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死神の生まれ変わり  作者: 白石 楓
6/9

伍日目 孤立無援

 ――黒板の音と一人の声が部屋の中で響き渡る。


 今日は土曜日。いつもなら学校は無い。が、第二土曜日というふざけたシステムによって、たった4時間うけるためだけにわざわざ学校まで来させられている。


「――ってそれはどうでもいいんだよ」


 今の問題はそこでは無い。いつもならこの第二土曜日が厄介に聞こえるが、今回ばかりは神の助けと言うべきであろう。


 琴音さんの死因。その原因として考えられるのは3つだ。まずひとつは突然の事故死。二つ目はいじめによる殺人。三つ目はいじめによる自殺だ。


 まず大前提に琴音さんはいじめを受けている。理由はわからないが、いじめていた1人である葵のあの狂気を見る限り、いじめのレベルとしてはかなり酷いいじめだと思われる。そして、そこから導き出した死因の可能性。それはいじめによる殺人や自殺である。


 いじめは本人にしかわからない辛さがある。そしてそのいじめが続くと人間不信、恐怖、孤立などという現象が起こり始め、それに抵抗できない者、救いの手を差し伸べられなかった者は逃避。最後の手段を使うことになるのだ。


 それに比べ、可能性としては唐突の事故死はあまり低いと思える。これだけのいじめが目の前で繰り返されていて、最後の死因が事故死だなんていう奇襲エンドではないと思っている。


「――だが、問題はそこをどうするかだ。」


 この問題の発端、それはいじめだ。ならば、いじめを無くせば死ぬのを防げるのではないかという考えを持つのが一般的な考えだろう。だが、いじめというものは想像よりもそう簡単には無くならないのが普通だ。それは過去の実体験が物語っている。ではどうすればいじめはなくなるのだろうか。


 僕がそう考えた時期が過去にも同じようにあった。それは葵がいじめられていた時の話だ。その時、僕は間接的にではあるが、ある方法でいじめを完全に無くしたことがあった。その方法とは――


「自分を犠牲にすること。」


 自分がいじめの対象となって他の人のいじめを無くすという方法。それが一番効率が良い且つ、いじめを無くすには簡単な方法であった。


 だから、僕は今までずっといじめを受け続けてきた。他の人のいじめを肩代わりして、落ち着いたらまた他の人のいじめを肩代わりして·····。それはまるで終わらないリレーのように卒業まで永遠と続いた。


 そんなことをして辛くはなかったのかと聞かれたら、もちろん僕はイエスと答える。いじめの肩代わりとはいえ、その被害は僕に来る。もちろん相当辛いに決まっている。しかし、僕には弱音を吐くことも、助けを高ことも許されないのだ。いや、許してはならないのだ。だって·····。






 ――僕はあいつに救われてしまったのだから。






「っていうそんな暗い過去の話は置いといて」


 今日の目標はズバリ、それを実行するというとこにある。


 琴音さんの寿命は残りあと2日。そして、いじめはまだ改善されてはいない。ということは、この与えられた第2土曜日にいじめを無くすほかは無いのだ。


「助けなきゃ。必ず·····。」


 細川蒼生はここに誓う。琴音を必ず助けると。



※ ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「アア?何お前?喧嘩売ってんのか?」


 少しガタイが良く、身長も中肉中背の蒼生より随分高い男が嘲笑いながら見下すように蒼生を見る。


 こいつの名前は前田(アキラ)。自分のクラスのみならず学年トップに君臨する、言わば皇帝のような人物だ。そして厄介なことに、女子のスクールカースト上位に君臨するポニーテールの女の子と付き合っている。


 トップに君臨しているくせにリア充とかイラつくにも程があるが、まぁそこまではまだいい。だが、ここからさらに厄介。どうやらこいつが学年全てのいじめの元凶だというのだ。


 というのも、前田は一年の時に同じクラスの連中とグループを作っていたらしく、そのグループは前田含めて5人いた。そして、その5人が集まるといつも悪さをしたり、先生に向かって暴言や暴動を起こしたりとまぁそれは酷かったそうだ。そして、2学年に上がる際はクラス替えが起こるのだが、この騒動を重大と見た職員は4クラスに最低一人づつ配置。言わば分裂作戦という手段を取った。しかし、それが問題だった。


 分裂した勢力はそれぞれのクラスで少人数ではあるが再びグループを作り始め、そしてまたいじめや悪さ、先生への暴言暴行などを起こした。つまり、分裂したのではなく拡散させてしまったのだ。


 そしてクラスごとのリーダーはそれぞれ四天王と呼ばれ、その四天王は皇帝である前田を囲っているのである。これはもう一つの支配だ。皇帝の下には四天王。そして四天王にはそれぞれ部下がいる。これではまるで逃げようがない。さらに、前田がポニテのあいつと付き合っているせいで女子の方でもスクールカーストやいじめが多発しているのである。


 それを踏まえれば、なぜ僕がこいつに喧嘩を売っているのかという理由は容易に理解できるだろう。そう、琴音さんもこいつら一族によっていじめを受けていたのだ。


 学年のいじめというのは大体この前田というやつがいじめるかどうかを決める。四天王である奴らが面白いやつをピックアップし、いじめるための口実や情報をかき集める。そして、皇帝である前田に相談をして皇帝がゴーサインを出すのだ。もちろん、それはポニテの女子、お団子女子、そして葵も例外ではない。女子のスクールカーストの頂点に立つその3人(悪の三傑)も面白いやつを引っ張り出して前田に告げ口するのだ。


 だから、この頂点に君臨するやつに一泡吹かせ、ついでにこいつの目を自分に向けさせなければならない。他の人から向けさせなければならない。それしか、救う方法はないのだ。


「おい、聞いてんのかよお前。俺らにけんか売ってるのかって聞いてるんだよ」


 前田の隣でオウムのように先程言った言葉を笑いを含めながら繰り返す人物。こいつが先程言った四天王の一人、齋藤(マコト)という人物だ。こいつと前田はクラスも同じなのでいつも一緒にいる。どうやら皇帝は援護をつけるのが常らしい。

 そしてその言葉に続けて――


「お前、俺達がいじめを起こしてるって言ったなァ?じゃあお前は見たか聞いたかってことだよなァ?そしたら、そのいじめられている奴らを言ってみろよ?おい」


「それは·····言えない。」


「アァ?言えないだと?お前、まさか俺をからかいに来たわけじゃねぇよなァ?そんな馬鹿なことするわけねぇよなァ?」


 前田は一気に顔を近づけ、威嚇のようにガンを飛ばす。権力による威嚇。だが、ここで負けるわけにはいかないのだ。


「いや、からかってはいない。それにとぼけても無駄だ。これはもう事実なんだ。だからいい加減·····」


「あのなァ?事実っつーのは証拠があって成り立つものなんだよ。だから、とぼけてるとか言うのはまず事実を提示してから言って欲しいねェ!」


「晃、こいつにはもう何言っても無駄ですよ。こいつ絶対脳みそないっすもん!馬鹿は帰れ!バーカ!バーカ!」


 前田の隣で挑発と手拍子を乗せた罵倒をする齋藤。きっとこいつのいじめ方は相手を挑発し馬鹿にし続け、相手が手を出したところで正当に集団暴力を行うというやり方だろう。そんなやつが前田の隣にいるとはとても厄介だ。が、これらは所詮厄介なだけ。蒼生はその挑発の言葉を無視し、話を続ける――


「けれども、もうその事実は証明されてるじゃないか。お前らグループの勢力分散。先生達への暴言。クラスの内での暴動騒ぎ。あげたらその悪事はキリがない。それはどう説明すると言うんだ。」


 蒼生は落ち着いた口調で一つ一つを確実に相手の耳へと伝えていく。

 事実、蒼生はこの状況がとてつもなく怖い。2対1の状況下、更には挑発役とガタイのいいやつが目の前にたっているのだ。いつ喧嘩になってもおかしくない。だが、ここで止まっては何も起こらないことはもう分かっている。時間が無い。だから、止まるわけにはいかないのだ。


「確かに、俺達のグループは危険視されて勢力分散されたのは確かだ。それは紛れもない事実。だが、先生達への暴言、クラス内の暴動をお前は見たのか?聞いただけなんじゃないのか?だったらそれは証拠としては俺は認められないなァ。つまり完全な事実ではない。」


「ッ·····。何を·····。その騒動をみんなが目撃しているんだ。火のないところには煙が立たぬ。噂がこうまでも広まっているというのに、それが事実ではないというのか。そんなの筋が通らなさすぎる。」


「す、じ·····?それは、お前の筋だろォ?お前では筋が通ってなくても俺らには筋が通ってんだよ。勝手に自分の筋を押し付けるな。それになァ、噂なんていうものは嘘でも広まるものなんだよォ。これは実体験での話なんだがなァ。なァ?」


「そうですねぇ。俺らも数々の嘘を並べて色んなことをしてきましたかねぇ。まぁ、それが何かというのは流石の馬鹿でもお分かりだと思いますけどねぇ。」


 やはりこいつらには話が通じないと蒼生は悟る。言い逃れ、正当ぶった理論。こんなのでは話し合いなどはもうできない。

 いや違う。もう分かっていた。こいつらには絶対はなしが通じないことくらいは。僕らがいじめられて対策を考えるように、いじめる側も言い逃れができるように対策を練るのだ。いじめを行う度に言い逃れができる出来事、保険をかける。だから、圧倒的に立ち回りに関しては相手の方がひとまわり上なのだ。


「――これでは相手にならない。」


 学校内ではスクールカーストが上位であれば上位なほど自由な動きができる。なぜなら学年全体が自分の支配下なのだから。自分に都合の悪いことがあったら新しく法律を作って罰則し、自分に都合のいいことだけを押し通す。これでは何も太刀打ちができない。


 やはり、僕も権力にひれ伏してしまうくそったれなのか。悪事によってできた権力に抗えず、理不尽に作られたカーストという制度に則り従い、従わぬ者がいればいじめを受けてどん底に落ちる。そんなことを許してしまってもいいのか。義はこちらにあるのに、そんなことを見過ごしてしまってもいいのか。だったら·····


「お前、偽善者だな。」


「――ッ」


 偽善者。それは過去に何度も言い放たれた言葉。いじめを無くすために尽力し、その度に言われ続けた言葉。

 なぜ、偽善者なのだ。こちらには確実に義があるはずだ。まさか、いじめや悪事を行うものに義があるとでも言うのか。


 分からない。


 ――偽善者だ。


 やめてくれ。


 ――偽善者はいらない。


 助けてくれ。


 ――偽善者がまた言ってるぞ。


 僕はみんなのために。


 ――偽善者の助けなんて要らねぇんだよ。


 偽善偽善偽善偽善偽善偽善偽善偽善偽善偽善。


「――琴音さん。今頃は集団で連れられておもちゃにされていることだろうねぇ。」


 ――ッ!!!


「このヤロォォオオオオ!!!」


 その声とともに伸びた腕は言葉を放った斎藤の胸ぐらを掴み取った。そして、斎藤が殴られると思った時にはもう遅く――


「ッ·····いってぇなテメェ!!」

 

 その振りかざした拳は見事に相手の左頬へと命中。渾身の殴りを受けた齋藤はその衝撃で床に倒れ込み、また殴りかかろうとする蒼生に対して反撃態勢をとる。そして、2人の拳がぶつかり合おうとした瞬間――


「もうやめろ!誠!お前今何をしようとしているのか分かっているのか!」


「前田っ!でも、こいつは許してはおけ·····」


「――今殴りあっても何も始まらないことくらい分かっているだろ!」


「·····ッ」


 前田にそう言われ、振りかざした腕を嫌々下ろして、悔しさをかき消すように顔を横に振る。蒼生はその会話が目の前で繰り広げられているさなか、自分も我を取り戻し、自分のしてしまった重大さに気づく。やってしまった。自分でもそう思った。


「お前がしたことは先生へと報告する。この殴られたアザや血が証拠となるだろう。もちろん、罪を犯した君にも一緒に今来てもらう。·····これで、お前の人生は終わったなァ。」


 あぁ、本当にそうだ。

 僕の人生はこれで終わった。



※ ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「んで、なんでこんなことをしたんだ?」


 場所は生徒指導室。この3畳程の部屋に机とふたつの椅子が置かれている。そして、現在の蒼生は机を挟んで座りながら先程の出来事を担任から問い詰められているところだ。


「突然暴力を振るうだなんて、細川はそんなやつじゃないだろ?」


 優しい顔をした男性が一つ一つ丁寧に確かめるように問い詰める。


 この先生は数学担当の先生で、歳も教員の中では若く、生徒たちにもかなり信頼されている先生のひとりだ。

 

「·····はい。本当にすみません·····。」


 とりあえず謝る。これは長年の作だ。

 理由を聞かれたくない時はとりあえず申し訳なさそうに謝り続ける。そうすれば、相手は理由を聞くことが面倒くさくなり、最終的にここから釈放してくれる。というより、その理由を言ってはいけない――


「謝れとは言ってないぞ。まずは理由を聞かせてくれ。なんでなんだ?」


「――――」


 言えない。言えないのだ。

 きっと先程の出来事を言ったとしても証拠がない。あるのは殴ったという事実だけ。それ以外は全て事実にしないことに出来るのだ。それに琴音さんのことを言ってしまうと琴音さんの方までこの出来事が伝わってしまい、心配を掛けさせてしまう。そんなことは絶対に避けなければならない。


「何も言ってくれないと何も出来ないぞ?大丈夫。先生は君の言葉を信じる。だから言ってみなさい。」


 ――嘘だ。


 先生は·····大人は信用出来ない。権力に溺れ、子供のことなどただの物とでしか見ていない。何を言っても無駄なのだ。そう、まるであの日のように·····。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「先生!いじめられてるの!だから助けてよ!」


 夕日が差し込む教室。小学校5年生だった僕は担任の先生へといじめが起きているという事実を伝えようと相談をしていた。今となっては、あれは相談というより助けに近かった気もするが。


 過去にも担任が変わるたびに先生へと話していた。しかし、話しているときはなんとかしてみせるとは言い切るものの、その後は何もせず、ただただ時間が過ぎるばかり。そんなすぎる時間の中でも合間を見つけて何回も相談を行ったが、証拠がないだとか自分もそれなりに対処はしているだとかで逃れてしまう。


 しかし、今回ばかりは過去以上に期待をしていた。なぜなら、今の担任は体育系の先生で、面倒見の良い先生だったのでかなり信頼があったからだ。だから、今度こそはと思って相談をしていたのだが――


「あのなぁ、いじめられてると言われてもいじめられてるところを見たことも無いし、決定的な証拠がないんだ。だから·····」


「証拠って何!だっていじめられてるんだよ!だから先生なら助けてよ!そうだ、だったら相手の親に電話してよ!そうすれば·····」


「だってとかだからとかって言うけどなぁ、そう簡単には無理なんだよ。君はまだ幼いからわからないとは思うけどな、大人には大人の事情があるんだよ。」


「大人の事情って何!なんで助けてくれないの!なんで·····なんでよっ!!」


 大人の事情、証拠がない、子供にはわからない。そんな御託を並べて、所詮は子供だからと見られるのがもう嫌だった。

 何もしてないくせに、何も見れてないくせに、何も聞けてないくせに·····。それなのに上から目線でものを言う。そういう人ばっかりだった。だから、いちばん信頼をしていた先生へ最後の望みをかけたのに。なのに·····。


「だから何回も言ってるだろ。俺は俺なりに色々やってるつもりだし、いじめがあることも知ってる。だからもう少し待ってくれ。な?」


 いつまで待つんだ。いや、もう何年も待った。何度も何度も同じような言葉を聞き続け、何度も何度も期待を打ち砕かれた。


 やはり大人は何も考えていないんだ。子供だと思って軽んじているんだ。だったら、だったら·····



「――もう大人は信じられない」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「ほら、早く言ってみなさい。」


「――――」


 蒼生は終始無言を貫いていた。


 こんなことを言っても信用されない。また期待を裏切られ絶望のふちに叩きつけられるだけだと分かっていたから。大人は信用出来ない。誰も僕らのことなんて心配していないんだ。誰も、誰も·····。


「·····俺もな。」


 突然落ち着いた口調で話し始める先生。その顔をよく見ると、優しく笑っていた顔から神妙な面持ちへと変わっているのに気づく。そして、先生は続けて――


「俺も、実はいじめを受けていたんだよ。」


「――――」


「それはもう酷くてね、靴を毎度毎度隠されたり、机に落書きをされたりね、本当に酷かった。」


「·····先生はいついじめを受けていたんですか。」


「そうだな。あれはたしか、君たちと同じ中学二年生の時だったかな。あの時はいちばん人生の中でも酷かった時期だったね。」


 先生はそう言いながら顎をゆっくりと触る。


 まさか先生もいじめを受けていただなんて思いもしなかった蒼生は驚きつつも、その驚きを悟られないように態度を一貫しつつも質問を一つづつ投げかけていく。


「·····先生はその時どうしましたか。」


「そりゃあもちろん先生へ相談したさぁ。けれども、子供にはよくある事だって言われて相談にすら乗ってくれなかった。」


「――――」


「だから、君が先生へ相談するのを躊躇するのも分かる。だが、安心してくれ。俺はそんな先生では無い。なぜなら·····」


 先生はそう言うと、少し間をあけてこう言葉を言い放った。


「俺は、それを無くすために先生へとなったんだからな!」


 なんてかっこいい先生なのだろう。まるで未来の自分を見ているようだ。まさか、同じ体験をしている人がいるだなんて思いもしなかった。


 もし、今話せればどれだけ楽なのだろう。1人では大きすぎて抱えきれないこと悩みを打ち明けられたらどれだけ楽なのだろう。いや、この人になら言ってもいいかもしれない。もう1回大人を信じていいのかもしれない。あと1回。あと1回だけ、期待させてくれ·····。


「――ぁ、」


 夕日が差し込む部屋。細川蒼生は閉じたままの口をゆっくりと開き始めた。



※ ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「さて、今日は帰るか。」


 蒼生は下駄箱で靴に履き替え、リュックを軽く背負い直す。


 あの後、蒼生はありのままを話した。もちろん琴音のことは秘密にしておいたが、先程あった出来事、今まであった出来事を全て話した。そして、先生は証拠のない出来事であるにも関わらず最後まできちんと聞いてくれた。


 だが、やはり証拠がないものは相手側に咎めることは出来ないということだけは忠告された。まぁこれは当然と言えば当然なので仕方がない。

 けれども、先生はこうも言ってくれた。他の教員にも声をかけて監視を強めるようにしておく、と。だから僕は少し安心をした。話を聞いてもらえないと思っていた教員という人種にも話を聞いてくれる人がいたのだという安堵感もあり余計に安心した。


 とりあえずは教員側も対処。いじめもこれで自分へとある程度は向くはずなので、実質目標は達成。いや、予想を超えた達成度と言ってもいい。あとは――


「どう琴音を殺させないか·····。」


 実際、どう死ぬのかというのがわからない限り安心はできない。1番可能性のあったいじめによる自殺や殺人はこれで防げたというものの、もし頭に浮かぶ数字が2であったら他にまだ原因があるということだ。


「だからまだ安心はできないよな。·····早く安心したいけど。」


 正直、これで数字が2※以外でなかった場合はどうすればいいのかもう分からない。今日できることは全てしてしまった。となると自由に活動できるのはあと1日となってしまう。もしそうだったら、自分はどう動けばいいのだろう。いや、もうその時はその時だ。とりあえず早く帰ってそれから·····ってあれ?


 目の前に見えたのは見覚えのある後ろ姿。いやしかし、よく見ると頭の上にある数字が違う。あれは本当にあの人なのか·····。それとも·····。


「あ、蒼生くん!遅いね、どうしたの?」


 そう考えていたさなか、目の前を歩いていた少女は視線に気づいたのかいきなり後ろを向き、蒼生の存在に気づいてとっさに手を振る。

蒼生は琴音が不審に思わないように手を振り返しながら近づき――


「やっぱり琴音さんかー。誰かと思っちゃったよー。」


「誰かと思ったって何さー。最近はいつも一緒にいる仲なのにー。」


 そう言いながら琴音は頬を膨らませる。

 滅多に見れない可愛い姿。しかし、蒼生はそれを見れたのにも関わらず、顔色をひとつも変えず頭上を見たまま固まっている。そして少々間が空いたあと、細川蒼生は小さく一言呟く――


「数字が·····違う。」


 数字が違う。そう、琴音さんの頭の上にある数字が違うのだ。数字が2※以外であれと願っていたのは確かだ。しかし、その数字は蒼生の予想のはるか上を越えてしまったのだ。


 何故だ。何故あそこまで努力をして、自分の身も必死に削って、なんでこんな結果に陥るんだ。だって·····なんで·····どうして·····。


「――どうして·····1なんだ·····。」


 頭上に浮かぶ1※の文字。本当ならば今日中は2※のはずだ。なのに何故か1※に変わっている。これは一体どういう事なのか。いや、もう分かっている。これはきっと――


「僕が、あんなことをしたせいだ。」


 自分があんな事件を起こしてしまったから、きっと未来が変わってしまったのだと悟った。まさか、自分のせいで寿命が遠ざかるのではなく近くなるだなんて誰が予想したであろうか。


「蒼生くん?何さっきからブツブツ言ってるの?なにか、言いたいことでもあるの?」


 あぁ、心配をされている。またしても自分のせいで心配をかけてしまっている。自分のせいで、自分のせいで·····。努力したのに、頑張ったのに、何も変わらない。


「ねぇ、大丈夫?悩み事でもあるなら話聞くよ?」


 あんだけ決意を固めてカッコつけたのが恥ずかしくなってくる。所詮は決意があるだけで自分は何も出来ないんだ。やっぱりこの小さな手ではなにも救えないんだ。何も·····。


「蒼生くん、そんなに下向かないでよ。何かあったんだったら話聞くから。」


「·····ごめん。」


「え?何?今なんて言ったの?」


「·····ごめん。」


「なんで謝るの?蒼生くんは私に何も悪いことしてないよ?むしろ私の方が·····」


「本当に·····ごめんなさいっ。」


 蒼生はただただ謝り続けた。未来の琴音。過去の自分へと謝るように。

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