7.
ピノが部屋中を這いつくばっていると、工場の扉が開きました。
「ただいま」
親方が帰ってきたのです。その声を聞いてピノはすぐに立ち上がりました。
「お、お帰りなさい!」
「おう、ただいま。ピノ、何やってんだ?」
いつもは2階で作業をしているはずのピノが1階にいたので、親方が尋ねると
「あ、お、お茶を飲んでいて」
とピノはウソをつきました。そして、そのまますぐに2階へ上がって行きました。ピノはあんまりびっくりして、親方に本当のことを言えなかったのです。そして、ガラス玉を探すことができなくなってしまいました。
その日は、ポンは工場に帰ってきませんでした。
次の日になって、ポンが工場へやってくると、まず作業机の上の箱を見ました。その綿の上にポンの大切なガラス玉が乗っているはずです。
ところが、そこにはガラス玉がありません。
「ない」
どうしたことかと、ポンは大慌てで机の上を探しはじめました。だけど、机の上にはありません。下に落ちたのかと机の下も見ましたが、やっぱりありません。
その様子をピノは階段から見ていました。
ポンは思いつめたような顔をして無くなったガラス玉を探しています。だけど、ポンは何も言いません。ピノに聞いたりしませんでした。
それを見ていてピノは、悪いことをしたとわかりました。自分が失くしてしまったと謝らなければなりません。
階段を一段降りて、
「ポン」
と、ピノが言おうとした時、
「おはよう」
ちょうど親方がやってきました。そして、ポンが何かを探しているのにすぐに気づきました。
「どうした、ポン」
「虹のしずくがないんです」
「なんだって?そこらに転がったんじゃないのか?」
親方はそう言いながら、机の上を覗き込みました。
ピノは出るに出られず、階段の途中から二人の様子を見ていました。
「祭りはすぐだぞ。彼女に渡せないと困るだろうが」
「はい」
ポンの困り切った声に、親方もため息をつきました。
「とにかく探すんだ、どっかにあるから」
「はい」
ポンと親方は机の上や下を探しました。
それを見ていたピノはますます、そこに行きにくくなってしまいました。しかも、今の話を聞いていてショックを受けていたのです。
(あのガラス玉はどんぐりのお祭りで“彼女”にあげるものだったんだ)
大切な人に渡す物。それは彼女への贈り物だったのです。ピノへのプレゼントではありませんでした。それがショックというよりは、その贈り物が結婚の申し込みだとわかったのです。
ポンが大切なのは、ピノではなかったのです。
ポンは結婚するのです。
今まではピノだけの兄弟子だったのに、お嫁さんにポンをとられてしまう、ピノはそう感じてしまいました。
結婚したら工場からいなくなってしまうかもしれない。
そう思うと、ガラス玉を失くしたのは自分だとは絶対に言えなくなってしまいました。それどころか、ガラス玉なんて見つからなければ良いとすら思ったのです。
ピノは2階に行って、何も知らないふりをして、いつもより仕事に打ち込みました。