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第06話 すれ違う二人(後)

「ニエ……ニエ……ニエヲ……」


 デボラだったものは今や、不気味な、無様な姿を晒していた。

 人間の姿そのままの上半身は血の気を失い、干からびた土気色の肌を見せる。皮膚を失った剥き出しの肉塊でできた下半身は、馬よりもずっと巨大で、太く隆々とした筋肉の塊である四肢は一歩歩むごとに床板を砕いていた。


「斬ってしまってもいいんだよな?」


「はい。これ以上は一人でも犠牲者を出すわけにはいきません。私の甘さのせいで、十兵衛さんを巻き込み、この街の人の命までも危険に晒しました。そのことは理解しているつもりです」


「そうか。まぁ、気にするな」


 俺は深く呼吸を整えると半歩前に歩み出て、デボラを迎え撃つ。


「遠き者は音に聞け。近きものは目にも見よ。我こそは雉子真十兵衛(きぎすまじゅうべえ)。日ノ本は上野国の生を受けたサムライである。故あってハイブリーデン女伯爵マチルダ・ウェザーエザー殿に助太刀いたす。いざ尋常に勝負」


 愛刀を取り出すと汗ばむ手でじっと構える。

 一度、名乗りを上げてみたかったもだけれど、念願叶ったな。

 愛刀『紅錆』。我が家に代々伝わる無銘の刀。おそらく江戸時代後期に生み出された凡作。それでも人を斬るためのものだ。肉塊如きに後れはとるまい。

 裂帛の気合。

 上段から振り下ろされた一撃は、肉塊の1体を両断する。


「や、やった……やったぞ! どうだ、見たか。俺だってやればできるんだ」


 俺の喜びようは滑稽かい? 仕方ないさ。血を流す生き物を斬ったのはこれが初めてだ。

 いや、そいつは血も流さなかったし、生物であるかさえも疑わしいのだけれど。

 肉の塊とはいえ、藁の人形ではない。人を襲う手段を持っている、その意志を持っている。

 1匹倒したところで次が襲い来るのが道理。

 脛を狙っての攻撃を、後ろに跳んで避けてはみたがバランスを崩して転倒。

 飛び掛かってきた三匹目を何とか打ち払い、立ち上がる。が、さらなる1撃を下段で受けた瞬間、強い衝撃が両手を伝う。震える手。『紅錆』を弾き飛ばされてしまっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 追いつめられ死を覚悟した瞬間、目の前の敵を光弾が敵を引き裂いた。

 マチルダか。だが、支援はそれきり。連続で打てるようなものではないか。

 呼吸は乱れていた。乱れに乱れていた。意識は朦朧としてもう何時間も戦っているような心地、時間の感覚も、肉体の感覚も曖昧になっている。

 マチルダ。守れなかった、すまねぇな。カッコはつけたが、所詮はこの程度だ。なにせ兵士といっても俺は一度だって実戦というものを経験したことがないのだから。

 勘違いはするなよ、機関の戦いは前線(フロントライン)にはなかったが、たしかに戦場だった。

 けれど俺は、伝令であり、密偵であり、見張り番であり、通訳だった。それだけのこと。

 武士に憧れていた。だから、武雄なんてつまらない名前を捨てて十兵衛を名乗った。

 だが、何年も、何年も刀を振り続けてきたが、命というものに触れたことはなかった。


「打つ手なしだ」


 一人になった途端このザマだ。俺は結局……。


ロンドン◇コソコソ噂話

十兵衛の「斬ってしまってもいいんだよな?」のセリフは某fateの名セリフ『別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?』を想起させますね!

悲しいかな、そのセリフに見合う実力はありませんでした。

そして、今回で十兵衛君の本名が武雄たけおであることが判明しましたね。なかなか立派な名前だと思いますが本人は気に入らないようです。

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