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第1話 私の能力

 キーンコーン

 静寂の室内にドアのチャイムが鳴り響いた。


「よろしくお願いします。」

 私が待っている室内に、若い女性が恐る恐る入ってきた。

 どうやら、ここに来るのは初めてのようだ。


 その女性は、広くもない部屋の中をキョロキョロと見回した後、私と目が合うと軽く会釈してきた。

「あの、予約していた秋本です。」


 ここは雑居ビルの2階にある「占いの館」の1室。

 私が借りている部屋の中は、神秘的な雰囲気を演出しようとしているのか、間接照明を使用して少し薄暗かった。


「秋本さん、お待ちしておりました。

 どうぞ、お座りください。」

 私は、秋本さんの心を開くように笑顔を作って、テーブルを挟んだ対面のイスに座るように促した。

 深紫色のクロスが掛かったテーブルの上には、依頼者の気持ちを落ち着かせるようにアロマキャンドルを灯している。それ以外には、私が使っているペンとノートが載っているだけだ。


「はい、失礼します。」

 ゆるTに黒のロングスカートの秋本さんはイスに腰掛けると、手にしていたバッグを膝の上に乗せた。

 その手の爪先は淡いピンクのネイルで飾られていた。


「では、お知りになりたいことは何でしょうか?」

 そう言いながら、私は秋本さんを観察した。正確には、秋本さんの顔や上半身の輪郭を見ていた。


「……はい。

 私、今、専門学校で服飾関係のデザインの勉強をしているんです。学生です。

 しているんですけど、このままデザインの道を進んで成功するのかどうか占ってもらいたいんです。

 やるからには、成功したいので!」

 秋本さんは少しだけ身を乗り出した。


「……それは、あなたの才能と努力次第なんじゃないですか?

 そこに多少の運も必要かと思いますけど。」

 私は、秋本さんの熱量を測ろうとして、当たり障りのないアドバイスをしてみた。


「そう言われちゃうと返す言葉もありませんけど……私なりには努力しているんです。

 でも、何か支えになるものっていうか、つらい時に拠り所になるものが欲しいんです!

 YUKI先生の占いは若いのによく当たるって口コミが多かったので、わざわざ来たんです。

 お願いします!」


 若いのには余計でしょ。

「……分かりました。

 では、目をしっかりと閉じてください。

 そして、秋本さんが将来デザインの仕事で成功しているところを想像してください。

 できるだけ具体的に詳しく思い描いてください。

 真剣にお願いします。」


「あ、はい。」

 秋本さんは、両まぶたを閉じて、自分の将来の姿を想像しているようだった。


 私は秋本さんのショートボブの頭の辺りに意識を集中した。

 そうすると、頭の輪郭に沿って、空気が揺らぎ始めて徐々に青白い光彩を放ち始めた。

 あっ、青か……

 そのあと光彩が別の色に変化することは無かった。

 秋本さんの運命の光彩は青……


「……いいですよ。秋本さん、目を開けてください。」

 私がそう言うと、秋本さんは目を開けた。


「どうでしょうか?私、デザインの仕事で成功できますか?」

 秋本さんが不安そうに尋ねてきた。


「ええっと、そうですね……

 今、私が秋本さんから受ける感じでは、デザインのお仕事に携わって将来的に成功する可能性はそう高くないと思います。」


「……そうですか。」

 秋本さんは、伏し目がちにして、ため息交じりに言った。


「残念ですけど。

 秋本さんは、まだ若いので、他の道に進むという選択も有りかもしれませんね。」


「はい……そうですね。」

 秋本さんは、うわの空チックになってしまっている。


「……少しお聞きしたいんですけど、秋本さんは、どうしてデザインの仕事をしようと思っているんですか?」


「そうですね。子供の頃からの夢といいますか、その頃に体験したことがきっかけなんです。」


「子供の頃に?」


「はい。

 私の家庭は、当時、そんなに裕福な家庭じゃありませんでした。

 両親は共働きで、母は洋裁のパートをしていました。

 小学生の時、人気があったアニメの影響だと思うんですけど、女子の間でワンピが流行ったことがあったんです。

 基本、ノースリーブのワンピで、みんな競うように新しいワンピを着て登校していました。

 私もワンピが欲しくて、母におねだりしたんですけど、お金に余裕がないと言って、買ってもらえませんでした。

 でも、私は子供でわがままだったので、我慢出来ずに駄々をこねて、母に当たり散らしました。

 母は、そんな私を怒ったりせずに、『ごめんね』と謝るだけでした。

 母なりに裕福じゃないという負い目があったんだと思います。

 私は、無意識のうちに母が私を叱るように仕向けていたので、子供心に、謝らないで叱ったらどうなのと思っていました。

 今にして思うと、あの時は母にとてもひどいことをしたと後悔しています。」


「今は仲直り出来ているんですよね?」

 聞いているこちらがドキドキしてくる。


「今は……

 まあ、すぐに仲直りしました。大丈夫です。

 経済的に厳しいことは相変わらずですけど。

 なので、私は働きながら専門学校に通っています。」


「頑張り屋ですね、秋本さん。」


「そうするしかないので……自分では当たり前のことだと思っています。

 ええっと、どこまで話しましたっけ?

 そうそう、そんなある日、私が学校から帰って来ると、母が何だか嬉しそうな顔をして私の帰りを待っていたんです。

 あの時の母の笑顔は今でも忘れられません。

 私は、居間に上がるなり、母に手を引かれてミシン台のところに連れていかれました。

 そして、母は、仕立て上げたばかりの洋服を手に取って、付いている糸くずを払いながら、私に差し出しました。

『どう、気に入ってくれる?』って言って。

 母なりのサプライズだったと思います。

 洋裁の仕事の合間にワンピを作ってくれていたんです。」


「優しいお母さん。秋本さん好みのワンピに仕上げてくれたんでしょうね。」


「はい。

 淡いピンク色で裾のところがフリルになっていて、既製品に負けないくらい可愛いワンピを作ってくれたんです。

 とても嬉しかった。

 それと同時に、母に八つ当たりしたことを悔やみました。」


「お母さんとしては、秋本さんがワンピを気に入ってくれさえすれば、満足だったんじゃないですか?」


「……そうかもしれません。

 私は、嬉しくて、毎日のようにワンピを着て登校しました。

 母も私がワンピを着ている姿を目にして、嬉しそうにしていました。」


「素敵なお母さんですね。」


「ありがとうございます。

 でも、その母も2年前に交通事故で亡くなりました。」


「えっ?

 そうだったんですか……ごめんなさい。」


「いえ、大丈夫です。

 私、そのワンピ、今でも大切に持っているんです。

 それで、母がワンピを作ってくれた時の感動や高揚した気持ちが忘れられなくて、私もデザインの仕事を通して、人が喜んでくれたら嬉しいなと思って……

 そう思って勉強しているんですけど、そんな簡単には行かないんですね。」

 秋本さんはうつむいて、自分の指先を飾っているネイルを眺めるとも無く眺めているようだった。


「秋本さん、先程も言いましたけど、私の見立ては、今のままではという条件付きです。」


「そうなんですね……」

 秋本さんは明らかに落胆している。


 いかん、いかん。

 私の言葉がうまく伝わっていない。

「ごめんなさい。

 期待に添えない回答になってしまって。

 ただ、繰り返しになりますけど、これは、あくまでも現在の私の見立てですし、ほんの小さなきっかけや今後のあなたの努力次第で未来は変化し続けます。

 秋本さんの運命は秋本さんと共にあります。秋本さんに寄り添っています。

 それを決して忘れないでください。」


「……分かりました。

 でも、今のままじゃダメだということですよね?」


「ええ、今のままの取り組み方では、恐らく……

 時に柔軟性も大切ですよ。

 服飾関係でもデザイン以外の仕事に就くとか、柔軟に考えてはいかがでしょうか。」


 私の言葉を聞いた秋本さんは、意を決したような表情になった。

「ありがとうございます。

 でも、私は諦めが悪いので、そう簡単には夢を手放しません。

 みんなが気に入って着てくれるような洋服をデザインして作りたいんです。

 そう簡単には叶わない夢だということも、私なりには分かっているつもりです。

 これからは、勉強の幅を広げたり、仕方とかを変えて、さらに努力を続けていこうと思います。

 でも、先程おっしゃってましたけど、確かに努力だけではダメなんでしょうね。

 デザインには、持って生まれた才能、感性が必要ですよね。

 努力だけではまかなえない。」


 若いのにしっかりしている秋本さん。

「秋本さんにはお母さんから受け継いだ感性があると私は思います。

 その感性を研ぎ澄まして、たゆまない努力を続ければ、道は開くと思います。

 秋本さんの将来は努力した分だけ目標に近づいて行きます。

 頑張ってください。」


「はい、ありがとうございます。

 話を聞いていただいて、何だかスッキリしました。

 心が軽くなったような……」


「それは良かったです。」


「ありがとうございました。

 ここへ来たこと、正解でした。」


 秋本さんはそれなりに納得できたのか、清々しい表情になって部屋から出て行った。


 彼女の後ろ姿を見つめていると、初めは青色の光彩を発していた輪郭が、柔らかい黄色っぽい光彩に変わっていた。

 彼女なら、きっと大丈夫だろう。

 夢は現実になる。

 運命の光彩は必ず変わる……


 ◇


 私は、一定の程度まで意識を集中すると、人が発する光彩を感じ取ることが出来る。それが世間で言われているオーラというものなのかは、よく分からない。

 経験上、プラスやポジティブが強い場合には光彩は赤色に近づいて、逆にマイナスやネガティブが強いと青色に近づく。

 私は相談者の相談内容とその人が発する光彩を分析してアドバイスをしている。

 なので、相談者の未来が見えたりする訳では無いから、占いとは少し違うと思う。

 ただ、この特殊な能力を生業とするためには、占い師の人たちの仲間に入れてもらっているほうが、しがらみがなくて働きやすい。

 そして、何より目立たない。目立つのは苦手だ。

 と言うことで、私の職場は占いの館。


 そう……私が人の光彩を感じ取ることが出来るようになったのは、ちょうど10歳の時。

 当時、私は母と2人で古い木造アパートの2階の部屋に住んでいた。

 私が生まれてすぐに父とは離婚したと母が言っていた。

 母は私を育てるために喫茶店を経営して生計を立てていた。

 駅から離れた場所にある喫茶店だったので、子供の私が見ても決して繁盛しているようには思えなかった。

 その上、当時の母は精神的に不安定なところがあったらしく、喫茶店を不定期に休業していたので、余計に客足は遠のいて行った。

 それでも、母は喫茶店の常連客に占いをして、確か人相占いだったと思うけど、結構当たると評判になっていた。

 その占い目当てでお客さんが来ていたので、何とかやっていけたのかもしれない。

 その母の血を受け継いでいるので、私にも特殊な能力が宿ったのだろうか。

 ただ、その能力が一体どのようなものなのか、私が理解出来たのは大人になってからだった。

 そもそも、子供の頃の私は、ほかの人も私と同じように人の光彩を感じ取ることが出来るものと思い込んでいた。

 それが、友達との何気ない会話の中で、ほかの人は光彩を感じ取ることが出来る能力を持ち合わせていないということに気づいた。


「さやかちゃん、今日はオレンジっぽい色ね。」

 小学生の時、私は校庭のベンチに座っていて、仲のいい友達の輪郭を見ながら言った。


「えっ?この服のこと?クリームだよ。」


「服の色じゃなくて、さやかちゃんの周りの空気がオレンジっぽいから。」


「空気?何のこと?空気って?」


「分からない?じゃあ、私は何色?」


「服のこと?」


「ううん。そうじゃなくて、私の周りは何色に見える?」


「?

 何のことか分からないよ。」


「分からない?私の周りの色、見えていないの?」


「何だか知らないけど、そんなもの、見えないよ。」


「そうなんだ……見えないんだ。」

 私は、ほかの人と何かが違っている。

 ほかの人には見えないものが見える。


 話が横道に逸れてしまったので、元に戻そう。

 さやかちゃんとの会話から6か月くらい前。

 ある日の夕方、私は、友達の家から帰ってきて、アパートの外階段を昇って行くと、2階から降りてきた見知らぬおじさんにぶつかってしまった。

 そのおじさんは、「大丈夫?」と少し怒ったような口調で聞いてくると、私の返事も聞かずに階段を駆け下りて行った。

 私が反射的におじさんの方を振り返えると、私の目に映ったおじさんの後ろ姿は、不思議なことに墨汁のように真っ黒な闇に包まれているように見えた。

 なのに、不思議と後ろ姿は見えていた。

 その光景は、子供の私の理解を遥かに超えていた。

 その後、おじさんはどこかへ走り去ってしまった。

 私は暫くその場に立ちすくんでいた。

 ……怖かった。

 おじさんに取り付いていた真っ黒い闇が怖かった。

 闇を作り出した、何か得体の知れないものが襲ってくるような気がして、とても怖かったことをつい昨日のことのように覚えている。

 そして、今にして思うと、私の能力は正にこの瞬間発現した。

 私は見えない恐怖から逃れるように、母がいる部屋に急いだ。

 ドアを勢いよく開け放つと、恐怖を振り払うように、居間に向かって普段よりも大きな声で「ただいま!」とあいさつした。

 いつも通り靴を脱ぎながら、「お帰りなさい」と言う母のいつもの声を待っていたのに、一向に返事が無かった。

 見ると、母が普段履いている靴は左右きちんと揃えられて玄関にあった。

 私は、嫌な予感がして、震える手で居間のドアをそっと開けた。

 しんと静まり返った居間に母の姿は無かった。

「お母さん?」

 呼びかけた後、数秒待ってみたけど、母の返事はない。

 怖くなってきた私は、意を決して居間に入った。

 居間に入ると、中は普段よりも物が散らかっていた。

 そして、私はソファの向こう側に横たわっている人影を見つけた。

「お母さん、なんでそんなところで寝てるの?」そう言いながら、私は母の元へ駆け寄った。

 ???

 ……そこにいる母の姿を目の当たりにした私は、その状況が理解出来なかった。

 フローリングの床の上にうつ伏せに横たわっている母は微動だにしない。

 顔は横を向いていて、目は半開きのまま。焦点が定まっていない。

 まるで人形のように固まっている。

 よく見ると、母の上半身の辺りには血溜まりができていた。

 その血溜まりは、少しずつ大きく広がって、立ち尽くしていた私の足下まで届くようになった。

 やがて、私が履いていた白いソックスを真紅に染め始めていた。

 ……それからの記憶は曖昧でよく覚えていない。

 気が付くと、救急隊員の人や警察の人が沢山いた。

 私が救急車を呼んだんだと思う。

 後になって警察から聞いたところでは、鋭利な刃物で腹部を刺された母は、私が発見した時には既に亡くなっていただろうとのことだった。


 母を刺殺した犯人は今も捕まっていない。どこかに潜んでいる。

 凶器の刃物もいまだに発見されていない。

 あの時、アパートの階段ですれ違ったおじさん……あの男が犯人なんだろうか?

 漆黒の闇を身にまとった男……

 漆黒の闇って、一体、何を意味しているんだろう?

 あれ以来、様々な人の発する光彩を見てきたけど、漆黒の光彩は一度も見たことがない。

 

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