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死神の生まれ変わり  作者: 白石 楓
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肆日目 君みたいには輝けない

 カーテンの隙間からこぼれる太陽からの自然光により目覚める。とても目覚めのいい朝、とまではいかないが、何故かいつもより疲れが取れている気がする。


「――ここは、どこだ?」


 蒼生はぼやけた視界を無くすように目を擦りながら周りを見渡す。

 勉強机、ぎっしりと本が詰まった本棚、見覚えのある空間、間取り。ここは間違いない。


「――自分の部屋か。」


 しかし、何かを忘れていると感覚で悟った。なにか大切なことを忘れている。そう思った蒼生は今一度自分の過去を振り返る。


 確か、あれは花火大会の帰路に着いていた時だった。琴音と別れたあと、ある1人の黒く染めた衣装に身をまとった少年が行く先にいると知り、その正体を知っていると悟った自分はその少年へと近づいた。


 そして、その少年の正体は浅間玲於だった。しかし玲於は既に狂人と成り果てており、その狂気を僕の方へと向けた。その狂気に脅えた僕の心は恐怖や怒りで埋め尽くされて、それで·····。


 お前が全て悪いんじゃないか!お前が全て悪いんじゃないか!なぜ人のせいにするんだ!なぜお前は何もしなかったんだ!お前が全て悪いんじゃないか!お前が!お前がッ!


 その言葉が脳内で繊細かつ響くように再生される。あの言葉を放ったのは間違いなく僕だった。そして相手を軽蔑して、見下して、嘲笑ったのは僕だったのだ。


 自分にもそんな一面があった。裏があった。そう思い知らされた。邪悪、狂気、貪欲、支配、拒絶。それらが一つに混ざり合い、自分の心はあの時壊れてしまった。


「なんだか、自分でもショックだな。」


 自分には少なからず良心があると思っていた。正しいことや良いことを喜びとし、悪なる行為を嫌って生きてきた。いや、人間そうあるべきだと思ってきた。だからこそ、自分の中にもそのような悪なる心があるという事実を思い知らされた瞬間、今の自分に対してのショックと情けなさが大きく襲ってきたのである。


「まぁ、それはとりあえずいいとして·····。ここにいるってことは帰ってきたってことだよな。ってすると、帰ってきた記憶があるわけだ。あるはずなのだが、自分が狂気に陥って以来記憶がない。」


 とすると考えられる答えは2つに分かれる。まず1つはあの後に意識を失い、誰かに家へと送ってもらった可能性。2つ目は意識が朦朧としつつも自分の足で帰った可能性。


「――兎にも角にも、自分じゃ原因は分からない。親に直接聞いてみるか。」


 そう思い立った瞬間、部屋のドアが二回ノックされ、普段着を着た母親がお盆に乗ったご飯を手に持って入ってきた。


「――どう?体調は良くなった?」


「うん。体調面に関しては問題ない。精神的にはあれだったけど·····ね。」


「そう、なら良かった。あなたがいきなり夢翔くんに連れられてきた時はびっくりしちゃったわ。しかも気を失って。何があったの?」


 それを聞いて蒼生は少々驚く。


 自分が倒れていた件に関しては想像の範囲内だったのでまだ驚かなかったものの、驚いた点というのは夢翔が連れてきたというところだ。


「――夢翔はなんで僕を連れてきたんだ?いや、連れてこれたんだ?」


「え、私はてっきり蒼生と夢翔くんがばったり会ったのかと思ってたんだけど、違うの?」


 ばったり会っていた?そんなわけがない。少なくとも琴音さんと分かれた時までは人はいなかったはずだ。それにもし近くに人がいたとするならば、さすがの玲於もあそこまで狂気じみたことを大胆にするわけが無い。まぁ、人の目すらも気にしなくなるほど狂気じみていたならば話が変わるってくるが·····。


「まぁ、それはいいわ。とりあえず今日は大事を取って学校は休みなさい。理由はいずれ言ってくれればいいわ。」


 母はそう言い終わるとお盆に乗ったご飯を机の上に乗せて、何かあったら言ってね、と言った後に部屋を出る。


 それを見届けた蒼生は、今にもなにか入れてくれとSOSを出している胃の嘆きを抑えるために机の方へと移動する。お盆に乗ったご飯。それを見た蒼生は静かに驚く。


「――なんなんだよ。この量。」


 それは昼に食うレベルの量。ごく普通の、食べ盛りの男子でも満足するような量だ。しかし蒼生が当たり前のことに驚くのにもわけがあった。なぜなら――


「今は朝じゃなかったのかよ。」


 そして蒼生はカーテンをあけて外を覗く。それですら信じられず、部屋の置き時計にも目を通す。


 15時20分。それは既に昼を超えて夕方に差し掛かる頃であった。


「ということはちょっと待てよ。僕は一体何時間寝てたんだ。」


 確か、昨日の花火が終わったのが午後9時。帰路についてあの事件が起こったのは推測で10時から10時半頃だと思われる。そこから11時に運ばれて寝たのだとしたら、およそ16時間寝てたということになる。


「――いや寝すぎじゃね。ってかそもそも大事を取って休みと言うより、学校に行けないという方が言い方は正しいじゃないか。」


 それに、このような大事な時に休むというのは自分や琴音に対してある意味の死を意味する。何せ、葵にも手を加えた玲於の事だ。琴音や周りの奴らも巻き込んで何かをしでかす可能性も無くはない。そして、昨日あんなことがあったことで何かを起こす可能性はかなり大きいはずなのに。分かっているのに――


「今日は大事を取って学校休み·····か。よりによってこんな時にっ!クソっ!!」


 蒼生は何かを投げたい衝動に駆られ、近くにあった枕を見つけて壁に勢いよく投げつける。


 このままでは自分がしてきた努力が水の泡となってしまう。まさか、玲於はこのことも狙った上で昨日は自分に仕掛けに来たのだろうか。もしそうなのであれば、相手の手の上で踊らされてる感じがして、とても悔しくてたまらない。それに·····


「自分がなぜここまで連れてこられたのかも、なぜ記憶が無くなっているのかもよく分からないままだ。謎が突然現れ始め、その謎がさらに謎を呼ぶ現象。このままではいくらなんでも納得がいかないじゃないか。」


 誰か早く僕に真実を。早く僕に全てを教えてくれ。一体あの時何があって、あの後はどうなって、玲於は何を考えているのかを。

 すると、その事実を知りたい衝動に耐えられないことを事前から知っていたかのように、自分の家のインターホンがなり、しばらくすると階段を上る音が聞こえてきた。


 その音は徐々に大きくなり、やがて部屋の前でピタリと止まってドアが2回ノックされる。入るぞという聞き覚えのある声とともにゆっくりとドアの戸を開け始める。


 黒い制服に身を包んだ、背丈は自分よりも少し高い少年。


「――よっ!元気にしてたかー!お見舞いに来たぞー」


 その声とともに目の前に現れたのは、蒼生の親友であり、心を許せる唯一の人物。そして、最も会いたかった二人のうちの一人。真田夢翔であった。


「――わざわざ気を使ってもらってすまないな」


 夢翔は蒼生が床に座るのはあれだからと出したクッションに礼を言いながら、ゆっくりと腰を下ろす。


 夢翔の姿をよく見ると、学校帰りにも関わらずリュックを背負ってきていないことに気がついた。どうやら、一度帰ってから着替えもせずにここまできたらしい。そこまでして心配してここまで来てくれたのだろうか。それとも·····。


「――さ、じゃあ話をしようか。聞きたいこと、沢山あるだろ?」


 全て分かってると言わんばかりの自慢げな顔をしながら、夢翔は蒼生に向かって疑問を問いかける。


 やはり夢翔は全てを分かっていた。それを理解した上で話に来てくれていたのだ。なぜ僕が気がついた時には家で横になっていたのか。なぜあいつが突然僕の前に現れたのか。そして、その謎が謎を呼ぶ現象、輪廻に僕が囚われているということを。


「·····じゃあお言葉に甘えて。まず、なぜ僕は気が付いた時にはここにいたのか。その教えて欲しい。」


「おぉ、まずはそこから来るか。まぁ答えは簡単だが、蒼生は俺がここまで連れてきたって言うのはお母さんから聞いてるか?」


「うん、聞いてるよ。夢翔が僕をここまで連れてきたってことだけは。だけど、僕の記憶では夢翔に会った記憶はないんだ。」


「だろうな·····。」


 夢翔は何か嫌な思い出を思い出すかのように渋い表情を一瞬だけ見せ、そして何かを決意したかのように再び蒼生の目を真っ直ぐ見つめる。


「これを聞いたらショックを受けるかもしれないが、実はあの夜、蒼生は道端で倒れていたんだ。それも酷い姿で。服はところどころ乱れ、汚れ、何かを追い求めるかのように呻きながら倒れていた。」


「えっ·····。」


「まぁ驚くのも無理はない。あの時は俺もびっくりしたからな。何せ、祭りにちょっと行ってみるかと行った帰りに蒼生が倒れてるんだから、何事かと思ったよ。」


 と笑いながら言う夢翔だが、あの一瞬の表情から推測するに、実際の所はびっくりというレベルの驚きではなかったように思える。


 それはそうだろう。人が道端で倒れている。それだけでもかなりの衝撃があるのに、それに加えて親友が倒れているというのが加わってしまったら、もう取り乱すレベルだ。


 しかし夢翔はここに来てまでも何も問わず、こうして笑いを挟みながら、一つ一つの疑問について冷静に回答している。実際は夢翔の方にもたくさんの疑問があるはずだ。聞きたいことは沢山あるはずだ。なのに、まずは相手の疑問を先に解消しようとここまでしてくれる。ならば、僕にも責任はあるはずだ。真実を話す責任が·····。


「じゃあ次の質問をしてくれ。どれでもいいぞ。例えば·····」


「――ねぇ、夢翔。」


 蒼生は話を続けようとする夢翔の言葉を遮り制止させる。そして続けて、


「もう、いいんだ。僕には覚悟が出来ている。だからもう気を使わなくてもいいんだよ。今度こそ真実を言う。それが僕の責任だから。昨日の、あの時のことを。」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「なるほどな·····。」


 琴音と花火大会へ行ったこと。浅間玲於に遭遇したこと。葵が玲於に洗脳されていたこと。自分が狂ってしまったこと。蒼生はそれら全てを洗いざらい話した。


 それらを聞いたらきっと夢翔は驚いたり、質問攻めにあうだろうと思っていたのだが、案外あっさりと話し終わった。夢翔も特には驚くような素振りも見せず、真剣に話を一つ一つ聞いてくれた。


「ということは、今回の出来事はとりあえず玲於のせいでいいということなんだよな。」


「あぁ。まぁ玲於のせいというのは少し言い方が異なるが、受け取り方はとりあえずは合ってると思う。」


「そう、か。これで全てが繋がったな。葵のこと、琴音のこと、昨日のこと、そして過去の俺たちが。」



 ――過去の俺たち。


 そう。先程話したことの元凶は全て玲於による裏工作だ。しかし、あんなふうに変わり果ててしまったのは過去の僕達のせいでもあるのだ。


 いじめられてしまった玲於。実際にはあの時も僕達は同時進行でいじめの対象となっていた。しかし、玲於へとヘイトが向いたことによって僕達へのいじめは軽減された。


 いじめが軽減されたおかげで、僕らは周りを見渡す程の余裕も出てくるようになった。そして、玲於がいじめられているということに気がつき、同じいじめられているものとして救ってやりたいと思い始めた。しかし、それを行動に移すことはなかった。


 実際は自分が玲於のおかげでいじめられなくなってほっとしていた。これ以上いじめられなくて済むと心のどこかでは安堵をしていた。だからこそ、玲於のいじめを目の当たりにしても足が動くことなかったのだ。恐怖、安堵。それを覚えてしまったものはもう動けないのだ。


 だから僕らにも罪はある。玲於をあんなふうに狂わせてしまったことや親友を裏切ってしまったこと。一概に玲於のみが元凶とは言えないのだ。



「だが、ここでひとつ疑問が生まれないか?復讐なんていつでも出来たはずだ。しかも卒業してから一年以上も間が空いている。なのになんで今更なんだ·····?」


 確かにそれは蒼生も思っていたことだ。復讐ならばいつでも出来たはずだ。やり方だっていろいろあったはずだ。それこそ言い方は悪いが、殺したいと思えば殺してしまうことも出来たはずだ。なのになぜ今更。なぜこのよう裏工作などと汚い方法で復讐を行なってくるのだろうか。


「·····おっと、もうこんな時間か。あまり長居するのも良くないし、ここで俺はおさらばするよ。」


 夢翔は部屋にある掛け時計を確認してその場から立つ。思えば、夢翔が来てからもう既に1時間ほど経過していた。


「じゃあ俺は帰るけど、蒼生も気をつけろよ。あいつは何してくるかわかんねぇから。まぁいざとなれば俺を呼んでくれたらすぐ駆けつけるからよ!何せ、お前の足だからな!」


 夢翔は冗談を挟みながら蒼生に忠告。そして別れの言葉を交わしたあと、きちんと蒼生の母親へお邪魔しましたの言葉を掛け、重い扉をゆっくりと開けた。



※ ※ ※ ※  ※ ※ ※ ※  ※ ※ 



「とりあえず、事情は聞けたな。」


 蒼生の家からの帰路。夢翔は無事事情を聞けたことに安堵し、自分の家へと帰ろうとしていた。が、その安堵は束の間――


「·····あの人影は。」


 黒いパーカーに身を包む人物。その人影がただこちらを向いたまま、まるで今まで待ち伏せしていたかのように突っ立っている。

 顔はフードを被っているため見えないが、夢翔にはこの人物が果たしてだれなのかをはっきりと認識できた。そして――


「やぁ、夢翔くん。久しぶりだね。」


 夢翔がその人物の目の前を通った瞬間、自分の名前を言われ、呼び止められる。


 この声、この見覚えのある姿、この冷徹なトーン。間違いない。こいつは――


「浅間玲於。今更俺に何をしに来た?」


「ピンポーン!せいかーい。やっぱりあいつと違って夢翔くんは当てるのが早いなぁ」


「そんなことはどうでもいい。今更俺に何をしに来た?お前に関してはもう散々聞いているぞ。」


 不敵な笑みを浮かべながら話す浅間玲於。その姿にイラつき、少し怒りも込めながら言葉を返す。


 ましてやあの話を蒼生から聞いたあとだ。怒りが次々と出てきて仕方がない。


「あぁ~聞いちゃったんだぁ。夢翔くんもなかなかいやらしいことするねぇ〜。」


「話がないなら俺は帰るぞ。ダル絡みなら他の友達にしな。俺は忙しいんだ。」


 そう言い残してその場を後にしようとする夢翔。しかし、その行動は玲於の一言によって遮られる。


「実は、君と商談があって来たんだ。商談というか交渉に近いかな。つまり、どういうことかと言うと·····」


「――俺にも利益のある話、という事だな?」


 その言葉を聞き、玲於は少し目を大きくして驚いた様子を見せる。が、その姿は刹那。玲於はすぐさま不敵な笑みを浮かべながら、どこかに余裕のあるかような顔を再び見せ始める。


「あぁ、そうだとも。ぜひ、協力してくれたら嬉しいのだがな·····」


「お生憎(あいにく)、そう簡単には話には乗らないたちでね。お前のことは信用出来ないが、話だけは聞いてやるよ。それで決める。」


「ふ〜ん。なかなか頭脳派になったじゃないか。かなり厄介な敵だねぇ。」


 玲於はそう言い終わったあとにため息をひとつ。そして、2人の間に沈黙が少し空いた後に玲於が口を開き始める。


「――ずばり、夢翔には僕に協力してほしい。蒼生を助けるために、ね。」


「蒼生を助けるために、だと?」


 夢翔は玲於が放った予想外の言葉を確認するかのように聞き返す。が、相手の言うことは変わらず――


「あぁ、そうだ。琴音に振り回されている蒼生を助けてあげるんだ。」


 ――助ける、だと?


 こいつは何を言っているんだ。玲於から見たら俺らは敵だ。玲於からみた俺たちは裏切った敵なのだ。なのに、その敵を助けるだと?そんなの許されるはずがない。あそこまで狂わせて、あそこまで酷いことをして·····。


「ふざけるな·····。ふざけるなよッ!!」


 その刹那、夢翔は玲於のパーカーの胸ぐらを掴み、そのまま壁に打ち付ける。しかし、相手の表情は変わらず言う。

 

「――落ち着け。それが君の口癖ではなかったのかな?」


「――チッ」


 夢翔は今にも殴りかかりそうになっていた拳を引っ込め、腕を仕方なく下ろす。そして玲於は続けて言う。


「僕の案としては、琴音を蒼生から離して排除することがまず第一。」


「――じゃあ、第二は·····」


「第二は、と言いたいところなんだが、ここからは僕一人の仕事だから言うわけにはいかない。まぁ話に乗ってくれたら話をしよう。契約成立がならない相手に言うのは馬鹿だからね。」


「なるほどな·····。」


 蒼生は琴音と出会ってからというものの、徐々におかしくなり始めていることは確かだ。そして、俺がそれを食い止めたいと思っているのも事実。正直、琴音のせいで振り回された蒼生までもが危険に晒されるのではないのかという危機感すら持つ。


 しかし、琴音と蒼生を離す。そんな裏工作をしていいものなのか。それに、玲於と協力したとバレてしまう事があるとするならば、これは絶縁を意味する。ならばどちらを選ぶ。いや、迷いは無いはずだ。蒼生がしたいと思っているのだ。ならば、俺は·····。


「――琴音という赤の他人を助けるのか、それとも親友を助けるのか。もちろん、どちらを取るか決まってるよな?」


「――ッ!?」


「なんだよー。そんなにびっくりしないでくれよ。僕なら君の考えてることくらいすぐに分かるに決まってるじゃないかー。だから、君がどちらを選ぶかももう分かっている。さぁ、もう一度ちゃーんとよく考えて。どちらを選ぶか。」


 ――どちらを選ぶか。


 そう言えば、蒼生の謎の力。寿命が見える力というものだが、それによると琴音の寿命は少ないと出ていた。しかし、それは何が原因で死ぬのかまでは分からない。もしかしたら事故死かもしれないし、病死かもしれない。考えたくもないが、殺人という場合もありえる。


 もし殺人ならば、近くにいた蒼生すらも危険にさらされる。蒼生は人を救うためならば自分のことをも犠牲にする人だ。一緒に殺される場合もありえるのだ。ならば、赤の他人である琴音と、親友の蒼生。どちらを選ぶのかはもう歴然では無いのか?いや、危険を避けるにはこれしかない。ならば·····


 夢翔は拳を握りしめ、言葉を放った。


「――分かった。その話に乗ろう。」



 月が照り始める夜。微笑を浮かべる玲於を横目に、真田夢翔は下弦に差し掛かろうとする月を見ながらただひたすらに思う。


 ――やっぱり君みたいには輝けないよ、と。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ふぅ·····。」


 やはり、人に話すということはとても心が楽になる。一人で色々と考えるのはネガティブになってくるし、解決策が出にくくなる。


 3人集えば文殊の知恵というが、本当にそのことわざの意味が今よく分かった。


「――まぁ話し合ったのは2人なのだが·····。」


 とはいえ、今日休んだことはかなり痛手となると思っている。もし、あの玲於が琴音を狙うのならば今しかないからだ。いや、もしという保険すらも要らない。あいつは琴音に何かしらの細工はしてくるに違いない。


 それに、葵があそこまで洗脳されたんだ。琴音が一日で玲於の方へと傾いていたとしても·····。


「――いいや、これ以上考えるとまたネガティブになるぞ!やめだやめだ!」


 それにしても、夢翔は果たして大丈夫なのだろうか。つい一人で帰らせてしまったが、帰りて玲於に襲われている可能性だってあるんだ。もしかしたら暴力を振られている可能性だって·····。


 いいや、夢翔はそんなやわなやつじゃない。少なくとも自分よりかは強い。きっと玲於の攻撃も上手く対処するに違いない。兎にも角にも·····。


「――明日は確か土曜授業のはずだ。そして、明日で残り日数はあと2日。ここで決めるしかない。」


 明日は色々と計画を練っている。それはとても危険だが、いじめのボスや一軍に直接物申すという計画だ。


 もし、その計画が成功すればいじめは琴音さんの前からは無くなり死ぬことを免れることができる。


 だが、果たしてできるのか·····?正直これは賭けだ。相手もそんなに馬鹿ではないのだ。そんなに釣れる相手とは思えない。いや、考える必要は無い。


「やるんだ。やるしかないんだ!」


 そのためにも今日は早く寝よう。今日の分は無駄にしない。今日の分を糧にして明日に繋げるんだ。そのために早く寝よう。



 この日、昼まで寝ていたために夜の寝心地はあまり良くならないということをまだこの時は知らなかった。


 

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