3.
砂丘を歩いて少し行くと、まるでオアシスのように泉が現れました。小さな水たまりですが、水が澄んでいてとてもきれいです。そこでは妖精たちがたくさん、スーっと飛んできては、光る水面にチョンと足を濡らしていました。
こんなにたくさんの妖精が見られたことと、泉のあまりの美しさにポンはぼんやりしてしまいました。ただただ美しくて、そして幸せな気持ちがポンの心からも泉のように湧いてくるのです。
そしてその光景を見ていて、一番に感じたことは「彼女にもこの美しい泉を見せてあげたい」ということでした。
ポンがそう感じた時、妖精たちはポンの存在に気付きました。
妖精は幸せを感じる心が大好きなのです。もちろん、誰だって妖精を見ればすぐに幸せな気分になりますが、ポンが幸せなのは、彼女のことを大好きという気持ちが心にたくさん満ちているからです。妖精はそのポンの心に気付いて、一緒になって喜んで、そして羽を震るわせました。
秋の風に、妖精の秋の羽が震えて泉の水に反射しました。
すると、そこには小さな虹がかかりました。
ポンはますます幸福感でいっぱいになりました。息をいっぱいに吸い込んで目を閉じて、あまりの美しさを目の中にとどめようとしました。
目を開けると、妖精たちは虹に向かって飛びあがっているところでした。
虹ははじっこが空気に溶けていますが、その先端がまるで七色の光りのしずくのように溶けています。
七色のしずくがポタリと落ちると、妖精が飛んできて、そのしずくに触りました。
パっとしずくは飛び散り、七色に光るかけらのようなものが空気に広がります。光りの花火のようです。
「うわあ、なんてすてきなんだ」
こんなに美しいものは見たことがありません。ポンは夢中になってその光りを見ていました。
そしてふと気づきました。
「ああ、これが”虹のしずく“だ」
親方はきっとこのことを言ったのでしょう。
しかし、虹のしずくは確かにしずくで、とても石のようには見えませんし、ちょっと高いところにあるので、ポンには触ることもできません。
妖精だったら飛ぶことができますから、虹のはじっこを撫でることなんて簡単なことかもしれませんが、ポンはただ地面から見上げるしかできないのです。
せっかく虹のしずくを見つけたけれど、これでは彼女にあげるどころか、持って帰ることもできないな、と諦めました。
それでも、その光りは、彼女にピッタリだな、と思いました。
ポンが目を細めて眺めていると、先ほどの2人の妖精がポンの両隣に降り立ちました。そしてポンに向かってにっこりと笑いかけると、ポンの手を取りました。
「ん?」
妖精が小人に触ることなんてなかなかありません。ポンは両方の手を握られて、心がふわふわしました。
ふわふわ……ふわふわ……
ふわふわしていたのは、心だけではありません。なんと、ポンは体もふわふわと浮いているではありませんか。妖精に手を取られて、妖精がポンを浮き上がらせてくれたのです。ポンはあんまりにもびっくりして、声も出せません。体も緊張して固くなってしまいました。
でも怖くはありません。両隣には妖精がいますから。
妖精たちはポンを虹のはじっこまで連れてきてくれました。
虹のはじっこからは、虹のしずくがポタリと垂れています。妖精はポンの片手を離してくれたので、ポンはしずくを手のひらに乗せました。
少しひやっとしていて、ふんわりとした感触です。妖精はポンを地上に下ろすと、ポンの手のひらに乗っている虹のしずくを何かキラキラしたものでくるみました。
それから妖精は、口をパクパクと動かして何かをポンに伝えようとしていました。身振り手振りをしていますが、声はまったく聞こえません。
ポンは首をかしげていましたが、なんとなくわかるような気がしました。
≪おうちに帰るまで、泣いたり怒ったりしないこと≫
なぜそれがわかったかというと、虹のしずくは妖精のものだからです。妖精はとても清らかな存在なので、怒ったり泣いたりすることができません。そういった負の感情を知った時、妖精は死んでしまうのです。だからきっと、この虹のしずくも、ポンが怒ったり泣いたりすると消えてしまうのではないでしょうか。そんな気がしました。
ポンは真面目な顔をしてうなずきました。でもきっと大丈夫です。だって、今日は彼女のことを考えていたから心がとっても幸せですし、こんなにたくさんの妖精にも会えて、しかも素敵なものも見られたのですから、ポンの心は幸せが満ち満ちています。家までの間はそんなに長くはありませんから、いきなり怒ったり泣いたりするようなことはないでしょう。
妖精はにっこりと笑うと、ポンに手を振ってそしてキラリとした光りを残して飛んでいきました。
「ありがとう!」
ポンは妖精たちにお礼を言って、そしてまた砂丘へ戻り、家へ帰ることにしました。