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第08話 二人の共同作業(後)

 ああ、もうどうでもいいや。このままどうと地面に倒れこみたい。

 一瞬、意識が途切れたと思うと体がすうっと軽くなった。

 ああ、とうとう魂が体から抜け出したか。思考がクリアになり、世界の果てまで見通せるような気さえする。

 手に握っているはずの刀の重さも感じない。まるで木の枝を握っているかのようだ。

 童が遊ぶようにそれを振り回してみる。

 本当にそこにあるのかと『紅錆』の刀身を確認すると、溶けた鉄のように赤い光を放ち輝いている。  

 俺は幻覚を見ているのか。

 次は俺たちの敵を見定める。デボラとその眷属、彼らはやはり俺に向かって迫ってきているが、その動きは嵐の海をかいて渡るようにゆっくりとしたものだった。

 まさかこれが、武術を極めた者は敵の動きが止まって見えるという『それ』なのか。

 俺は状況を分析するよりも先に、その力を試したくなった。

 止まった時の中を俺だけが自由に動くことができる。遊戯のように重さを失った刀を振り回し、敵を次々薙いでいく。

 あまりに都合の良い妄想のような出来事。だが、どうやら現実のようだ。あまりにもあっけなく、異形の肉塊たちは動きを止めていった。呼吸を整えるわずかな時間で敵はデボラのただ一体となった。


「なんだかよく分からねぇが、正々堂々に拘ってる余裕はなくてね」


 それこそ藁人形を断つのと変わらない。

 俺は人の姿をとどめていたデボラの上半身と、異形へと変わり果てた下半身をただの一閃で二つに別つ。


「やった、やりました。十兵衛さん」


 間延びした時間の中でマチルダが駆け寄ってくる。

 今にも飛びついてくるかのような喜びようの彼女だったが、手が届くその直前、ピタリと足を止めた。


「え、何? なんだよ、マチルダ。まだ何かいるのか」


「あ、あのう。十兵衛さん、とても言いにくいことなのですが、ものすごい魔素が全身から噴き出してますけれど、大丈夫ですか?」


「魔素とか言われてもさ、俺わかんないよ。俺はただの一般人だもん。大丈夫じゃないなら、やだなぁ、止めてよ、早く止めてくれない」


「えええー、そうなんですか。困りましたねぇ。私も何がどうなっているのか分かりませんよ。そんな量の魔素を一度に発したら身体が持たないと思うのです」


 やだやだやだ。なに、蝋燭は最後の瞬間燃え上がるとかそういう奴ですか。

 俺は最後の瞬間に限界超えちゃったのか。それはやだ。とりあえず俺は異様な光を放つ紅錆から手を放した。


「これで、どうだ。これで大丈夫だろ。なぁ、マチルダ……なんで逃げるんだよ。大丈夫だって言ってくれよ」


 手が届きそうな位置にいたはずのマチルダが、


「わーん、すいません。でも見捨てたりしませんから、落ち着いてください。未知の魔素は人間にどういう影響を及ぼすかが分からないので無闇に近づくことはできないのです。魔素の放出量、ぜーんぜん止まりませんね。困りましたわ……そうだ。いいアイデアがありますよ」


 そういってマチルダは両手に持った例の錫杖を大きく振りかぶった


「十兵衛さんの意識を断ちます。そうすれば魔素の放出が止まるかも、です」


 ブンブンと勢いよくそれを振り回している彼女。お嬢様、人間の頭を叩けば簡単に意識が飛ぶとかそういう仕組みにはなってないんだぞ。わかっているのかな?


「カモじゃないよ。勢い余って殺すんじゃないぞ……てかさ、その杖は願いを叶える杖なんだろ。それでどうにかならないのか」


「『マザーグース』は人の願いに形を与える杖です。叶えるのとは少し、違うのですが……。ああ、そうか。そういうことでしたか。分かりましたよ、十兵衛さん」


  マチルダは、一人何かに納得したよいうで、杖を握り直すと大きく振りかぶり、ちょこんと俺の頭をこづく。

 やがて、凄まじい倦怠感が俺を襲う。紅錆も元の刀に戻ったようだ。

 

「倒れる前に、何が起こったのかだけ聞いておこうか」


 ふらつきながらマチルダの話に耳を傾ける。彼女がそっと手を差し伸べてくれたので、ゆっくりその場に座り込む。


「はい、『マザーグース』は、あらゆる伝説や伝承を現実にする力を持つといわれています」


 いやぁ、そんなに凄い力があるんならさぁ……。


「私だってそんな力は本当にただのおとぎ話だと思っていたのですのよ。真実はおそらく人の想いに形を与える魔素の導管のようなものでしょう」


「なんだか、よく分からないが杖の力が俺に宿って、アイツを倒すことができたってわけ」


「はい。私が十兵衛さんの戦う姿を見て、子供のころに聞いたおサムライ様の物語を想い出していたのです。十兵衛様ならきっとどんな敵でも倒してくれるんだと。その私の想いを『マザーグース』が聞き遂げてくれたのだと思いますわ」


「なるほど、マザーグースか。昔話よろしく、すべて『めでたしめでたし』で終わったのなら、これ以上の文句はねぇよ」


 そこまで聞いて、俺は彼女の背中をそっと押す。


「マチルダ、君の友人とお別れをしてくるんだな。俺は少しだけ……横になる。もう構う必要は……」


 もはや俺に何かを語るだけの思考力は残されてない。地面に吸い込まれるように倒れこむと、世界が暗転した。







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