4 校門までの帰り道
紗奈の練習が終わり、帰路につこうとした太一は、自分の携帯に一通のメールが来ていることに気づく。
「終わったら連絡しろ・・・か」
太一がポツリと呟くと紗奈が反応した。
「赤坂先輩ですか?」
「そうだ」
「なるほど・・・それで太一お兄ちゃんはどうするんですか?」
「お兄ちゃん言うな。どうするかな・・・まず、千尋がどういうつもりかわからんからな」
「一緒に帰ろうとか、そんな感じじゃないですか?」
「そうかな。もし、そうだったなら一緒に帰るとするよ。いいか?」
「本当はお兄ちゃんと一緒に帰りたいところでしたが、今日はもうワガママ言いません。紗南は良い妹です」
「だから妹のフリはやめなさい。でも、助かる。とりあえず、返事するか。今、終わった・・・と」
太一がメールを送ると、15秒くらいで返信がくる。
「はやっ。流石赤坂先輩」
「緑園も似たようなもんじゃないか。校門に来い・・・だそうだ」
「なるほど。じゃあ、校門までは一緒ですねーえへへ」
紗奈が嬉しそうに笑い、悪戯っぽい表情をしながら太一の腕を抱く。
「太一お兄ちゃん・・・校門まではこの体勢でもいいですか?」
「だから、お兄ちゃん言うな」
「太一お兄さま?」
「呼び方の問題じゃない。わかっててやってるだろ」
「もうお兄ちゃんはワガママですねぇ」
「・・・」
「緑園、歩きにくいから離れてくれ」
「太一お兄ちゃん・・・」
「なんだ?」
「離れるのは嫌です!!」
「じゃあ、せめてお兄ちゃんと呼ぶのをやめろ」
「それも嫌です!!」
「はぁ・・・」
経験則からこれ以上の説得は無意味と理解した太一は諦めのため息をつき、そのままの状態で校門へ向かう。
「ところで、太一先輩、今日はありがとうございました」
「ん? なんだ。改まって」
「部活に付き合ってくれて」
「大した話じゃない。順番の前後はあれ、千尋との約束も重要な予定じゃなかったし。礼なら千尋に言っておいてくれ」
「はい。赤坂さんにはお礼します。でも、私が言いたかったのは、そういうことじゃなくて。その、1人だと少し不安だったので・・・」
「緑園・・・」
「太一お兄ちゃん、そこは紗南・・・って言いながら抱きしめるところです」
「お前な。真面目に話すのか、茶化すのか、どちらかにしてくれ」
「お前呼びはいいですね。ちょっとゾクゾクします」
「・・・もう行くぞ」
付き合いきれなくなったのか、太一は紗南の腕を振り切り、先へ進もうとする。
「ちょっと待ってください!」
「なんだ」
「茶化してすいません。その・・・キャラじゃないので、照れくさくて。本当にありがとうございました」
そう言って、紗南は頭を深く下げた。
「どういたしまして。でも、別にキャラじゃないなんてこと、無いと思うけどな」
「え?」
「俺から見える緑園は、いつも元気で一生懸命で自信満々で、でも、その分不安そうなところも見え隠れさせる弱い部分もある可愛い後輩だ。もっと頼ってくれてもいい」
「太一先輩・・・」
太一からの言葉が想定外だったのか、緑園は不自然な姿勢で固まってしまっていた。そして、何を言われたのかを理解するにつれ、目を潤ませ、顔を赤くしていく。
「あ、あの・・・太一先輩!」
「ん? どうした?」
「わたし・・・実は!」
「あ、悪い。ちょっと待ってくれ。メールが」
何かを言いかけた紗南に太一がストップをかける。相当に盛り上がっていたところをいなされた紗南は太一へと抗議する。
「あのー太一お兄ちゃん。私、結構大事なことを言いかけたんですけど。いや、まぁ、冷静に考えると今じゃないので、結果的には良かったんですけど」
「すまん。ただ、さっきから尋常でない勢いで携帯の通知が来てだな・・・あー・・・」
紗南の抗議に言い訳を返しつつ、携帯の画面を見た太一は思わず声を漏らした。
「太一お兄ちゃん、どうしたんですか? おぉ、これは・・・」
紗南はさりげなく太一に寄り添い直し、携帯の画面を覗き込むと、そこには
『早く来い』
『何をイチャイチャしてるの?』
『早く来い』
『なんで立ち止まるの?』
『早く来い』
千尋からのメッセージが山のように届いていた。
「大丈夫ですか? あの人」
「あんまりこういうことをするタイプじゃないんだが・・・てか、このメッセージを見るに、俺達のやり取り、千尋から見えてるな」
「なるほど! そういうことですか」
納得が言ったと頷く紗南は、千尋がいるであろう校門の方に目を向ける。
「あ、いたいた! おーい!!」
「ずっと待ってたんだな。悪いことをした」
「じゃあ、チャッチャと行きましょうか」
そう言った紗南は、改めて、太一の腕をとる。
「歩く時は絶対にこの体勢にするんだな・・・」
「そりゃあそうですよ。太一お兄ちゃんと2人になれる貴重な時間なんですから。最大限に活用しないと」
「はぁ・・・」
「太一お兄さま? こんなにも可愛い私に抱きつかれているのに、その態度は無いのではなくて?」
「唐突にキャラのバリエーションを増やすな。あと、立ち止まるな。さっきから通知がひどい」
「赤坂先輩、可愛いですねぇ」
「この通知の嵐のどこに可愛い要素があるんだ」
「いやいや、わかりませんか? これは嫉妬ですよ。太一お兄ちゃん、少しは女心を勉強した方がいいんじゃないですか?」
「嫉妬ねぇ・・・」
紗南の指摘を聞いた太一は、イマイチ納得いってなさそうな雰囲気を漂わせる。それを見た紗南はため息をついた。
「先は長いですねぇ・・・」
「何言ってるんだ。緑園、校門はすぐそこだぞ」
「あーはいはい」
ズレたことを言う太一をあしらいつつ、紗南は太一の腕を強く抱きしめる。太一が歩幅を紗南に合わせていることもあり、2人は恋人のように密着しながらゆっくりと校門へ向かう。
「お兄ちゃん、見てください。赤坂先輩がこっちをすごい目で見ています」
「そうだな。着くのが遅いだけで、あそこまで怒る必要がないとは思うが」
「そうですねーしかし、あんなに怒るならこっちまで来てやめさせればいいのに。意地でも校門から動こうとしませんね」
「うん?」
「あぁ、いえ。赤坂先輩は可愛いなぁと」
噛み合わない会話を続けながら太一達はやっと校門へ到着する。
「千尋、遅くなった。悪い」
「ごきげんよう。赤坂先輩」
「ごきげんよう。緑園さん」
不機嫌な雰囲気を隠さず、校門にもたれかかっている千尋の目は、先ほどから一点を注目し続けている。視線の先には紗奈が抱いている太一の腕があった。
「赤坂先輩? どうかしましたか?」
紗奈がキョトンとした顔で尋ねる。
「あんたねぇ・・・わかってるでしょ」
あーもうと言いながら、千尋は太一と紗奈の間に立ち、強引に2人を引き離す。
「あぁん・・・」
「これでよし・・・と。さて、言いたいことは山のようにあるけれど。とりあえず、帰りましょうか。緑園さんもお疲れさま。これから色々とよろしくね」
「はい。赤坂先輩、よろしくお願いします。色々と」
千尋と紗奈の視線が交錯する。2人は笑顔を見せるが、目だけは笑っていない。
「それじゃ、私帰りますね。私も帰り道一緒だったら良かったのになぁ・・・さようなら」
「あぁ、じゃあな緑園。また明日部活で。あとで、メールするよ」
「はい。待ってます。太一お兄ちゃん! ばいばい!」
別れの挨拶で満面の笑みと特大の爆弾を残して、紗奈はくるっと振り向き、帰っていった。そして、残された2人の間には緊張感のある空気が流れる。
「太一・・・?」
「なんだ」
「なんだじゃないでしょ!? なによ、太一お兄ちゃんって! 今回は諸々と見逃すつもりだったけど、流石にこれはスルーできないわ」
「いや・・・」
不利を感じたのか、太一は無意識に後ずさるが、校門の壁に背中をぶつけるところまで追い込まれてしまう。
「納得のいく説明をしてもらうわ」
「いや、そのだな・・・」
「なに!?」
千尋は太一の鼻に自分の鼻がぶつかりそうなくらいまでに顔を近づける。
「まぁ、色々とあったんだが、結論としては、俺の反応がいいらしくて、呼び方が変わった」
「・・・」
「だが、聞いてくれ千尋。俺はそんなこと思ってないし、心底やめて欲しいと思っている」
「でも、確か太一、小学生の頃に妹が欲しいとか言ってた・・・」
千尋が探るような目つきで太一を尋問する。
「言ってた・・・か? まぁ、いずれにしろそんな昔の話、今の俺とは関係ない」
「今は年上が好きだし?」
「別に年齢は気にしない」
「むー・・・」
「とりあえず、帰ろう。緑園には引き続き、抗議を続けるから」
「はぁ・・・」
不満そうな顔をしていた千尋であったが、渋々頷くと太一から離れて歩き始める。何とか嵐が過ぎたことを感じ取った太一も小さく息を吐いて、千尋を追いかけた。