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第05話 すれ違う二人(前)

「なんだ、なんだ、なんだ。一体何なんだよぉ、あれは」


 まさか不思議の国に迷い込んだとでもいうのか。ウサギの尻を追っていた記憶はない。それとも、不用意に地獄の門でも開いてしまったのか。それならばどこにでも潜んでいよう。心臓が鼓動を強く打ち、全身の毛穴が開く。本能がソレと対峙することを拒んでいる。

 魑魅魍魎の類は、およそ人の想像力の賜物だとこの十年で学んだはずだった。それがこうもあっさり裏切られるとは。

 はるか高みから俺たちを見下ろすデボラの瞳は炎のように真っ赤に染まり揺らめいて焦点は曖昧で、もはや正気を失った者のそれであった。

 マチルダの様子をうかがうと、デボラ、デボラと親友の名を呼び震えてはいるものの、慌てふためく様子はない。俺は彼女の手を引っ張ると廊下に向かって駆け出した。


「とにかく逃げよう」


 俺たちが動き出すとデボラの視線もゆっくりと追ってくる。しかし、動きは緩慢だ。玄関から外に飛び出せば、オートモービルがある。


「アツイ……アツイ……アツイ……カラダ」


 もはや人のものと思えないデボラの重く暗いうめき声が響き渡る。

 廊下に出ると、かすかに血の匂いがした。館全体が静まりかえっていて、騒ぎに気付いた何者かが飛び出てくる様子もない。

 腕を引く俺、それに抵抗するマチルダ。


「どうした、マチルダ」


「十兵衛さん。ここは私に任せて、早く逃げてください」


 何を言ってるんだ、このお嬢様は。それはこっちのセリフだ。

 君なんかにあんな化け物をどうにかできるとでもいうのかい。

 俺が呆れていると、部屋の中から頭部のない四つん這いの人間のようなものが、1体、また1体と飛び出してくる。

 あの化け物になったデボラの下半身、その縮小版のような姿で、不細工な見た目に関わらず猟犬のように軽やかに動く。

 ほうら、早く逃げないと。だが、マチルダは真剣な表情で語りかけてくる。


「ウェザーエザー家は魔人狩り(デモンスレイヤー)の頭領、退魔士を統べる者。私たち一族は代々その務めを果たしてきました」


「なるほど。それが君の家の稼業というわけか。それでも、君は父上から何も教わってはいないんだろ、先代から受け継いではいないんだろう。気負うのは分かるが背伸びなんかするな。ここはいったん退け。仲間がいるなら仲間と合流してからでも遅くはない」


 マチルダは、反論だとばかりに手にしていた棒状の『何か』を構えた。金属製の棒の先に鳥をかたどった彫刻が備え付けられた錫杖のようなもの。


「教わらなかったからといって、学ばなかったわけではないのですよ」


 大きく息を吸うと彼女はため込んでいたすべてを吐き出すような大きな声で叫んだ。


「喰らいなさい、弧状弾(アーチボルト)!!」


 杖の先がまばゆい光があふれ出し、そこから光の矢が放たれる。矢は三本、それぞれが化け物たちの背中に向けて突き刺さる。

 彼女の魔法(か何か不思議な力)に一瞬感動したものの、化け物は次から次へと無尽蔵に増えていく。7匹……8匹……ダメだ。逃げるしかない。

 光弾を受けた敵も動きこそ鈍ったものの動きを止める様子はない。


「俺は君の背中を押した。だから、君の袖を引くのも俺の役割だ」


「私が逃げて、それでは街の人々はどうなります!デボラは暴走しています。今は急激な変化に体の再生が追い付いていないだけ。あのままでは多くの犠牲が出てしまいます」


 化け物たちは前脚に備わった鋭い爪で目の前の標的を切裂こうと襲い掛かってくる。どこが頭だかもわからない。

 玄関と廊下をつなぐ扉を閉めると全身で押さえつけ、ここを最後の防衛線とした。


「何か、とっておきはあるのか」


「この杖、『マザーグース』は、我が家に伝来する秘宝。人の願いを形にするといわれます。いざとなれば私の命を犠牲にしてでも、デボラを葬りますわ」


「あのなぁ、そんな決意を聞かされて、俺にどうしろっていうんだ。死ぬまで戦えって言ってるのと同じだぞ。自爆技は封印だ。他に何ができる?」


「すいません。私、弧状弾アーチボルトくらいしか修得しておりませんの。でも、体力の続く限りはいくらでも撃てますわ……一度撃つと魔素の回復まで少し時間が必要ですけれど」


 こちらが1発撃つよりも、敵の数が増えるほうが早いじゃないか。


「いえ、敵も限りのないわけではありません。デボラに宿った魔術、アレはおそらく『肉』の『変成術』。自らの肉体を削って生み出しているにすぎません。本体の消耗も激しいはずです」


 俺の心を読み取ったかのように答える。

 押さえていた扉が歪む。もう限界のようだ。


「十兵衛様は、どこか近くのお屋敷で電話を借りて内務省にご連絡を。救援が来るはずです」


「そう言われて、はいそうですかと逃げ出せないのが男って奴なんだよ。そこは理解しろ」


 扉に向けられた力が一気に膨れ上がり、堪らず俺は後ろに吹き飛ばされる。

 扉だったものは四散し、首なしの肉塊たちが玄関へとあふれ出てくる。そして、最後に廊下を抜けたデボラ本体が顔を出す。その腹部からボタボタと、新たな肉塊を生み出し続けている。



ロンドン◇コソコソ噂話 

『鬼滅の刃』の海外タイトルが「Demon Slayerデーモン・スレイヤー」。

魔人狩り《デモンスレイヤー》はそれと掛けてます。

本編の敵は魔人と呼ばれる存在となります。

敵が吸血鬼だと本当にジョジョの奇妙な冒険第1部になってしまいますからね。

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