8 三色ルール(その2)
「自己紹介しましょうか?」
自己紹介しようと言われた千尋と紗奈は同時に頭を机にぶつける。
「自己紹介!? このタイミングでですか?」
「麗華さぁん・・・」
千尋、紗奈の順番で麗華に抗議する。麗華も自覚はあるのか、少し気まずそうな顔をしながらその後を続ける。
「コホン・・・まぁ、タイミングはおかしいけれども、そもそも自己紹介の前に状況説明が良いと言ったのは、貴方達じゃない」
「まぁ、そうですけど。だって、気になるから仕方ないじゃないですかーねぇ、千尋先輩?」
「そうね。それで自己紹介ですか? 今日何で呼ばれたかってのも気になってるので、いっそ自己紹介はその後でも・・・」
「んー、まぁ、ここから先は順番を守って進めた方がいいかなぁ」
千尋の提案を受け、思案顔の麗華であったが、少し考えた後に話し始める。
「やっぱり自己紹介からにしましょう。進行は私でいいかしら?」
「あ、はい。麗華さんがそう言うなら・・・」
腑には落ちていない様子の千尋であったが、とりあえず、肯定の意思表示をする。
「ありがとう。何かあったら止めてくれたらいいからね。それじゃあ自己紹介は、名前、年齢、趣味と、太一くんとの出会い、太一くんを好きになった理由、太一くんのどこが好きかなどを話すことにしましょうか」
「はい! はい! ちょっとストップ!!」
麗華の説明を聞いた千尋が手をあげる。
「はい。千尋さん。どうぞ?」
「太一の話必要ですか?」
「むしろ、そこが一番重要じゃない?」
「うっ・・・それは確かに」
「でしょ? まぁ、言いたくないことは言わなくていいから。紗奈ちゃんは?」
「いいと思います。太一先輩を好きな気持ちはどこに出したって恥ずかしくないです!」
「コメントが若くて眩しすぎる・・・」
「いや、これは若いってか、紗奈が強すぎるだけだと思いますけど・・・」
「えへへー絶対負けません」
「ふぅ・・・ここまでしてる以上、私だって負けるつもりは無いわ。さて、じゃあ、言い出しっぺの私からね。名前は青井麗華、年齢は23、趣味は・・・今は仕事が忙しすぎて何も無いわ。ちなみに、銀行で個人のお客さま相手に営業やってます」
麗華の趣味無し発言を聞いて、千尋と紗奈は嫌そうな顔をする。
「ごめんね。夢の無い話で・・・いや、ほんとに大変なのよ・・・まだ入社して1年経ってないから、当たり前なんだけど。でも、太一くんと同棲することになったから、毎朝、太一くんの寝顔を眺めるのを趣味にしようかしら?」
「む・・・それは羨ましいです。私、見たことないです。今度写メ送ってくれません?」
「私は幼馴染だから見たことあります。まぁ、最近はご無沙汰だけど・・・」
「千尋ちゃんはそうよね。まぁ、趣味のことはゆっくり考えるとして、太一くんとの出会いは私が大学2年生の頃ね。3年前だから太一くんは中1。さっきも話したけど、私の父と太一くんのお父さまは仲が良くてね。太一くんを連れて私の家に来たの」
「中1・・・」
中1と聞いて、千尋が悲しそうな顔で呟く。紗奈も何も言わない。
「そう。太一くんのお母さんが亡くなられた頃ね。元気が無いからって連れてこられて。それで私が相手してあげてたわけ。基本はメールでやりとりしてたんだけど。距離感がちょうど良かったのか結構色々相談してくれてね」
家族や友人ほど近くはなく、相談に乗ってくれそうな年上な人というのが良かったみたい、と麗華は懐かしそうな顔をしながら説明する。
「それで太一先輩のことを好きに?」
「いいえ。可愛い弟ができたって感じだったかしら。でも、その後、私が就職活動で苦労してね・・・逆に、太一くんに色々聞いてもらってるうちに、気づいたら太一くんがいないとダメになっちゃって・・・」
恥ずかしそうな顔をして、モジモジしながら麗華が言う。顔も少し赤い。
「俺が大変な時に助けてくれたのは麗華さんだからって、ギュッとしてくれて。もうダメだったわ」
「中学生に抱きしめられて恋に落ちる大学生・・・」
「ショタコ・・・」
「2人とも?」
麗華が千尋と紗奈を睨むと、2人はさっと顔を下に向ける。
「私だってわかってるわよ・・・普通じゃないことは。だから、太一くんを好きになってしまった時、とてもショックだったし、ショックを受けた自分にも愕然としたわ。もうぐちゃぐちゃよ。それに強力なライバルつき! 千尋ちゃんのことは良く聞いてたし、途中から紗奈ちゃんも登場してきたからね」
「麗華さん・・・まぁ、確かに紗奈の登場は予想外でした」
「えへへ」
照れたように紗奈が笑う。千尋は褒めてねぇよと嫌そうな顔をするが、何とか我慢したようで口には出さない。
「だから、太一くんのことは諦めようって思って。まぁ、メールは続けてたけど、それだけ。でも、どうしても好きであることをやめられなくて、悶々としていた時に今回の提案があったの。だから、頑張ってみようかなって」
キリの良いところまで話した麗華は、一旦説明を止めて千尋と紗奈を見る。2人は麗華の視線を真っ直ぐに受け止めて、続きを促した。
「次は、太一くんのどこが好きか・・・ね。言葉にするのは難しいけれど、包容力があって、優しいところかしら。良いところも悪いところもそのまま受け入れてくれる。私、結構メンタル弱くて。就職活動で不合格が続いてた時、自信持って話ができなくなっちゃってね。太一くんに相談したら、なんて言ったと思う?」
質問を投げかけて言葉を切った麗華は、当時を思い出して笑いながら、穏やかな顔で話を再開する。
「麗華さんはすぐ自信無くして落ち込んじゃうけど、真面目で優しいし、最後までやり切れる人だから大丈夫。しんどい時は俺が支えてあげるからって。笑っちゃうわよね。太一くん、中学生なのに」
「でも、それで落ちたんですよね? というか、相談したの麗華さんですよね?」
「ショタ華さん・・・」
「貴方達・・・いい感じにほぐれてきたわね。というか、紗奈ちゃん、お願いだからショタ華はやめて?」
「というか、うー・・・私はそんなこと言われたことない」
千尋が嫉妬を滲ませながら悔しそうに呟く。紗奈もうんうんと頷いている。
「まぁ、その辺は年齢が離れているからかしら。そもそも対等じゃないから、何でも言い合えるというか・・・」
嬉しさ7割、寂しさ3割ぐらいの表情をした麗華が説明する。
「ほんとかなぁ。やっぱり太一の本命は麗華さんなんじゃ・・・」
「手強そうです・・・」
不安そうな顔をする2人。
「というところで、私の自己紹介はこんなものかしら。次はどっちにする?」
2人の空気の変化には触れず、麗華は続きを促す。しかし、千尋と紗奈の反応は鈍く、黙ったまま麗華を見つめている。
「あの、2人とも・・・?」
「ずるいです!」
「紗奈の言う通り・・・こんなの勝てるわけないです!」
これまでの麗華の自己紹介を聞かされ、蓄積してきた2人の思いが爆発する。
「ちょ・・・ちょっと? 2人とも急にどうしたのよ」
「だって、麗華さん、太一先輩と一緒に住むんですよね? 毎日、一緒ってことですよね?」
「そうだけど。そうなった理由は説明したじゃない? 私が引き受けないと、太一くんはお父さんと一緒に遠くへ・・・」
「まず、そこから納得いきません。太一は、うちの家で引き取ります。うちだって、太一とは家族ぐるみでの付き合いだったはずなのに、なんで麗華さんの家と・・・しかも、麗華さん、一人暮らしだし!」
「それは私に言われても・・・大体同級生と一緒に住むとか、太一くんの立場が・・・」
「知り合いの独身のお姉さんと一緒に住むほうが危ないです!」
2人の変化についていけず慌ててしまった麗華は、千尋の突っ込みをうまく躱せず、黙り込んでしまう。それを見た千尋と紗奈が更にヒートアップする。
「麗華さんみたいな美人な人と同じ部屋で一緒に住むとか、もし、太一が麗華さんのこと何とも思ってないとしたって、好きになっちゃいます! しかも、なんか本命の可能性すらあるし、こんなの勝負みえてるじゃないですか!?」
「いや、ちょっと、千尋ちゃん。落ち着いて・・・」
「そうですそうです! しかも、麗華さん、スタイルもいいし。麗華さんに毎晩毎晩誘惑されたら耐えられる男子なんていないと思います!」
「はい、ストップ」
完全に千尋と紗奈の勢いに押されていた麗華が、手を前に突き出した。麗華の雰囲気が急に変わったので、千尋と紗奈も思わず、黙る。
「誘惑って何?」
「いや、誘惑って言うのは、えっと・・・あれ? しないんですか?」
キョトンとした表情で尋ねる麗華に紗奈が戸惑う。
「話が見えないんだけれど、例えば、どういう?」
「寝ぼけたふりして太一のベッドに入っちゃうとか」
「お風呂上がりに超薄着で出ていくとか、どうでしょう。あ、太一先輩の上の服だけ着て、下は下着だけとか、どうでしょう? パジャマ出すの忘れてた〜とか」
「あ、あ、貴方達、一体何言ってるの!? そんなこと付き合ってもない男女であり得ないわよ! いや、無理無理! たとえ付き合ってても、そんなはしたない事できないわ!」
千尋と紗奈のアイディアを麗華が顔を真っ赤にし否定する。
「えっと・・・もしかして・・・麗華さんって・・・」
「めちゃくちゃ初心な人ですか?」
言葉を選ぼうとして迷っていた千尋に対し、紗奈がど真ん中ストレートを投げ込む。
「初心? 私が? いや、そんなことは・・・え? 今の子って、そんな感じなの?」
「いや、世代はそんなに関係ないと思いますけど・・・ねぇ、紗奈?」
「そうですよ。麗華さん、目的達成には最短距離で進まないと。乙女の命は短いんですよ?」
「ダメよ。貴方達。自分を安売りしちゃ。いい? そういったことはもっと順序を踏んで・・・」
千尋と紗奈の反応に危険を感じたのか、麗華の説教が始まる。最初は、麗華の態度に押され、静かに話を聞いていた千尋と紗奈であったが、段々と疲れてきたのか、ソワソワし始める。
「大体ね。女の子のそういうことは非常に大事なもので・・・」
もう飽きたという表情の紗奈がおもむろに自分の服の胸元を引っ張り、もう片方の手で携帯を持ち、上から写真を撮る。
「紗奈?」
「紗奈ちゃん?」
何枚か写真を撮った紗奈は携帯の画面をジッと見る。難しい顔をしながら、写真を見比べていた紗奈だったが、やがてこれが可愛いと呟き、携帯の操作を続けた。
「よし。送信・・・っと」
「あ、紗奈・・・あんた、まさか・・・」
「今撮った写真、太一先輩に送っちゃいました」
「「はあああぁぁぁぁあああああ!?」」
舌をペロッと出して、衝撃の事実を述べた紗奈の発言を聞き、2人が悲鳴をあげる。
「さ、さ、紗奈ちゃん! あなた、なんて事を!?」
「いや、目標達成のためには、これぐらいやらないとっていう実例を・・・」
麗華に詰め寄られた紗奈が焦る様子も見せず、返答していたタイミングで、紗奈の携帯に電話がかかってくる。
「あ、太一先輩だ。出てもいいですか?」
「さっさと出なさい」
「了解であります。千尋先輩。もしもし、紗奈です。お疲れさまです・・・ちょっと太一先輩、何怒ってるんですか? え。いや、なんか流れで・・・大丈夫です。私、太一先輩になら何を見られても・・・あ、でも、流石に下からの写真はちょっと・・・もし、太一先輩がどうしてもって言うなら・・・あ」
電話が切れたのか、紗奈が携帯から耳を離す。
「めっちゃ怒られた後に切られました・・・」
「いや、紗奈。シュンとしてもダメだからね?」
「まさか今の子がここまで緩いなんて・・・」
「麗華さん、ちょっと待ってください。誤解です。私とこの痴女を一緒にしないでください!」
「痴女なんてひどい! 私は太一先輩が好きなだけです! どうせ付き合ったら全部見せあうんですよ?」
「だーかーらー、まだ付き合ってないでしょうが! ていうか、太一と付き合うのは私だから!」
「あーもうストップ! とりあえず、太一くんには画像を削除させないと。それから、紗奈ちゃんは絶対こういう事しちゃダメ。いい? 物事には順序っていうものがあるの。わかった?」
「うー・・・はーい」
納得のいかなさそうな紗奈だったが、この場を収めるためなのか、了承の返事を返す。
「あ、ちなみに、画像は削除したそうです」
「ほんとかしら? 怪しい」
「まぁ、千尋ちゃん。ここは太一くんを信じましょう。そろそろ次の人の自己紹介にうつりましょうか? どっちからにする?」
「はい! 私、やります!」
「紗奈ちゃんね。千尋ちゃんはそれでいい?」
「はい。私はどちらでも」
乙女たちの話し合いはまだまだ続く。