8.
それから数日、ピノはほとんどポンと話をしませんでした。それは、ピノがポンを避けていたわけでも、その逆でもありません。
ポンが出かけていたからです。
ポンは失くしてしまったガラス玉の代わりに、他の贈り物を探しに行っていたのです。
どんぐりのお祭りはもうすぐです。
それまでに彼女への贈り物を用意しなければならないからです。
ピノは、そんなポンを見ていると、心が苦しくなりました。
だけど、やっぱり自分から謝ることはできませんでした。なんだか悔しくて、なんだか悲しくて、ポンが結婚しなければ良いと思ってしまったのです。
だけど、そうも言っていられなくなりました。
なんとポンが、話しかけてきたのです。
「ねえ、ピノ」
工場が終わってピノが帰ろうとしているところに、ポンが来ました。
「な、なに?」
「どんぐりのお祭りで、僕、彼女に結婚を申し込もうと思うんだ」
「へ、へえ」
ちょっと前のピノだったら、驚いて質問攻めにしたり、手を叩いて喜んだりしたことでしょう。だけど、ピノは今、何も言えませんでした。
「それでね、ピノにも応援してもらいたいなーって思って」
ポンは失くなったガラス玉のことは言いませんでした。ただ、応援して欲しいとだけ言ったのです。ピノは胸がギュっと苦しくなりました。
胸を押さえて、ピノは言いたくもないことを言ってしまいました。
「い、いやだ!」
「え?」
「ポンが結婚しちゃうなんて、嫌だ!ポンは僕の兄弟子だもの。ずっと僕のお兄さんでいてくれなくちゃいやだ!」
そう言ってうわーんと泣きだしました。
「ピノ?」
どうしてピノが泣きだしたのか分からず、ポンは驚いてピノの顔を覗き込みました。
「ピノは・・・反対なの、僕が彼女と結婚しようとしていること」
「そ、そうだよ」
「どうして」
「ポンの大切な人は僕だ!僕はずっとポンの弟なんだから。だから、結婚なんかしちゃいやだ。どこかに行っちゃ嫌だ!」
大声で泣くピノの頭を、ポンは優しく撫でました。
「ねえ、ピノ。どこにも行かないよ」
ポンはそれだけを言いました。とても優しい声でした。
ピノは少し泣いて、ポンの言った言葉を考えました。
「どこにも・・・行かない?」
「行かないよ」
ピノはポンが結婚したら、どこかへ行ってしまうと思って泣いていたのです。ポンはそれがわかったので、それを一番に教えてあげました。それから、もっと大事なことを言いました。
「ピノは僕の大切な弟だよ。だから僕はどこにも行かないで、ちゃんと工場にいるよ。結婚したら、君にはお姉さんが増えるだけじゃないか」
それを聞くとピノは途端に泣きやみました。
「お姉さんが、増える」
みるみるうちにピノの顔が驚きの表情になりました。
そうです。ポンが結婚したって、工場をやめるわけではないのです。ポンにお嫁さんが来たならば、ピノにとってのお姉さんができるということではないですか。ピノはそれに気づいていなかったのです。
これでピノが泣き止んで、ドングリのお祭りでポンのことを祝福してくれる、そう思ったポンでした。ところが、またピノは泣きだしました。
「うわああああん、うわあああん」
「ピ、ピノ?一体、どうしたのさ」
さっきよりももっと大声で泣きはじめたピノに、ポンはおろおろしてしまいました。今度は一体何で泣いているのかさっぱり見当がつきません。
「ピノ、どうしたの。何がそんなに悲しいんだい」
「うわああああん、だって、うわあああん、ポン、ごめんなさい」
「ごめんなさいって?」
ポンはほとほと困ってしまいました。ピノは何に謝っているのでしょうか。
大声で泣いていたピノの声がだんだん治まるまで、ポンは為す術もなく待っていました。そして、やっとピノの声が落ち着くと、ピノの方から言いました。
「ポン・・・ポンのガラス玉、落として失くしちゃったの、僕なんだ、ご、ごめんなさい」
「ああ」
それで泣いていたのかと、ポンは納得がいきました。
「ピノ、それでそんなに気に病んでいたんだね。あんなところに置きっぱなしにしていた僕も悪かったんだよ。気にしないで」
ポンはピノのことを責めませんでした。怒った声でもありませんでした。
「だけど、ガラス玉がないと・・・プロポーズ・・・できないでしょ」
「そんなことはないよ。大丈夫、何もなくてもピノが応援してくれるなら」
「そうなの?」
「うん」
ピノは何度も何度も謝りました。本当に悪かったとやっと言えたのです。謝らないでいるのはとても苦しいことでした。それが分かっているのか、ポンは何も言わずに許してくれました。
そしてどんぐりのお祭りで、ピノはポンのことを祝福すると約束をすると、ポンはとても喜んでくれました。
ピノはポンの大切な大切な弟だったのです。ポンが結婚したって、それは変わらないこと。ピノはそれがわかってやっとホッとしました。




