十指は重厚感のあるアンティークなアクセサリーで煌びやかに飾られていた。


「何を見てきたんですか?」


「ほら、商店街の店の看板を壊したり、窓ガラスを割った犯人が映っている防犯カメラの動画よ。」

「ああ、はい。

 私は昨日警察に呼ばれて確認してきました。

『この人物に見覚えがありますか?』って聞かれましたけど、キャップにマスクを付けていましたから……あれじゃあ、全然分からないですよね?」


「確かにそうねぇ。

 でもさ、通行人の人に目撃されて、逃げる時にその人を突き飛ばして怪我させたって言うじゃない?」


「はい。そうみたいですよね。」


「怖いわよねぇ。

 この辺も物騒になったもんだわ。いやだ、いやだ。」


「近所に住んでいる人なんでしょうか?」


「そんな怖いこと言わないでよっ!」

 ラウーラさんは、そう言いながら、私の左肩を軽く叩いた。


 軽く叩かれたはずの私の肩はハンマーか何かで打たれたような衝撃を受けた。

 痛っ!


「早く犯人捕まらないかしら。」

 ラウーラさんはそう言いながら立ち上がって、心得たように冷蔵庫からカフェラテの紙パックを取り出すと、2つのグラスにカフェラテを注いだ。

「カフェラテ、貰っていい?」


「はい、どうぞ。」


 ラウーラさんはカフェラテを注いだグラスを私の前に置くと、もう一つのグラスのカフェラテを一気に飲み干した。


「犯人が捕まって、安心したいですね。」

 私もカフェラテを一口飲んだ。


「このままじゃ、おちおち仕事もしていられないわ。」

 ラウーラさんは、その後も一方的に取り留めない話をすると、ストレスが解消されて満足したのか、自分の部屋に戻って行った。


 ◇


 さあ、そろそろ次の予約の時間。

 相談者は若い女性。

 私の相談者は圧倒的に20代の女性が多い。同世代で同性だから相談し易いのだろうか。


「あっ、こんにちは。予約の山辺でーす!

 もう入ってもいいですか?」

 チャイムの音と同時に、相談者の山辺さんは脳天気なほどに明るい声で入室してきた。

 山辺さんは、グリーンを基調にしたゴスロリっぽいファッションで小柄な身体を着飾っていた。

 この辺りの繁華街にも随分とゴスロリ系の女子が目立つようになってきた気がする。


 山辺さんを一見すると悩み事があるようには見えない。先入観は禁物だけど。

「どうぞお掛け下さい。」


「はーい、お願いしまーす。」

 山辺さんは飛び乗るように椅子に掛けた。


「相談内容はどのようなことでしょうか?」


「相談て言うか、私、来年結婚するじゃないですか?

 結婚しても、大丈夫ですよね?

 ワンチャン、失敗しないですよね?」


「……お付き合いしている人と結婚してもよいか、というご相談ですか?」


「そうです、そうです、そういうことです。

 私、どうですか~?」


「山辺さん、とても幸せそうですね。」


「やっぱ、そう見えますか?

 なんか毎日楽しくて、めっちゃ幸せです。」

 元気な山辺さんは肩をすくめて照れ笑いした。


「それだったら、結婚することに躊躇は無いんじゃないですか?」


「でも、何があるか分からないじゃないですかぁ、この世の中。」

 

「何があるのか分からない……確かにそうですね。

 では、この用紙にあなたと婚約者の方のフルネームと生年月日を正確に書いてください。」

 私は姓名判断とかができる訳じゃないので、用紙に名前や生年月日を書かせる行為は相談者の頭を整理してクリアにさせるためだ。

「次に、目を閉じて、あなたと婚約者の方が結婚して新たな生活をスタートさせたところを具体的に想像してください。

 具体的にですよ。」


「結婚生活ですかぁ?分かりました。具体的ですね。」

 彼女は笑顔のままで目を閉じた。

 時折、眉間にしわをよせたりして、色々と想像しているようだ。


 私は山辺さんの頭の輪郭に意識を集中する。

 すると、暖かいオレンジ色の光彩が見えてきた。

 おっ!オレンジだ。

 私はまだまだ意識を集中する。

 残念ながらオレンジ色の光彩はそれ以上変化することはなかった。

 もっと赤くなると思ったのに……

「はい、目を開けて、楽にしていいですよ。」


「どうですか?」

 彼女は少し心配そうに身を乗り出して聞いてきた。


「はい。私の見立てでは、婚約者の方は山辺さんとの相性も良くって、結婚することに支障は無いと思います。安心してください。」


「よかったっ!」

 山辺さんは屈託のない表情で言った。


「ただ、これは今現在の見立てですから、この先、状況が変わるかも知れませんよ。

 私の回答だけを信じないで、他のアドバイスにも耳を傾けてください。

 そして、最終的に判断するのは自分だと言うことを決して忘れないでください。」


「はい、そうしまーす。

 でも、今のところ問題無しということですよね?

 安心しましたー!」


「婚約者の方とは、知り合って長いんですか?」


「うーん、3年くらいです。高校の時のバイト先で知り合ったんで。」


「山辺さんは今、学生ですか?」


「はい、短大生してます。」


「卒業して結婚されるということですね。

 婚約者の方は働いているんですか?」


「そうです、そうです。不動産会社の営業の仕事をしています。」


「一緒に生活をするということは、お互いに相手のことを敬い、愛し合うのは当然ですが、最低限の経済力も必要です。

 日々、支え合いながら結婚生活を営んでください。」


「はい、私、頑張りますよ。

 彼って、私より3こ上なので、同級の男子と違って、大人なんですよねーー。

 顔もイケてるし。」

 山辺さんは嬉しそうだ。


「山辺さんの年齢では、3つ年上だと随分大人に感じるんでしょうね。」


「年を取ると感じ方が変わります?」


「一緒にいて歳を重ねると、歳の差は感じなくなると思いますよ。」


「ふーん、そんなものなんですかね。」


「そうなっていくように、素敵な夫婦になってください。」


「夫婦……なんか照れちゃいますよ。」

 嬉しくてしょうがないらしい。


「ただし、一緒に生活していくということは、いいことだけじゃなくて、辛いことや苦しいことも共有する訳ですから、その覚悟を持って結婚してください。

 それに、結婚すると、恐らくお互いの本性も見えてきます。

 相手の嫌な面を知ることになると思います。

 反対に、山辺さんが今まで相手に見せていない面を見せることもあるでしょう。

 そういった時に、どれだけ相手を許して、寛容になることができるのか。

 結婚するということは、そういうことだと思います。

 別に脅すわけじゃありませんけど。」


「なるほどですね。頑張りますっ!」

 山辺さんは、真剣な表情になって頷いていたのも束の間、すぐに屈託のない笑顔に戻った。


 分かってくれたんだろうか?

 それにしても、未婚の私が偉そうにアドバイスすること自体、無責任なことかな?

 相談されている身としては、一片でも役立ってくれればとの思いだけだ。


「ちょっと、聞いていいですか?

 YUKIさんは、旦那さんいるんですか?」


 あらっ!思っていることを察知されたみたい……

「私のプライベートな質問は、ごめんなさい。」


「なるほどですね。分かりました。

 最初は独身かなーって思ったんですけど、色々アドバイス貰って、いい奥さんなのかなーって思ったりしました。」


「ご想像にお任せします。」


「占い師って、謎っぽいほうが何かいいですもんね。」


「いいかどうかは何とも言えませんけど……」


「絶対、いいですよ!

 そのほうが人を惹き付けますから。」


 山辺さんて、鋭いのかそうでないのか、よく分からない……不思議な子。

 その後も色々と将来の旦那さんとのおノロケ話をした山辺さんは、来た時と変わらずに底抜けに明るい表情で帰って行った。

 私の相談、必要だったのかな……

 彼女の将来、ちょっとだけ心配。


 ◇


 次の予約の時間だ。

 タブレットで予約状況を確認すると、次の相談者は中年の男性のようだ。私の相談者としては珍しい。

 ちょっと緊張する。


「失礼します。この部屋でいいのかな。」

 そう言って、口ひげを蓄えた、濃紺のスーツ姿の男性が入室してきた。

 口調は優しく、物腰も柔らかい。

 紳士的な人物のようだ。


「私のご予約で間違いありませんか?」

 失礼だけど、本当に私で間違いないのか確認せずにはいられなかった。

 こんなに年下で人生経験の少ない人間のアドバイスを必要としているのだろうか?


「はい。YUKI先生ですよね?」


「はい。YUKIです。」


「予約した葛城です。こういう場所は初めての経験なので勝手が分かりませんが、よろしくお願いします。」

 葛城さんは丁寧に頭を下げた。


「あっ、はい。よろしくお願いします。」

 私も慌てて頭を下げた。

「ご相談の内容はどのような内容でしょうか?」

 私はペンを手にした。


「漠然としていてもよろしいですか?」


「漠然というのは、どのようなことでしょうか?」


「私の残りの人生、どのようになって行くのか、占ってもらえますか?」


「どのようになるのか、ですか……」

 本当に漠然としている。


「分かりにくいですか?

 今より良くなるか、悪くなるか、ということではどうですか?」

 葛城さんは恐縮しているようだ。


「はい、分かりました。

 では、目を閉じて、これからの人生を具体的に思い描いてください。

 出来るだけ、リアルに想像してください。」


「はい。」


 目を閉じた葛城さんの頭の辺りに意識を集中する。

 頭の輪郭に沿って、ほんの少しだけ空気が揺らいだ。

 更に意識を集中する。

 でも、それ以上の変化は起きなかった。

 それとも無色なのだろうか。

 どっちにしても、これじゃ判断つかない……

 良くも悪くもないということだろうか。

 それとも、良くも悪くもなるということだろうか。


 私が思案していると、葛城さんはしびれを切らしたのか、目を開いて、「どうですか?」と聞いてきた。


「はい、申し訳ないんですが、正直に言います。

 何とも言えません。

 良くなるのか、悪くなるのか。

 葛城さんとしては、何か転機があったんですか?人生が変わるような。」


「転機ですか?

 そうですね、こうしてYUKI先生にお会いしたことですかね。

 あっ、変な意味じゃないですよ、本当に。

 これからの私がどうなるのか分からないとしても、こうしてYUKI先生に占ってもらったことが転機になると思います。」


「そんなに買いかぶらないでください。

 それに先生はやめてください。

 私は単なるアドバイザーですよ。」


「またまた、そんなご謙遜を……」


「いえ、本当に単なる者なんですっ!」

 あれっ?私は何を言っているんだ?


 葛城さんは目を点にして、キョトンとしている。

「そんな。単なる方じゃないですよ、先生……じゃないYUKIさん。」

 葛城さんは、無理矢理フォローしてくれた。


「……そうですか?良かったです。

 ふぅ……」

 私は大袈裟に額の汗を手の甲で拭う仕草をしてみた。


「あははは!」

 お互い堪えきれずに、吹き出して笑った。


「これからの私の人生は霧の中、と言うところでしょうかね。」

 葛城さんの表情が寂しげに見えた。


「ごめんなさい。判断がつかないんです。

 範囲が広すぎるためかもしれません。

 残りの人生という括りで見たことがないので。」


「なるほど。老い先短い私の人生でも、まだまだ色々なことがありそうですね。」


「葛城さん、お聞きしてもいいですか?」


「はい、何でしょうか?」


「今、お仕事をされているんですか?」


「今ですか?今はもうリタイアしました。」


「リタイアされる前は、どのようなお仕事をされていたんですか?」


「……飽きっぽい性格なんでしょうね。営業販売や飲食店、様々な仕事をしてきました。」


「そうなんですか。ご家族はいらっしゃいますか?」


「家族はいません。独り者です。」


「ご趣味は何かありますか?」


「まあ、これといって……

 なんかこう、惰性で生きて来たんだとつくづく思います。」


「いえいえ、人生観は人それぞれですし、何に価値を見い出すのかも……

 生意気言ってすみません。

 情報が多い方が判断できるかなと思いまして。」


「気にしていません。

 そのために来たんですから。」


「もう一度、見させてください。

 目を閉じて、今までの人生を振り返りながら、将来を想像してください。」


 葛城さんは静かに目を閉じた。


 私は再び意識を集中する。

 葛城さんの輪郭に沿って空気が揺らぎ始める。

 色づくかな?

 空気が揺らぐだけで、それ以上の変化は起きなかった。

 無色透明のまま。

 うーん、これでもダメか……

「目を開けていただけますか?」


 目を開けた葛城さんは、私の表情で察したらしく、「やっぱりダメだったみたいですね」と言って、肩をすくめた。


「はい、申し訳ありません。どうしても判断が付きません。」

 私は頭を下げた。


「正直な方ですね。

 判断が付かないのはYUKIさんのせいじゃありません。」


「何もお答え出来ずに、申し訳ありません。」


「いえ、そんなことはないですよ。

 適当なことを言って、私を信じ込ませることも出来たのに、そうはしなかった。

 YUKIさんが誠実であることがよく分かりました。」


「そう言っていただけると救われますけど、私の力不足です。

 まだまだ経験不足です。

 ですから、鑑定料は頂きません。」


「それはいけません。

 私の未来がどうなるのか分からない、ということが分かったんですから。」


「でも……」


「いやぁ、話ができて本当によかった。

 貴重な時間を過ごすことが出来ました。

 ありがとうございます。」

 葛城さんは、そう言って笑顔になると、ゆっくりと立ち上がって部屋から出ていった。


「ありがとうございました。」

 私は葛城さんが出ていったドアに向かって呟いた。


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